イルミナティのローマ帝国

■368年  

 田道将軍が荒吐族(あらばきぞく)追討(ついとう)に来たが、東日流(つがる)国において敗死、伊津水門というところに埋葬された。

■381年頃

 コンスタンチノープル公会議で、イルミナティのローマ・カトリック教会によって聖書の一部が書き換えられる。

■392年頃

 イルミナティのローマは、キリスト教を認め国教とした。この時キリスト教以外の宗教は禁じられたことにより、オリュンピア大祭(オリンピック)も禁じられることになった。最後の第293回オリュンピア祭は翌393年に開催され、これが古代オリンピックの最後の年となった。

■395年頃

 イルミナティのローマ帝国が、西ローマ帝国と東ローマ帝国(ビザンツ帝国)に分裂。サンヘドリンがビザンツ時代初期に解散したとされるが、地下で活動は続く。この直前まで会合はティベリアで行われていた。