モジェンジョダロなどその他の遺跡

モジェンジョダロなどその他の遺跡---------------------------------------------------------------------

 この戦争で使用された核兵器によって、インダス文明の古代都市モヘンジョダロは突如として破壊された。4万人が住んでいたこの遺跡で見つかった白骨遺体46体は突然に死がやってきたような状態であり、そのうちの9体には高温で加熱された跡が残っていた。モヘンジョダロは現地の言葉で「死の丘」を意味しており、非常に古い時代に生きた得体の知れない死者が眠る墳丘として、地元民に伝わる禁忌(きんき)の領域となっている。
 

 またトルコのカッパドキアでも核が使用された。この場所は浸食でできたのではなく、当時の強烈な核戦争で、都市が丸ごと焼け溶けて、更に地盤自体、土地自体が高温の放射能で融解し固まってしまった。現代でもその当時の凄まじい核戦争から土地が回復していないのである。


 さらにインダス文明のハラッパーやイラクの古代の都市でもガラス化した遺物や砂が見つかるなどしているが、これらは高温をつくりだす核兵器が使われた結果である。他にもチェコスロバキアのボヘミア地方、フィリピン、タイ南部、エジプト、スーダン、リビア、アメリカ・テキサス州、オーストラリア、イギリス諸島、ペルーのサクサイワマン遺跡、ブラジルのピアウイ州の遺跡群で、石灰の砂の層がガラス化した層が見つかっている。こういった場所には航空基地があった。ヒンズー教の古代の聖典マハーバーラタにも街が灰とかしたことや、馬が蒸発したこと、死の灰現象など、その時の描写が詳しく書かれている。