紀元前2700年頃 パキスタンのモヘンジョダロ

■紀元前2700年頃

 この頃、パキスタンのモヘンジョダロは、周囲5kmにも及ぶ大都市であり、巨大な建物が目立つ城塞区と市街区に分かれ、4万人程が暮らしていた。街を東西南北に貫く幅10mの大通りに、小さな路地が直角に並ぶ碁盤上の街並があった。路地に面した建物はレンガでできた二階建ての建物だった。ここではプライバシーが尊重された生活が営まれており、建物は排水溝を持ち、汚水は下水道に流れ込むように設計されていた。またそれぞれの家にはゴミを捨てるダストシュートが備え付けられ、ゴミ集積所や井戸も設置されていた。現代社会のようにある程度高度な都市生活が営まれていた。
 モヘンジョダロのあるインダス文明は、チグリス・ユーフラテス川沿いにあるメソポタミア文明と盛んな交易を繰り返していた。遺跡から発掘される印章は活発な商業活動の証とされている。出土する玩具の数々からも知的水準の高さが伺い知れた。


 モヘンジョダロから出土したパシュパティ神(シヴァ)の印章は、ヨガの姿勢をとっている。高度なヨガの難しいポーズで座る行者が一人描かれており、ウエストが細く、あごひげを生やし、男根を勃起させた半裸の人物で、ぼさぼさの長髪に水牛の角の頭飾りを着けている。ヨガはアヌンナキが伝えたものだった。
 危険な大型獣、野生の水牛、サイ、ゾウ、トラに囲まれている。伸ばした両腕は飾り輪で覆われ、両手は軽く膝に置かれている。深い瞑想状態を示す伝統的な姿勢である。これによってヨガがこの時期既に完成した体系として知られていた事がわかる。ムーラバンダサナは初心者にできる型ではなく、中級のポーズを多数マスターして初めて可能となる型である。