レムリア文明圏の中心地は日本だった

レムリア文明圏の中心地は日本だった------------------------------------------------------------------

 レムリア文明圏の中心地は中南米でも良かったが、そこでは飲料水の確保が難しい。神々はそれまでに、地球の様々な気候変動を見てきた。それからすると、いずれ、中南米では飲料水に困ることになると予見された。それ故、飲料水が豊富で気候も良く、将来的に人類が目覚めるまで隔離しておける場所として、日本が最適だった。
 更に、日本には金鉱脈も豊富だった。よって、“その時”が来るまでの封印の地として、日本が選ばれた。地震や台風の影響はあるとしても。つまり、レムリア文明の真相は、日本が中心となった一大環太平洋縄文文明圏のことである。
 アバエルは牧畜、カ・インは農耕を教えられたので、この文明圏では農耕が基本となった。よって、日本では農耕儀礼が神事の中心となった。かつて、日本の縄文時代は狩猟ばかりのように思われていたが、20世紀後半からの発掘調査で、かなり早い時期から農耕が行われていたことが証明された。

 大洪水によって、人々の生活は原始的なものへと戻った。その中で縄文土器の出現や竪穴式住居の普及、貝塚などが生まれた。北海道と沖縄では縄文人の系統が比較的純粋な形で残り、アイヌと沖縄の人々になった。元々日本列島にはすでに原住民が暮らしていたが、大洪水前の高度の知識をもった移住者たちが主導権を握って、地球規模の大異変で原始時代に戻った文明を、再び発展させていった。