テンプル騎士団の支部のタンプル塔

■1177年頃

 イルミナティのテンプル騎士団はモントギサールの戦いでサラディン率いるイスラム軍を撃退し、フランスのフィリップ2世やイングランドのリチャード1世とも共闘し、スペインやポルトガルでも対イスラム教徒戦闘に従事して、その勇名を不動のものとした。

 そして、テンプル騎士団の入会者たちは、個人の私有財産を会に寄贈して共有しており、騎士団は軍事活動のみならず、巨大金融機関としての側面も持つようになり、テンプル騎士団が巡礼者の預金証を作成し、彼らの資産を預かる銀行システムを編み出した。

 このような銀行システムの構築と、多くの寄進を集めたことによって、12世紀から13世紀にかけて騎士団は莫大な資産をつくり、それによって欧州から中東にいたる広い地域に多くの土地を保有し、そこへ教会と城砦を築き、ブドウ畑や農園を作り、やがて自前の艦隊まで持ち、最盛期にはキプロス島全島すら所有しており、パリにあったテンプル騎士団の支部のタンプル塔は、フランスの非公式な財務省といえるほどの規模になり、たびたびフランス王に対する財政援助を行った。