ピラミッドと「生命の樹」

ピラミッドと「生命の樹」--------------------------------------------------------------------------------

 エジプトと言えばピラミッドであるが、その原型はシュメールのジグラットである。小さなものまで含めればいくつもピラミッドはあるが、中でも重要なのがギザの三大ピラミッドである。一般的に、第1ピラミッドはクフ王、第2ピラミッドはカフラー王、第3ピラミッドはメンカウラー王の墓であると言われている。しかし、これは間違いである。クフ王の墓とされたのは、第1ピラミッド内の「重力拡散の部屋」の玄室を1837年に最初に発見したリチャード・ヴァイスが、玄室内に“カフ”と書かれていたと主張したことに依る。しかし、シュメールでお馴染みのゼカリア・シッチン氏は古代言語学の立場からヒエログリフを解析し、“カフ”というのは誤った文字であることを示唆した。(シッチン氏はこれまで見てきたように、異星人説を展開していることから、学会では無視され続けている。)
 また、他の王家の墓で見られるヒエログリフが一切見られないことが他の学者から指摘された。そこで、炭素14で“カフ”という文字の年代測定を行ったところ、150年ほど前という鑑定結果が得られた。これにより、リチャード・ヴァイスが名声目当てに“カフ”と書いたことが判明した。

 ピラミッドはエジプト文明が出現する前から存在した。クフ王は自分も偉大なピラミッドを造りたいと願い、奴隷ではなく4000人足らずの自由市民に賃金を払い、大ピラミッドの前に並ぶ小ピラミッドを造ったに過ぎない。大ピラミッドは王たちの墓ではなく、王の墓の多くは王家の谷にある。それに、王の墓ならば、多くのヒエログリフが描かれているはずであるが、大ピラミッドの内部には一切描かれていないことからも、王の墓ではない。

 では、大ピラミッドとは何なのか。それは、「生命の樹」である。3つ並ぶ高さの異なるピラミッドは山であり、漢字の“山”の原型である。また、モーゼは荒野にある神の山でアロンと会っているが、そのような山は無い。その山こそピラミッドであり、“神の山”である。原型がシュメールのジグラットであるから、「神々」が降臨する場所である。

 では、どのピラミッドがどの柱に相当するのか。1つは、玄室の天井の形が示唆している。第1ピラミッドは平坦、第2は三角形、第3は半円である。「生命の樹」の至高世界はケテル、コクマー、ビナーで囲まれた三角形であるから、真ん中の第2ピラミッドが均衡の柱に相当する。もう1つは並びである。ピラミッドは四角錐であるため、正面が解りにくいが、スフィンクスが向いている東側が正面である。そこで、東向きに見ると、第1ピラミッドが第2ピラミッドの左側で、第3ピラミッドが右側である。エジプトの絶対神は太陽神なので、太陽=絶対神側から見ると、第1は第2の向かって右で、第3は左となる。そして、第2ピラミッドは第1ピラミッドより高い台地に立っているので、最も大きく見えるが、実は最も大きいのは第1ピラミッドである。よって、第1ピラミッドが慈悲の柱、第3ピラミッドが峻厳の柱に相当する。

峻厳:第3ピラミッド
均衡:第2ピラミッド
慈悲:第1ピラミッド

 ピラミッドの並びは「生命の樹」であるが、1つでも「生命の樹」となっている。次の図は第1ピラミッドの内部である。

 地下は“星の栄光”で下層世界、王妃の間は“月の栄光”で中高世界、王の間は“太陽の栄光”で至高世界である。また、王の間=至高世界には、「重力拡散の部屋」がある。この部屋は、拡大すると次のような構造である。


