五山の送り火(ござんのおくりび)

五山の送り火(ござんのおくりび)---------------------------------------------------------------------

 京都の7月の祭りが祇園祭ならば、8月は「五山の送り火(ござんのおくりび)」である。(「大文字焼き」は通称で、正式名称ではない。)送り火は仏教の精進送りのように思われているが、そうではない。日本に於ける仏教は死者のための宗教のように思われているが、仏教は元々、死者や祖先を無視した。すべてを断ち切るのが解脱・悟りへの道だからである。しかし、中国に導入されてから、先祖を敬わないとは何事だ、ということで、ユダヤ教やキリスト教のように先祖を敬うことを始めたのである。だから、精霊流しや送り火は、仏教のものではない。

 その証拠に、京都よりも古くから送り火を行っていた所がある。それは、群馬県である。群馬県多野郡吉井町の付近は、昔は多胡(たご)群と呼ばれ、統治していたのが羊太夫(ヒツジダユウ、7~8世紀)という人であった。興味深いことに、この人の墓からキリスト教の十字架と、イエスを示す“INRI”の文字が刻まれた古銅券が発見された。これは、年代的に後のキリシタンのものではなく、秦氏の原始キリスト教である。そして、名前の“羊”は“神の子羊”である。
 また、群馬県もその名の通り、奈良時代前後から羊や馬が放牧され、遊牧民の流れを汲む者たちが居たことを表している。その羊太夫の死後、この地の人たちが彼を偲んで、送り火を毎年行ってきた。
 毎年8月16日、城山(しろやま)という山の斜面で行う。文字はその時々で異なり、「大」であったり、雨乞いを兼ねて「雨」や「天」であったりする。点火道具は仏教式に108燈が用いられるが、昔は12束の藁であった。そして、集めた柴(しば:大きくない雑木)の束に12人で点火する。
 「契約の箱アーク」はシケム→ベテル→ギルガル→シロ→エルサレムへと移されたが、「サムエル記」で扱われている紀元前1050年~紀元前920年頃には、北イスラエル王国のヤハウェの聖所はエルサレムの遥か北の「シロ」にあった。(その当時、「契約の箱」は南ユダ王国の聖所にあった。)これに因んで、「城」という言葉ができた。
 また、ヤハウェのシロ(聖所)、ということで「ヤ・シロ=社」である。12束と12人は十二支族と12人の使徒に因むことは、言うまでもない。柴については、モーゼの前に初めて主の使いが現れたのは、柴が燃え上がっている炎の中であった。そして、柴は炎で燃えているのに、柴は燃え尽きなかった。つまり“燃える柴”は、モーゼの前に初めて現れたヤハウェの姿を象徴している。

 エルサレムに神殿があった時代、ユダヤ暦7月15日の仮庵(かりいお)祭の時には、神殿の庭に巨大な灯火が設置され、高い位置に掲げられた。そこに来るヘブライの民も、篝火(かがりび)や松明(たいまつ)を持って集まった。そして、神殿自体も大きな燭台で照らされた。これらの光は、夜のエルサレムとその近郊を明々と照らし出し、その光景は遠くからも見ることができたという。人々はその灯火の下で踊った。これが盆踊りの起源である。

 このように、京都の送り火は、ユダヤの仮庵(かりいお)祭が原型であることが解る。仮庵(かりいお)祭とは、出エジプトの際、荒野で天幕に住んだことを記念し、祭りの際は仮設の家=仮庵(かりおい)を建てて住んだことに因む。
 更に、その原型は何と、シュメールにある。シュメール人は、ニビルが天空に現れると、「神々」を地上に召喚する儀式を行っていた。その儀式は日没と同時に始まり、木星、金星、水星、土星、火星、月などの星が夜空に現れる毎に「手洗いの儀式」が行われた。そして、すべての惑星が出揃ったところで聖餐が始まった。聖餐が終わると、一瞬の静寂が地を支配した。その後、大祭司が立ち上がり、讃歌を歌った。“カガブ・アン・エテル・シャアメ(大神アヌの星が天に昇る)”これを受けて、すべての祭司がその讃歌を歌った。(最後の晩餐の後、ゲッセマネで祈ったことに似ている。)

 そして、ニビルがついに姿を現すと、讃歌を歌う声は一段と高まり、篝火(かがりび)が次から次へと点火されていった。篝火は野火のように広がっていき、ついにはシュメール全土が光り輝いた。その光に呼び寄せられるように、「神々」は天から降臨してきた。神道の祭祀に於ける篝火(かがりび)には、このような意味があるのである。
 では、五山の送り火には、それぞれどのような意味があるのか。送り火は、2つの「大」と「妙法」の文字、鳥居の形、舟の形である。


・鳥居
 YHWHをヘブライ語で表すと下の図のようになる。これを、下から組み合わせると鳥居の形になる。そして、鳥居がアダム・カドモンになる理由は、左側の文字が下から両足、胴体、両腕、頭と象徴されるからである。

 この文字は炎のように燃えている。モーゼの前に初めて主の使いが現れたのは、柴(しば)が燃え上がっている炎の中であった。つまり、これはモーゼの前に初めて現れたヤハウェの姿を象徴している。そして、柴(しば)は炎で燃えているのに、柴(しば)は燃え尽きなかった。 
 また、モーゼは旗竿に「炎の蛇」を掲げ、主は「生命の樹」に至る道を守るために、エデンの東にきらめく剣の炎を置かれた。炎とは主であり、「生命の樹」そのものである。
 4つの部分は「生命の樹」の四位階を表し、それは神の戦車メルカバーでもある。メルカバーは人間・獅子・牛(ケルビム)・鷲などで表され、人間は流出世界で神の栄光を、獅子は創造世界で神の玉座を、牛(ケルビム)は形成世界で神の戦車を、鷲は活動世界で地上を表す。
 そして、鳥居の形の上から一つ巴(Y)、三つ巴(H+W)、二つ巴(W)となる。巴は“神の御心の炎”である。その基字は己、已、巳であり、いずれも蛇がとぐろを巻いた状態を表す。特に、巳は陰陽五行説では火を表すが、それはまさに「炎の蛇」である。“忌”は“蛇の御心=主の御心”であるから、神宮に於いては死ではなく、この上なく清浄な、という意味で使用する。忌竹(いみだけ)、忌火(いみび)などのように。
 鳥居、特にお稲荷さん系の鳥居は朱に塗られているものが多いが、これは「過ぎ越の祭り」で家の柱を生贄の血で赤く染めたことに由来するのと同時に、主の炎を表す。このように、燃える鳥居は主の炎、ヤハウェの炎を表す。