バビロンからのブッダ

バビロンからのブッダ--------------------------------------------------------------------------------------

 古代ペルシアの碑文により、バビロニアの王とブッダ(釈迦)がつながったと、研究家のハーベイ・クラフトが「バビロンからのブッダ(The Buddha from Babylon:The Lost History and Cosmic Vision of Siddhartha Gautama)」で述べている。要約すると次のようになる。

 仏陀になったシッダルタ・ゴータマという男が存在した劇的な証拠が、遠く西のペルシャで明らかになった。一族の印章と記録がアケメネス朝ペルシャのペルセポリス(アヌンナキの一族が作った都市)で見つかった。そしてアケメネス朝ペルシャの王ダレイオス1世が、シッダルタ・ゴータマ(=ブッダ)と、ブッダの父親のスドダナ・ゴータマと関連していることが認識された。
 ゴータマはサカ(釈迦)王国の王族の名前であった。ダレイオス1世のペルシャの首都ペルセポリスで見つかった重要な印章の中の、印章番号PFS79、PFS796、PF250の分析によって、それがゴータマ家のことであると、ラナジット・パル博士によって主張されている。
 一族の印章には王冠をかぶった王が刻まれ、その両側には二頭の鳥の頭と羽を持つライオンが刻まれている。

 ペルセポリスのスラマナのセッダ(Sedda:人物名)の記述がある印章(ペルセポリスの印章PFS79)は、「ライオン-太陽 祈祷師(シャーマン)」についてであるが、このセッダ・アルタ(シッダルタ)という名は、シッダ(〜の解放者)とアルタ(宇宙もしくは普遍の真理)という意味である。つまりシッダルタとは「宇宙の真理の解放者」という意味である。これはたくさん集められた印章からの情報に基づいている。
 セッダの印章の、鳥の頭のアルヤ・スラマナであるインダス・ヴェーダの僧に挟まれた統治者は、スドダナ・ゴータマ王(ブッダの父親)の王族であるサカ(釈迦)族(スキタイ)とつながっている。この印章の写真は、シカゴ大学の東洋研究所の協力によるものである。
 ライオンの体を持ち、神話の太陽鳥(たいようちょう)の頭と翼を持つ双子の守り手(すなわちエジプトの太陽を抱くハヤブサ)、このライオンとハヤブサの絵は、一対のスラマナの祈祷師(シャーマン)を表している。そのため、ゴータマに関連のある一族の印章は、アリヤ・ヴェーダの王族の一員を指しているのである。

 仏教画の同じような絵においても、ブッダは彼の側に立つ側近と共に、下に宝石をちりばめた「ライオンの玉座」に座っていることを見る事ができる。ブッダのその絵は、普遍なる神聖な木の下での彼の悟りを表している。

 流れはこうである。アケメネス朝ペルシャの王カムブジヤ王(Kambujiya)がエジプトへ行っている間に、ガウマタ(ゴータマ=ブッダ)はバビロンで王座を得た。その後、ダレイオス1世がガウマタ(ゴータマ=ブッダ)から王座を奪い、バビロンで王となる。

つまりバビロンでの王の順は次の通りである。

1 カンブジヤ王(カンビュセス2世。後にカンボジアの祖)
2 ガウマタ王(ゴータマ=ブッダ。後にインドのルンビニでの仏教の祖)
3 ダレイオス1世(ダリウス王)

 ダレイオス1世は後に、ガウマタは身分を詐称した不法な統治者だと記している。ダレイオス1世は自らをマギ(magi)と位置づけた。マギは「秘儀の実行者」という意味で、高い地位にある。シッダルタ・ゴータマ(=ブッダ)はペルシャのマギであり、そのリーダーの立場にあった。さらにマギの活動拠点はエサギラ寺院の建物の中にあったので、ジッグラトの塔は、「頭をあげた家」という肩書きを与えられた。すなわち「星を見る人」ということから、ガウマタ(ゴータマ=ブッダ)はバビロンの占星術と関係していた。
 ゴータマはガウマタの変化形である。多言語社会であった古代のバビロンでは、一人の人物の名前が、様々な綴(つづ)りで記されていたことは、普通のことであった。シッダルタ・ゴータマ(=ブッダ)はガウタマ王であった。そしてバビロンのマギの影響が、彼(ブッダ)によって仏教として広められていく。
 「ガウマタ」は慈悲深い哲学者、博愛主義者として表現されているが、多くの民族が集まり、言語も違う世界で奴隷解放を宣言し、重税を軽減し、隣人と互いに尊敬し合うように教えた。ガウマタは自由を支持し、人権を支持し、寛大さを支持したが、そうした教えはガウマタとゴータマが同一人物であることを裏付けている。

 ダレイオス1世は軍事的な強者であり、考古学上の王族であった。ダレイオス1世はガウマタを打倒し、正当化するためのプロパガンダを実行し成功した。しかし、成功までの間に19回もの反乱がペルシャで起きている。ガウマタに鼓舞された自由思想をもった反乱軍が、ダレイオス1世によって鎮圧されるまでに、1年以上もかかった。残忍な軍事的鎮圧であった。
 アケメネス朝ペルシャの歴史では、王位簒奪者(さんだつしゃ)のマギであったガウマタを、ダレイオス1世が倒して王位に就いたとされている。やがてマギという言葉は人知を超える知恵や力を持つ存在を指す言葉となり、英語のmagicなどの語源となった。

 こうしてガウマタであるシッダルタ・ゴータマ(=ブッダ)とその一族はルンビニへ行き、仏教が始まる。ガウマタ王の前のカムブジヤ王は東南アジアへ行き、カンボジア一帯で文明を開く。そして68年から550年にかけてメコン川下流域(現在のカンボジア、ベトナム南部)からチャオプラヤーデルタにかけてヒンドゥー教・仏教の古代国家である扶南国(ふなんこく)へと続いていく。

 やがてカンボジアがあるインドシナ半島では、次々と国ができては滅んでいき、現在に続いていく。

・扶南国(ふなんこく) (68–550)
・真臘(しんろう) (550–802)
・クメール王朝 (802–1431)
・カンボジア王国(英語版) (1431-1863)
・フランス領インドシナ (1863–1953)
・日本占領時期のカンボジア(英語版) (1941–1945)
・カンボジア王国 (1953–1970)
・1970年クーデター
・クメール共和国 (1970–1975)
・民主カンプチア (1975–1979)
・カンボジア・ベトナム戦争 (1975–1989)
・カンプチア人民共和国/カンボジア国 (1979–1993)
・カンボジア暫定国民政府/UNTAC/SNC {1991–1993}
・カンボジア王国 (1993–現在)

 東南アジアには、アヌンナキのテクノロジーによって作られた巨石建造物が数多く存在している。

 釈迦(しゃか=ブッダ)はシャーキャ族王シュッドーダナの男子として、現在のネパールのルンビニにあたる場所で誕生したとされているが、アケメネス朝ペルシャから移住したのであった。そして29歳で出家し、35歳で覚りを開き仏陀(ブッダ)となった。

 釈迦(しゃか)も十支族の子孫であり、自らの覚りを人々に説いて伝道して廻った。それが仏教となる。釈迦は仏教の開祖である。
 多くの仏教の宗派では、仏陀(ブッダ)は釈迦だけを指す場合が多く、仏陀は悟りの最高の位「仏の悟り」を開いた人を指す。buddhaはサンスクリットで「目覚めた人」「体解した人」「悟った者」などの意味である。







Hiloyuki Kubota/久保田 啓敬