バベルの塔とマルドゥク

■紀元前3380年

バベルの塔----------------------------------------------------------------------------------------------------

 マルドゥクは話を聞いて、カンカンになっていた。「屈辱はもうごめんだ!」とマルドゥクはエンキに怒鳴った。マルドゥクは、エディンにマルドゥクのための神聖な都市をすぐに造るよう、エンリルに要求した。しかし、エンリルは聞く耳を持たなかったので、マルドゥクは宿命を己の手に握った。ウヌグ・キ(ウルク)が選ばれる前にアヌの到着のためにと考えられていた場所へ、ナブはサタンの元となったイギギとその子孫を呼び集めた。そこに、マルドゥクのための神聖な都市、“空の船”のための場所を築くために。

 彼の信奉者はそこに集まったが、建築資材となる石が無かった。マルドゥクは、代わりにレンガを作る方法を教えた。それを使って、頂上が天にも届くバベルの塔を造ろうと目論んだ。



 その計画を阻止するため、エンリルが現場へ急行し、マルドゥクを懐柔しようとした。しかし、エンリルは失敗した。「マルドゥクは許可されていない“天への門”を建てている。彼は地球人にそれを託しているのだ!」とエンリルは息子たちとその子孫に言った。「これが達成されれば、人類にできないことは無くなってしまう。この邪悪な計画は阻止せねばならない」とニヌルタが言い、全員、それに賛成した。
 ニブル・キ(ニップル)からエンリル一族がやって来たのは、夜のことだった。彼らは“空の船”から炎と硫黄を雨のように降らせ、塔と野営地全体を完膚(かんぷ)なきまでに叩きのめした。その後すぐに、この指導者と信奉者たちを国外に追い散らすことをエンリルは決めた。それにより、彼らの意思疎通を混乱させ、一致団結を砕くために、エンリルは決定した。「今まで、地球人は1つの言語を喋っていた。たが、これ以降、私は彼らの言語を混乱させる!彼らは、お互いの言うことが解らなくなるのだ!」
 地球の年で数えて380年目に、この事件が起きた。エンリルは、それぞれの地域に異なる言語と文字を与え、一方が他方を理解できないようにした。

 ピラミッドから助け出されたマルドゥクはアヌから恩赦されたほどなので、彼が怒ることは間違っていた。しかし、彼は禁断の建物を建てようとした。聖書でいう“バベルの塔”である。聖書では東の方からシンアルの地に移動してきた人々がバベルの塔を建てたことになっている。そして、シンアルの地の王(英雄)はニムロデ(ニムロド=マルドゥク)だった。
 “ハムの子孫はクシュ、ミツライム、プテ、カナンであった。クシュの子はニムロデであって、このニムロデは世の権力者となった最初の人である。彼は主の前に力ある狩猟者であった。彼の国は、最初シンアルの地にあるバベル、エレク、アカデ、カルネであった。”
 聖書によると、クシュはエジプトの領域だが、そこからニムロデがバベルのあるシンアルの地まで来たことになる。エジプトからこの地にやって来たのは、まさにマルドゥクである。そして、バベルの塔は実質、マルドゥクが建てたに等しいので、英雄ニムロデとはマルドゥクの象徴であると言える。ニムロデとはヘブライ語で“我々は反逆する”を意味しているが、それもマルドゥクであれば筋が通る。
 これに、ニヌルタによって最初に任命されたキシュの王の名が“強力な人”であった、ということも合わせて考えると、クシュはキシュに通じるので、このキシュの王“強力な人”を原型とし、マルドゥクのバベルの塔建造の話を合わせて聖書のニムロデの話が創作されたということである。
 このような“邪悪な建物と行い”を、エンリルとその一族は断固として許せなかった。嵐のようなミサイル攻撃により、塔と野営地全体を完膚なきまでに叩きのめし、言語もバラバラにするとは、よほど腹の虫が収まらなかったのである。これらの異なった言語は、エンリルがエンキに創作させた。インダス文明のサンスクリット語も、エンキが知恵を振り絞って創作したものである。
 言語で言うなら、このシュメールの文法を基に、互いが争わずに保てるように、創造の意識と共鳴するように創作されたのが日本語なのである。よって言霊が重要視されてきた。シュメール語も日本語も膠着語(接こうちゃくご:頭辞や接尾辞のような形態素を付着させることで、その単語の文の中での文法関係を示す)で、共に表音・表意の両方の意味を持っているのがその証拠である。