はだか祭り

■1336年  

はだか祭り---------------------------------------------------------------------------------------------------

 平安時代より、天下の奇祭、国府宮(こうのみや)のはだか祭が始まる。愛知県の国府宮(こうのみや)の尾張大國霊(おわりおおくにたまのかみ)神社で、毎年2月中旬頃行われる勇壮な祭りである。大まかに説明すると、祭りは次のように行われる。

①神男は神社でくじ引きにより選ばれる。
②選ばれた神男は全身の毛を剃り落とす。
③御神事の3日前になると、神社に籠もって身を清める。
④前々日に土餅搗神事並秘符認(つちもちつきしんじならびにひふしたため)が行われる。
⑤前日に庁舎(ちょうや)神事が行われ、大鏡餅が奉納される。
⑥当日(旧暦正月13日)、御神事の前に儺負笹(なおいざさ)が奉納される。
⑦祭りに参加する裸男は、白い下帯1枚の姿になる。裸男から儺負布(なおいぎれ)をもらうと御利益がある。
⑧以前に神男を務めた者たちが全裸の神男を取り巻いて守り、参道に出る。
⑨神男はすべての厄を受けるので、神男に触れた者は厄が落ちる。そのため、裸男たちは争って神男に触ろうとする。
⑩神男は最後に儺負殿(なおいでん)に引き入れられ、表向きの祭りは終わる。
⑪翌日の午前3時に庁舎に於いて夜儺追(よなおい)神事が行われ、祭りは終了する。

 実に奇怪で勇壮な祭りであるが、実はイエスが磔にされる場面を再現している。以下、その意味を見ていく。

①くじ引き
 聖書に於いて、何かを決める場合、特に御神意を伴う場合はくじ引きで決められた。一般的には神男と言うが、正式には儺負人(なおいびと)と言う。儺負(なおい)とは厄を背負うことであり、本来の儺(な)=厄とは、イエスが背負った全人類の贖罪のことである。

②剃髪(ていはつ)
 古来、毛髪には不思議な力が宿るという観念があった。旧約に登場するナジル人、サムソンは怪力の持ち主だったが、長い髪を剃られて怪力を失い、ペリシテ人に捕らえられた。ナジル人とは、自らを聖なる者として神に捧げ、献身する者のことである。そのため、厳格な規定があり、髪を剃ってはならないというのもその1つである。
 対してエジプトでは、僧侶が剃髪(ていはつ)するのは神に対する恭順(きょうじゅん:命令につつしんで従う態度)の姿勢を表わした。また、すべての大元である“主エンキの御言葉”では、アダパがニビルの大神アヌの下へ連れて行かれた時、ボサボサだった頭を剃られた。よって、剃髪(ていはつ)だけならば、髪を剃ることによって“イエスの奇跡の力”を無くして厄を背負わせることと同時に、神の前に従順であることを象徴していると見なせる。しかし、全身の毛を剃るわけなので、そのようなことではないだろう。この祭りは以前に死者も出たように命にも関わる危険な祭りであり、“毛が無い”ことは“怪我無い”ことに繋がるので、祭りの安全無事を祈願するものであろう。あるいは、“生まれたままの姿”に戻ることにより、穢れの無い純粋無垢な状態となり、他人の厄を一手に背負うのであろう。

③3日間の籠もり
 順序的には逆だが、イエスが処刑されて3日後に復活したことの象徴。

④土餅搗神事並秘符認(つちもちつきしんじならびにひふしたため)
 土餅搗神事(つちもちつきしんじ)とは、旧正月11日早朝、あらゆる罪穢(けが)れを搗(つ)き込んだものと言われる土餅(昨年の夜、儺追神事(なおいしんじ)に於いて焼かれた礫(つぶて)の灰を餅に包み、外も真黒に灰をぬった餅、土餅(どべい)、灰餅、儺追餅とも言う)を宮司が搗(つ)き、夜儺追神事(よなおいしんじ)に儺負人(なおいにん)に背負わせ追放する御神事である。
 土餅搗神事(つちもちつきしんじ)に引き続き、宮司が御神前に於いて“一宮・真清田神社、二宮・大縣(おおがた)神社、三宮・熱田神宮、総社・尾張大國霊神社”の四柱の神様の御神名を奉書に認め秘符を作り、御鉄鉾(おてっしょう、3メートル程の大榊(おおさかき)で、儺追神事(なおいしんじ)で使われる神籬(ひもろぎ))に結び付けるのが秘符認(ひふしたため)である。秘符に書かれた四柱の神様は、神の戦車メルカバーの象徴である。

