アヌンナキを表すマリア、ペトロ、ユダ、ヨハネ

アヌンナキを表すマリア、ペトロ、ユダ、ヨハネ-----------------------------------------------------

・マグダラのマリア
 マグダラのマリアの原型はイナンナである。マグダラのマリアは通説では“性”に関係し、性的象徴の女神はイナンナである。イエスは“復活”してから、まずマグダラのマリアの前に姿を現した。“復活”に関しての原型は、イナンナ自身の“復活”と彼女はドゥムジが“復活”すると思い込んでいたことである。ドゥムジはイエスの原型の1人であり、ドゥムジの“復活”を望んでいたイナンナの幻想が、このような話の原型となっている。象徴的にはイエスの“復活”した姿にドゥムジが、マグダラのマリアにイナンナが重ねられ、新約に於いて見事、イナンナは“復活”したドゥムジと再会できたと見なせる。
 ドゥムジとイナンナは結婚するはずだった。そして、王位継承数字的にドゥムジと太陽神ウツは同一と見なすことができ、ウツとイナンナの王位継承数字的な関係は正式な夫婦である。そのため、イエスとマグダラのマリアが結婚していた、などという伝承が生まれたのである。

・ペトロ
 ペトロの理解力は低かった。それが、後の離反の原因となった。離反とは、イエスの預言通り、鶏が3度鳴く前に3度イエスのことを知らないと言ったこと、そして男性優位の思想で、救済者の弟子たるには男性でなければならないとするペトロの考えが教団の分裂を引き起こし、それがパウロへと受け継がれ、現在のキリスト教として普及したことである。そのため、教会は男性優位の権力を守るための組織と化し、マグダラのマリアを娼婦として陥れることにより、絶対的な権力を握ることとなった。まさに教会こそ、イエスが注意を喚起したそのものの存在となったのである。
 このようなペトロには、いつまで経っても自分の立場が理解できず、己の野望ばかりを追い求め、アヌに赦されたにも関わらず、最終的には核戦争を引き起こす原因となったマルドゥクの姿が投影されている。

・裏切りのユダ
 イスカリオテのユダは、銀貨30枚のためにイエスを裏切った。そして、ユダは金入れを預かっていたから、“金(かね)”に操られていたことになる。“金(かね)”に関わる偶像崇拝の神はマモン・ラーであり、マルドゥクの象徴でもある。よって、イスカリオテのユダの原型はマルドゥクである。
 “30”という数字に着目すると、王位継承数字が30なのはナンナルで、エンリルの息子である。アヌはエンキとニンフルサグを結婚させて王位を継承させようとしたが、ニンフルサグはエンリルとの間に長男ニヌルタをもうけてしまい、正統継承権はエンリル系になってしまった。そのため、マルドゥクは正統継承権を常に主張していた。正統継承者がニビルにとって重要な“金(きん)”として象徴されるなら、傍系は“銀”として象徴され、それはマルドゥクとなる。
 エンリルとエンキはアヌの息子で、ナンナルはエンリルの、マルドゥクはエンキの長男なので、王位継承数字的にはマルドゥクも“30”として象徴される可能性があったわけであり、アヌの長男はエンキなので、マルドゥクにとって見れば、自分こそが正統継承者=“金”として相応しいと思っていたのである。よって、“銀貨30枚”という象徴でマルドゥクを示唆しているのである。
 また、ユダの裏切りによりイエスは捕らえられ、十字架に掛けられた。マルドゥクはドゥムジを罠に掛け、ドゥムジは死んだ。イエスの原型はドゥムジであるから、この事からも、ユダの原型はマルドゥクである。
 更に、イスカリオテとは“カリオテの人”という意味のヘブライ語である。カリオテ=ケリヨトはモアブにあった町の名である。モアブは死海のすぐ東側にあり、死海は核攻撃によって形成された可能性が高い。ニヌルタとネルガルによって核攻撃されたのは、マルドゥク(と息子ナブ)が自らの“神聖”を主張して人類を扇動した場所なので、“イスカリオテ”という地名でマルドゥクに関係することを暗示している。
 他の解釈として、イエスの原型を蛇神=エンキと見た場合、エンキの息子であるにも関わらず、“恐怖の武器”を使用することを提案し、エンリルの息子ニヌルタと組んで、兄弟であるマルドゥクを核攻撃したネルガルもユダの候補になり得る。ただし、その場合、“銀貨30枚”という象徴が当てはまらない。
 また、弟子たちはみんなイエスを見捨てたが、これもイエスの原型を蛇神=エンキと見た場合、核攻撃に反対したのは唯一エンキだけだった、ということの象徴である。

・イエスの弟子ヨハネ
 イエスの弟子ヨハネはイエスから最も愛された。これは、エンキから知恵のすべてを授けられ、人類に生殖能力を与えることに尽力したニンギシュジッダが原型である。マルドゥクもエンキから知恵を与えられたが、完全には信頼されておらず、“死者を蘇らせる”知恵は与えられなかったので、彼はヨハネの原型ではない。
 ヨハネ黙示録はカッバーラの象徴に溢れ、知恵の使い手の象徴でもあるから、これもニンギシュジッダに相応しい。

・洗礼者ヨハネ
 もう1人のヨハネが、イエスを洗礼したヨハネである。イエスがエンキの息子ならば、イエスに知恵を授けたのは、当然、エンキである。それが“洗礼”として象徴されている。
 ヨハネは元々オアンネスと言い、地上に最初に降りた半神半魚の神であった。これは、魚としても象徴され、アラルを除いて最初に地球に降り立ったアヌンナキ、すなわちエンキに他ならない。(アラルは直接人類に関わりが無く、エンキが後に“地球の主”となったので、除外する。)地球での最初の到着地点は海だったので、魚として象徴される。それはまた、“魚のスーツ”を着ていたことにも因る。
 そして、エンキは水に関係する神でもあり、水を吹き出している水瓶と共にある姿が描かれている様子は、まさに洗礼を施す様子に他ならない。よって新約には、いたるところに魚が象徴として登場する。4人の漁師(ペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネ)を弟子にしたこと、パンと魚を大群衆に分け与えた奇蹟、復活後に弟子たちと魚を食べたことなど。(旧約では、巨大な魚に飲み込まれたが3日後に吐き出された預言者ヨナなど。魚はエンキの象徴であり、この現象はイエスの“復活”の予型であり、ヨナという名はヨハネにも繋がる。)


 以上のような関係は、他の「神々」が地球人女性と直接交わった場合、成立しえず、イエスはアダパやジウスドラのように、人類にとって重要な局面に於いて、エンキが地球人女性と直接交わって産ませた子であると言える。だからこそ、イエス=天照大神は実父エンキの象徴である蛇神として祀られている。そして、エンキが交わった地球人女性の名はマリアである。  つまりイエス・キリストはエンキから生まれたが、その生涯の話はアヌンナキの出来事などと結びつけられて作られたものが、聖書となり現代に伝わっている。キリストもブッダもアヌンナキの血を濃く受け継いでいたのである。



Hiloyuki Kubota/久保田 啓敬