 構造的には、一番下に蓋の無い石棺があり、石棺の位置はマルクトに相当し、各柱の支え石及び4つの床石がそれ以外の各セフィロトに相当する。更に、三角屋根の天上が浮いていて、至高世界が独立していることを表し、「生命の樹」に対応している。
 石棺には最初から蓋は無く、何も存在しない。一般的に言われているような、盗賊に遭ってミイラや副葬品が盗まれたりしたのではない。何故なら、ピラミッドは墓ではなく、この石棺で“死と復活の儀式”を行うためのものである。これは、天皇陛下崩御後、大嘗祭で皇太子が御襖(おふすま)という寝床に横になり、また起き上がる儀式と同じである。(王の墓ならば、多くのヒエログリフが描かれているが、一切無いこともそれを証明している。)
 また、この構造を文字として表したのが図の右側であり、これは高島屋のマークで、漢字の“高”である。“高”は上の“口”の部分に縦線を繋げた“髙”もある。これは、至高世界と中高世界が梯子(はしご)で繋がっていることを表す。ヤコブがハランの地で、天使たちが天界の梯子を昇り降りしていたことが、それを象徴している。更に、「重力拡散の部屋」の構造は“倉”という字にも変形できる。こちらの方が、むしろ原図に近いように思える。
 なお、第2、第3ピラミッドには「重力拡散の部屋」が無い。つまり、“死と復活の儀式”を行うことができ、かつ「生命の樹」の奥義を体現しているのは、慈悲の柱=イエスに相当する第1ピラミッドだけである。
 つまり、エジプトのピラミッドは3つのピラミッドで「生命の樹」を具現化し、更に第1ピラミッドだけでも「生命の樹」を具現化している。更に、その中の「重力拡散の部屋」で「生命の樹」を具現化しているフラクタル三重構造である。その中で最も重要なのは、“死と復活の儀式”を行うことができる「重力拡散の部屋」であり、これが漢字の“高”“倉”として象徴される。そして、“死と復活の儀式”を行うことができるのは、慈悲の柱=イエスに相当する第1ピラミッドだけである。更に、「重力拡散の部屋」は鳥居やYHWH(ヤハウェ)としても象徴される。

 また、シュメールの伝承にはこうある。

“メソポタミアのシッパールの基地が大洪水によって消し去られた後、「神々」が宇宙基地を再建した特殊制限領域で、太陽神ウツが管理していたのがティルムン=エルサレム(ミサイルの場所)である。制限地域には制限航路があり、その南の境界線はアララト山とシナイ半島のカテリナ・モーゼ連山を結ぶ線で、カテリナ・モーゼ連山の頂上が南のランドマークであった。北の境界線はアララト山からバールベックを経由し、エジプトへと延びる線である。しかし、エジプトにはそのような目印となる山が無かったので、人工的に設置したのがピラミッドである。北緯30度線と南緯30度線を境界とし、北の領域を“エンリルの道”、中央の領域を“アヌの道”、南の領域を“エンキの道”と名付けた。北緯30度線は古代に於いて“神聖緯度”とされており、エリドゥ、ヘリオポリス、ハラッパーなどの古代聖都が配置されている。

 大洪水後にシナイ半島に建設された新宇宙空港(エルサレム)と飛行路も、北緯30度線上に配置された。そして北のランドマークも、北の境界線と北緯30度線の交点に建設され、エクルと呼ばれた。そこはエンキの領地だったが、中立的立場にあるニンフルサグが管理し、“運命の銘板”と“ディルガ(暗く輝く部屋)”を備えた航空誘導施設であった。エンキはアフリカ南部を統治することとなった。
 スフィンクスは北緯30度線に沿って東向きで、その彼方にはシナイ半島の宇宙空港がある。ピラミッドは、アララト山を着陸航路の目標とする宇宙空港滑走路の誘導標識である。”

 メソポタミアの北緯30度前後では、春分の日の昼夜の長さが一致するので、シュメールでは昼夜の長さを正確に測定し、1年の初めにする春分暦が使用されていた。
 また、大ピラミッドの正確な位置は北緯29度58分51秒である。スコットランド王立天文台長によると、宇宙から地球を眺めた場合、大気圏の屈折を計算に入れると、緯度30度の位置にピラミッドが見えるようにするためには、29度58分22秒に建てなければならないらしい。
 このことから、ピラミッドは大気圏外から眺めた場合の航空誘導施設であると言える。更に、王の間(至高世界)に至る大回廊の傾斜角度26.2度で、第1ピラミッドの真東から直線を延ばすと、ベツレヘムを通過する。これは、カッバーラ的には、イエスがベツレヘムで誕生することと同時に、至高世界に至るには、イエスを受け入れなければならない=真のカッバーラを理解しなければならないことを暗示する。このように、“知られざる叡智”がピラミッドには数多く封印されている。よって、ピラミッドはシュメールの「神々」の航空誘導施設であり、“知恵の奥義”を封印した「生命の樹」を具現化したものである。