⑤庁舎神事と大鏡餅
 庁舎神事とは、旧暦正月12日に境内東南の庁舎に於いて“一宮・真清田神社、二宮・大縣神社、三宮・熱田神宮、総社・尾張大國霊神社”の四柱の神様を招聘(しょうへい)し、天下泰平・悪疫退散・五穀豊穣を祈る神事で、儺追神事(なおいしんじ)の前夜祭である。鏡餅は本来、正月にお供えするものである。大鏡餅が奉納されるのは旧暦正月12日で、旧暦ではほぼ正月に相当する。鏡餅の2枚の餅はそれぞれが鏡で「合わせ鏡」を象徴しており、上に太陽の輝きを表す橙(だいだい)が乗せられる。これで「生命の樹」を象徴する。上に乗せる柑橘類は橙(だいだい)に限られる。その字の如く“木を登る”こと、すなわち「生命の樹」を上昇することを意味するからである。

 本来、餅は種無しパンの日本版であり、ユダヤの過越祭(すぎこしのまつり)が起源である。種無しパンを意味するマッツォが変化してマツオ、モチになった。過越祭(すぎこしのまつり)は春、ユダヤの正月に相当する。

⑥儺負笹(なおいざさ)の奉納
 笹とは竹のことであり、竹の旧字は“艸(そう)”を「合わせ鏡」で逆にした字である。“艸”は左右それぞれ3本の木から成る「生命の樹」であり、両方で「合わせ鏡」による古事記と日本書紀の絶対三神を象徴している。神社の御神事では忌竹(いみだけ)が使われるが、意味はそれと同じである。“忌”とは“この上なく清浄”という意味であるが、イエスの死に関係しているので“忌”であり、イエスは蛇神なので“蛇=巳の心”ということで“忌”であり、つまり忌竹(いみだけ)とは、イエスが掛けられた聖十字架の象徴で「生命の樹」でもある。“儺(な)を負う笹”とは、まさしくイエスが掛けられた聖十字架に他ならない。

⑦⑧全裸の儺負人、裸男の白い下帯、儺負布
 イエスは十字架に掛けられた時、衣服を剥ぎ取られた。それ故、儺負人(なおいにん)は全裸となる。ユダヤとの関係でよく言われるのが、契約の箱アークが20年ぶりに戻った際、ダビデは裸になって踊ったので、これがはだか祭りの起源だ、という説がある。しかし、この話だと、儺負人(なおいにん)が厄を一手に背負うという意味がまったく不明であり、はだか祭りではアークを象徴する御神輿が登場せず、矛盾する。儺負布(なおいぎれ)は剥ぎ取られた衣服を象徴している。剥ぎ取られた衣服はくじ引きでローマ兵に分けられたが、イエスが身に付けていた神聖な布であるため、それを象徴する儺負布(なおいぎれ)をもらうと御利益がある。裸男については、本来、裸である必要は無い。御神事上、儺負人(なおいにん)が全裸で厄を背負い、儺負人(なおいにん)に触れると厄が落ちるのであれば、儺負人(なおいにん)だけが裸だと目立って人が殺到し、大変なことになる。そのため、御神事に参加する男たちは下帯(したおび)だけを付けた裸になり、儺負人(なおいにん)の影武者も登場する。下帯は、死装束の象徴である白である。

⑨儺負人(なおいにん)はすべての厄を受ける
 イエスは全人類の贖罪を背負って十字架に掛けられた。その象徴である。

⑩儺負人(なおいにん)は最後に儺負殿に引き入れられる
 儺負殿は御社の聖域であり、十字架に掛けられたイエスが死んで聖域=天国に召されたことの象徴である。

⑪夜儺追神事(よなおいしんじ)
 表向きの祭りが終了した翌日の午前3時に庁舎に於いて斎行される、はだか祭りの本義。儺負人に土餅を背負わせ、御神宝の大鳴鈴(おおなるすず)や桃と柳の小枝で作られた礫(つぶて)で追い立てて、境外へ追い出す。追い出された儺負人は、家路につく途中で土餅を捨てる。この土餅を神職の手により埋めることで、世に生じた罪穢悪鬼を土中に還し、国土の平穏を現出するのである。称徳天皇の御世より現代に至るまで最も神聖視され、重要視されている。

 イエスは十字架刑と“復活”により人類の贖罪を清算したが、儺負人は多くの人の厄を受けたままである。その厄を落とすために、このような御神事が行われる。特に桃は、イザナギが冥界から戻ってくる際に投げてつけて悪霊を退散させたことから、厄除けや悪霊払いに使われる。この時期に行われる節分は厄除けの行事であるが、日本に於ける節分行事の発祥は、秦氏の重要拠点である京都の吉田神社である。ここでは豆を蒔かず、疫鬼を追い払うために神職が桃弓で葦矢を放ち、桃が使われる。豆を蒔く風習は、室町以降に行われるようになったと言われている。

 このように、国府宮のはだか祭りは、神道の謎を解くための重要な鍵が秘められたお祭りで、イエスが磔にされる場面を再現しているのである。