シュメールの人生学では、死とは進歩への絶対条件

シュメールの人生学では、死とは進歩への絶対条件-------------------------------------------------

 人類の文明は(1611年の内、昼に当たる)800年の寿命を持つが、それは今の文明はいったん破局を迎え、そこに住む人たちが消滅するという意味ではなく、その文明の権威や固有のカラーが消失することを指している。具体的には、ロンドンを拠点として誕生した文明の権威とカラーの消失である。
 死といえば、人間は恐怖を感じるが、シュメール人はそれを成長のステップと考えていた。魂は小さな死や大きな死を繰り返しながら進歩する。冬至や夏至、満月や新月が来るたびに、魂は小さな死を迎え、古い何かを捨てて、新しい何かを誕生させる。現代人はこのような魂の躍動に鈍感になってしまったが、しかし依然として人間の魂にはそのリズムが確実に脈打っている。
 聖なるリズムの節目の前には、シュメール人は古いものを捨てることを心がけてきた。死と生の象徴が意味することは、古い自分自身を捨てることである。古い思い、古い観念、執着心、うまくゆかなくなった出来事、マンネリ化したと感じられる対象や物、滞ってしまった心や体の状態、それらを潔く捨てることを、これらの時期に人間の魂は望んでいるのである。
 それらを捨てれば捨てるほど、魂はその節目に新しいものを得る。人間の中で目を見張るような進歩をする人がいれば、その人を観察してみるとわかるであろうが、彼らは例外なくこれを無意識に実行しているはずである。
 現代人は今までの文明の古い要素を、いさぎよく捨てなければならない。捨てれば捨てるほど(つまり小さな死を重ねれば重ねるほど)、人間は新しい躍動を手に入れることができる。シュメールの人生学では、死とは進歩への絶対条件なのである。