第3の地域(インダス川流域)とイナンナ

■紀元前2944年頃

第3の地域(インダス川流域)-------------------------------------------------------------------------------

  第2の地域のエジプトの成功に指導者たちは勇気付けられ、第3の地域のインドのインダス川流域に取り掛かった。約束されていた通り、そこはイナンナの領地とされた。彼女は女主人に相応しいように、天空の星座を割り当てられた。それまではウツと共に双子座だったが、ニンフルサグが贈り物として彼女の乙女の星座を割り当てた。地球の年にして、816年のことだった。遥か遠い東方の地、イラン高原の7つの山脈の向こうが第3の地域だった。“60個の宝石の土地”ザムシュと呼ばれた。アラタ、“森の多い領域”は、蛇行するインダス川の谷に位置していた。広い平野で農業が行われ、モヘンジョダロとハラッパの2つの都市が築かれた。
 エンリルの布告により、エンキはその地域のために以前とは違う系統の言語のサンスクリット語を、知恵を駆使して考案し、新しい種類の書く記号を創った。それは、前例の無い言語だった。しかし、エンキは文明化された王国の“メ”をその地域に与えなかった。以前、イナンナがウヌグ・キ(ウルク)のために“メ”を奪ったが、それと共用させるためである。


  アラタ(インダス地方)で、イナンナはドゥムジに似ていた羊飼いの責任者を任命した。彼女は宇宙船“空の船”でウヌグ・キ(ウルク)からアラタ(インダス地方)へ旅した。彼女はザムシュの宝石を大切にし、純粋なラピスラズリをウヌグ・キ(ウルク)に持ち帰った。当時、ウヌグ・キ(ウルク)の王はエンメルカルで、彼は2番目にそこを統治していた。彼はウヌグ・キ(ウルク)の領土を広げたので、その栄光にイナンナは鼻高々だった。

 彼はアラタ(インダス地方)の富を望み、使者を送り込んだ。しかし、使者の言葉をアラタ(インダス地方)の王は理解できなかった。そこで、アラタ(インダス地方)の王は木製の笏(しゃく)にメッセージを刻んで、使者に与えた。そのメッセージは、ウヌグ・キ(ウルク)の“メ”をアラタ(インダス地方)と分かち合うことを要求していた。そして、ウヌグ・キ(ウルク)への贈り物として、穀物がロバに荷積みされた。

 エンメルカルはメッセージを受け取ったが、誰も理解できなかった。エンメルカルは業を煮やし、どうしたら良いのか、祖父のウツに尋ねた。ウツは筆記の女神ニサバとの間を取り持った。彼女は、粘土板に自分のメッセージを刻むよう、エンメルカルに教えた。それは、アラタ(インダス地方)の言語だった。彼の息子バンダの手で、そのメッセージは届けられた。“服従するか、さもなくば戦争だ!”とそこには書かれていた。「アラタ(インダス地方)はイナンナ様に守られている。アラタ(インダス地方)はウヌグ・キ(ウルク)に服従などせぬ!もし、ウヌグ・キ(ウルク)が戦いを望むのなら、戦士1対1で戦おう!あるいは、円満に解決するか。アラタ(インダス地方)の財宝と引き換えに、ウヌグ・キ(ウルク)に“メ”を提出させよう」とアラタ(インダス地方)の王は言った。
 平和のメッセージを運んで帰る途中、フルム山でバンダは病気で死んだ。アラタ(インダス地方)の財宝をウヌグ・キ(ウルク)は受け取らず、アラタはウヌグ・キ(ウルク)の“メ”を手に入れなかった。第3の地域のインダス川流域で、文明化した人類は満開に花開かなかった。イナンナが自分の領土をなおざりにして、他の領地ばかりをむやみに欲しがったからである。

ウヌグ・キ(ウルク)もアラタ(インダス地方)もイナンナの領地なので、イナンナが間を取り持てば良い話であるが、イナンナはそんな僻地は嫌で、他の領地ばかりをむやみに欲しがり、そうしなかった。元はと言えば、イナンナが当然することとして、エンキはアラタに“メ”を与えなかったこと、イナンナがその期待に背いたことが原因である。
 インダス文明は満開に花開かなかった。だから、知識が隠されたカッバーラの解釈を、ヨガによる体の修行やカーマ・スートラによる愛欲充足により、追求するようになったのである。つまりヨガはアヌンナキによってもたらされたものである。そして、カーマ・スートラによる愛欲は、後のチベット密教に於ける暗黒の密教、無情瑜伽(むじょうゆが)タントラを生み出すことになった。
 イナンナは若い女神であり、イシュタル、ヴィーナス、アフロディーテなどの別名を持つ。イナンナには遠い地アラタ(インダス地方)が与えられた。しかし彼女は、エンメルカルの大伯母だから割り当てられていた遠いアラタ(インダス地方)よりもウルクに住むべきだ、とアヌに主張し、計画は見事成功した。
 イナンナは別名が愛の女神ヴィーナスなので、その美貌でアヌの愛人となったのである。イナンナの更なる別名が“アンニツム”で、“アヌの最愛の人”という意味である。それ故、王位継承順位数はウツの20に継ぐ15であり、叔父(おじ)であるイシュクルの10よりも上である。また、その美貌を利用してエンキに取り入って騙し、エンキから“メ”=“知恵の秘密”を聞き出すことに成功した。
 このような理由から、イナンナは誘惑する“裸の女神”として描かれていることが多く、世界中から土偶などが出土している。しかし、後にマルドゥクが“正統だ”と主張して王位を奪い取り、バビロニアの主神となると、イナンナはウルクを追われた。これ以後、イナンナは武装した戦う女神となった。ギリシャ神話では、知恵と戦いの女神アテナと、美と豊穣の女神アフロディーテに分裂している。


 イナンナの第三地域であるパキスタンのボラン峠のメヘルガルで、インダス・サラスヴァティー文明が発達し、3000近い遺跡が発掘されている。初期のメヘンガルは土器を伴わない時代で、この地域での農業は半遊牧民が行い、小麦や大麦を栽培しながら羊やヤギや牛を飼っていた。泥製の住居群は4つの区画に分けられ、埋葬の習慣もあり、副葬品として籠、石器、骨器、ビーズ、腕輪、ペンダントなどがあり、時折動物の生贄も見つかっている。出土した像は宇宙人そのものである。