安倍川別命(あべかわわけのみこと)の日高見国(ひたかみのくに)遠征


■紀元前96年

 東日流(つがる)の荒吐族(あらばきぞく)が、奥州(おうしゅう)の倭国領へ侵領、領地拡大をはかった。崇神帝は安倍川別命(あべかわわけのみこと)に日高見国(ひたかみのくに)遠征を命じた。その命に従って川別命(わけのみこと)は奥州に赴いたが、東北の護りは固く、遂に皇軍による侵攻はならなかった。
 しかし崇神帝は、これにこりることなくその後もしばしば日高見国(ひたかみのくに)に遣使して、倭朝を一朝に併合しようと勧誘した。
 時の荒吐族(あらばきぞく)王、津刈丸十六世は、この誘いを一度受け容れたが、長老会議がこれを否決した。
 紀元前96年、津刈丸十六世は大挙して倭国の大足彦(安倍川別命"あべかわわけのみこと")を攻めた。攻防は長引いたが勝負は決せず、またも和睦することとなった。和睦の条件は、荒吐族(あらばきぞく)の国の領界を大津の湖辺までとし、西界は若狭より近江湖まで、そこより東海の尾張以北を荒吐族(あらばきぞく)領とするというものだったが、この条件を倭が受け容れたので津刈丸は軍を退いた。
 こうして荒吐族(あらばきぞく)が倭国を攻めることはなくなったが、倭に残された駐兵は故郷の奥州を思うあまり、倭王に奥州も一統(いっとう)されるようにと懇願した。