アケメネス朝ペルシャ

■紀元前538年頃

 この頃、エジプトの一部から中東一帯、そしてインドの一部へとかけて、アケメネス朝ペルシャが統一する。アケメネス朝ペルシャはユダヤ人に平和をもたらし、バビロンに強制移住させられていたユダヤ人は、エルサレムに帰還することが許され、彼らは神殿を再建し、その後、唯一の神ヤハウェを信じるユダヤ教が成立し、彼らはユダヤ人と呼ばれるようになった。

 新バビロニア王国の滅亡と、その後のペルシア帝国の寛容な宗教政策によって、南朝のイスラエル2支族はパレスチナ地方へ帰ることができた。彼らはソロモン神殿を再建し、徹底した契約厳守の律法主義に基づく「新ユダヤ教」を作った。イスラエル10支族と完全に離別してしまった彼ら(イスラエル2支族)は、この時を境にしてユダヤ人と呼ばれるようになった。
 南朝のイスラエル2支族が故郷の地に帰還した時、既にアッシリア帝国は滅亡しており、そこへ捕囚されていたイスラエル10支族は、パレスチナ地方へ帰ってきてしかるべきであった。しかし、彼らは帰って来なかったのである。もちろん帰ってきた者もいたが、それはごくごく一部で、大部分が帰って来なかったのである。しかも捕囚されたアッシリア帝国の地にも、彼らの姿は無かった。ユダ2支族よりも神から多くの祝福を受けていたはずのイスラエル10支族は、日本へ向けて旅立ち、いつの間にか歴史の表舞台から消えてしまったのである。