与那国島海底都市

与那国島海底都市-------------------------------------------------------------------------------------------

 日本最西端の島の与那国島海底都市も、この18年頃の大洪水により海の底へ沈んだ。沖縄では明治の中頃まで若い女性が入れ墨をする習慣があった。沖縄本島では14歳くらいから施し始め、少しづつ文様を増やしていく。文様には地方によって微妙な違いがあり、両手に23の文様を彫りこんで完成とし、その頃が結婚適齢期とされていた。明治生まれで現代まで生きていた老婆の入れ墨にはレムリアの文字が刻まれていた。ハジチは魔除けの意味を持っていて、左手の甲にはレムリアの文字が並び、右の肘には沖縄各地から出土した線刻石板に書かれたレムリアの絵文字そのものであった。石版を解読すると琉球列島の水没を表しているストーリーが表されており、琉球はかつて広大な陸地であり、それが水没して島々になったと読み取れた。琉球王朝の王は太陽の子=テダコと呼ばれていた。石版の「キ」や「カ」に見える文字は聞得大君(きこえおおきみ)と呼ばれる琉球王朝最高の女神官を意味し、安泰な政治が行われ、平和な生活があったことを意味している。
 また福岡県沖ノ島で、国宝や重要文化財が12万点も見つかっている。また周辺には沖ノ島神殿という海底遺跡があり、直径8メートルの柱に螺旋階段が作られている。また海底遺跡からは神像が見つかっており、一つは乳房や男性性器を持つ両性具有で、もう一体は女性。頭には鳥のデザインが施されている。