インダス文明、大まかな歴史の流れ

■紀元前1694年頃

インダス文明、大まかな歴史の流れ---------------------------------------------------------------------

 ヒンドゥースタン平原を形成したインダス川に沿って南西に進むとシンド(スィンドゥ)に辿り着くが、ここから偉大なインダス文明が始まった。後にインド亜大陸に進入してきたのはイナンナが主神のペルシャ系アーリア人で、インド語の"s"がペルシャ語では"h"に対応するので、“シンド”が“ヒンドゥ=ヒンズー”となった。更に、後にアレクサンダー大王と共に大量進入してきたギリシャ語では“インド”となる。また、スィンドゥの“スィ”は英語の"th"の発音に相当し、“テンドゥ=テンジク”となり、これが漢字で“天竺(てんじく)”となった。インド人は自分たちの国をバーラト(バーラタ)と言い、これは二大叙事詩の1つ「マハーバーラタ」に由来している。

 モヘンジョダロやハラッパーのインダス文明の担い手はドラヴィダ人だったが、それは第3の地域(インダス川流域)の最初の人たちだった。“大いなる惨禍”の後、アーリア人が浸入してきたので、ペルシャとインドの神話はほとんど同じだが、登場人物の敵と味方の関係が逆である場合が多い。これは、どちらがイナンナを招聘(しょうへい)するかという対立関係にあったためである。
 アーリア人が侵入し、支配者として君臨してから階級制度(ヴァルナ)が誕生した。4つのヴァルナは上位からバラモン(宗教者)、クシャトリヤ(王族、貴族、戦士)、ヴァイシャ(一般市民)、シュードラ(奴隷)である。15世紀にインドに来たポルトガル人が、人種や血統を意味する“カスタ”と呼んだが、それが英語化してカーストとなった。更に、これ以外にもアウト・カーストが存在し、不可触民(ふかしょくみん:カースト制度の外側の差別されてきた人々)とされている。

 アーリア人が口頭伝承してきた宗教思想がインド哲学の根源で、後に文書化されてヴェーダとなった。根本聖典(サンヒター)はリグ・ヴェーダ、ヤジュル・ヴェーダ、サーマ・ヴェーダ、アタルヴァ・ヴェーダで、主に祭祀のしきたりや呪文、神々への讃歌などが記されている。最も重要で最も古いのがリグ・ヴェーダである。
 ヒンズー教の礎であるバラモン教はヴェーダを基礎とし、祭儀書ブラーフマナ、森林書アーラニヤカ、奥義書ウパニシャッドから成る。その特徴は、人間と宇宙の対応にある。“永遠に存在する個人の本体=我=アートマン”と“宇宙の根本原理=梵(ぼん)=ブラフマン”は究極的に一体であり、一体化させるのが人間の生きる目的であり、それを“梵我一如(ぼんがいちにょ)”と言い、“悟りの境地”である。そこにインダス文明と土着信仰が合流し、祭祀中心のバラモン教となった。バラモン教は更に土着神を取り込んでヒンズー化し、叙事詩の成立を経て、ヴィシュヌ派とシヴァ派へと二大宗派化していった。

 梵我一如(ぼんがいちにょ)の概念は、ヘルメス思想と同じである。ヘルメス思想では、創造主と被造物は本質的に同一であり、同じ一者の異なる現れにすぎず、「全は一であり、一は全である」と考える。そして、下のものと上のもの、小宇宙と大宇宙が本質的に同一であり、互いに照応し合っていると考える。
 輪廻転生を説くのはバラモン教で、人間は必ず人間に生まれ変わるとされている。どの階級に生まれ変わるかは、前世での行いによる。だから、低カースト者は前世の行いが悪かったのであり、そのため、彼らがどんな悲惨な目に遭っていようと助けないし、助けられようとも思わない。そして、輪廻転生の循環から抜け出す方法が梵我一如(ぼんがいちにょ)であると考えた。
 釈迦は、ペルシャからインドにかけての広大な地域に住んでいたトルコ(セム)系遊牧民の流れを汲む北インドのサカ族の王子で、本名はガウタマ・シッダールタである。釈迦は形骸化したバラモン教を批判した。そして、バラモンが認めていたヴァルナも輪廻転生も否定した。人間が行いによって動物界などに転生するというのは後世の例え話で、釈迦は言っていない。実は、輪廻転生の概念は根本聖典には無く、後のウパニシャッドで初めて登場する概念で、元々は無かったのである。それもほとんどが例え話で、真実ではない。


 梵我一如(ぼんがいちにょ)の概念がヘルメス思想と同一と言っても、ヘルメス思想はギリシャである。アーリア人のもう一方は西方へ移動し、ギリシャへの窓口となっている場所のアナトリア高原にヒッタイト王国を築いた。つまり元は同じである。
 ヘルメス思想では、人間と神は本質的に同一であり、それを“認識(グノーシス)”しさえすれば、人間を神のレベルにまで高めることができると説く。ヘルメスはギリシャでは叡智の神とされ、別名トートなので、ニンギシュジッダのことである。その証拠に、ヘルメスは長い剣に2匹の蛇が巻き付いたカドゥケウスの杖を持つ姿で描かれ、ニンギシュジッダと同じシンボルである。これが後に誤解され、ヘルメスを神官、王、賢人(哲学者)である三重に偉大な者“トート・ヘルメス・トリスメギストス”と言われ、エノクと同一視された。そして、マルドゥクの影響によってエノクはあらゆる秘教の大元とされ、彼が天使との会話に用いたエノク語は、至高の力と叡智をもたらす呪文とされてしまった。
 その影響は輪廻転生の概念にも表れている。“復活、長寿=不老不死”を例えたものが、誤解されてしまった。だから、釈迦はそれを否定した。そもそも、助けないのは良くない行いだから、来世は低カーストに生まれ変わるはずだ、という矛盾に彼らは気付いていなかった。この釈迦は、後に登場するヘブライの民の末裔である。