吉田司家

■1190年頃

 鎌倉時代、後鳥羽天皇は相撲の伝統を守り続けるよう吉田司家に命じた。1945年までは横綱の免許を与えられるのは吉田家だけで、土俵の規格、行司の登場礼式、力士が登場する作法などを定めてきた。相撲の宗家として代々「追風(おいかぜ)」の号を名乗る。元来、古代イスラエルの子孫である藤原氏が改名してできた京都二条家に奉公し、奈良・平安時代の宮中の年中行事の節会相撲(すまひのせちえ)の行事官として務めていた。本来、相撲とは神と行うもので、天下泰平、国家安全、五穀豊穣の政として相撲を行ってきた。