ローマ教会内に見る性的シンボル

ローマ教会内に見る性的シンボル------------------------------------------------------------------------

 世の学者や歴史家たち、また教会の指導者らが自らローマのキリスト教は事実上キリスト教を装った異教の偶像礼拝であるのを認めている。異教世界の象徴がキリスト教会に取り入れられ、連盟によって是認されたと主張している。各時代の密教という本の中に「それでも、十字架そのものが男根崇拝の象徴の最も古いものであり、大聖堂の菱形(ひしがた)の窓はヨーニ(女性器)の象徴が異教神秘の破壊の中で生き残ったことの証拠である。

 教会組織自体に性的シンボル、または男根崇拝が浸透している。キリスト教会から全ての男根の、または性的起源から来る象徴を取り除いたら何も残らないとある。今日キリスト教会を見てみると、床やアーチやドームばかりであり、それらは生々しい性的シンボルを拝む異教に他ならない。教会の尖塔(せんとう)や中庭などは全て性的シンボルを崇拝する概念を反映している。

 原始キリスト教会の狂信者らが、異教をキリスト教化しようと試みた時、異教の創始者らはキリスト教を異教化する為、ただならぬ力の入れようでそれに応えた。キリスト教は敗れ、異教が成功を収めた。異教の衰退と共に、異教の創始者らは、彼らの運動の土台を原始キリスト教という新しい乗り物に乗り換え、常に賢者の計り知れない所有物であった永遠の真理を覆い隠すために、新しいカルトのシンボルを取り入れた。こうしてキリスト教はまさしく当時異教の指導者であった者たちの希望となったのであった。今やキリスト教徒を名のる異教徒たちが主導権を握った。

 キリスト教が全くの悪魔崇拝となってしまった。異教世界の犠牲制度や礼拝を見廻してみると、この礼拝はサタンとその手下どもに捧げられているのが分かる。キリスト教が同じ礼拝形式を取り入れるということは、事実上同様の権威に服していることなのである。太陽崇拝と一般キリスト教を比較してみると、今日全く類似していることが分かる。太陽の出生は(アヌンナキの)タンムズの誕生日である12月25日となっており、今日クリスマスと呼ばれている。6月24日に行われた夏至の祭りは、今日聖ヨハネ祭と呼ばれていて、異教の女神となったセミラミス(イナンナ)の被昇天は、今日聖母マリヤ被昇天の祝日となっている。聖母である女神が崇拝され、天の女王という称号が付けられた。そして今日、処女マリヤにも同じ称号が与えられている。女神に捧げられ、装飾された薄くて平たいパンには、T型の十字が刻まれている。今日教会では熱い十字の丸いパンと呼ばれている。タンムズの為になされた40日間の断食と嘆きは、今日キリスト教会で四旬節(しじゅんせつ)と呼ばれているものである。イースターの祭りは今でもイースターと呼ばれているが、もともとはタンムズの復活を祝っていたものであった。聖週間になされた刻んだ像の行列は、今日イエスやマリヤやペテロ、またその他の聖徒たちを刻んだ像の行列となっている。寺院における、イシュタール(イナンナ)やタンムズの崇敬は、今日イエス、マリヤ、またその他の聖徒たちを刻んだ像の崇敬となっている。

 霊魂不滅と地獄の信条は、何千年もの間異教徒に引き継がれてきた。煉獄(れんごく)の教理はギリシャ哲学で言う、浄化の概念から拝借したものであった。死者が生きている人に現れると言う信条もあった。11月に行われたこの祭りは、今日キリスト教でも霊魂の日として祀られている。それがハロウィンなのである。祭壇の前で線香を焚くという概念は異教からのものであった。チャント(詠唱歌)や反復の祈り、数珠(じゅず)は現在教会でロザリオと呼ばれている。十字架のシンボルはもともと太陽そしてサタンの象徴であったが、今日キリスト教会に於いて、礼拝の対象となっている。お守りは異教徒が霊を追い払う為、身に着けていたものであった。今日クリスチャンは十字架をお守りとして身に着けている。

 聖餅(せいへい)の周りの I H S は、イシスとホラス、セブを象徴しており、エジプトに於いて霊魂をなだめるために食べていた。現在教会で聖餐(せいさん)のパンとなっている。頭の周囲にある太陽の輝きを描いた子供と母親の絵は、現在東方のカトリック教会に於いて、イコンと呼ばれている。幼児洗礼、滴礼(てきれい)などは全て異教からであった。口寄せ、死者に語りかけるという概念が神秘キリスト教や、今日のキリスト教会に於いては、奇跡のひとつとされている。主の第一日目である日曜日は、全ての文化に於いて太陽神を崇めるために守られていた。今日、キリスト教会もその日を遵守している。