モーゼのエッセネ派の創立とクムラン

モーゼのエッセネ派の創立とクムラン-----------------------------------------------------------------

 ベガ星ではザイと呼ばれていた地球への転生者は、ある時はイエス・キリストとして、そしてある時はモーゼとして転生し、地球人を陽性化することに努めてきた。彼はすでに504回の人生を地球で送っている。
 モーゼとしての転生時には、背が高く、髭をたくわえた長髪の男が群集に語りかけ、人々はありがたく彼の話に耳を傾けていた。この演説は人間のために14の規律を設けたときのことである。規律の内容を分析し、大昔からベガ星で実践されている集団生活の重要性を学んでもらうためのものだった。モーゼはそこで、エッセネと呼ばれる集団を創立した。この名称は、ベガ星の言葉である<エス・ニエ>から派生したもので、その意味は地球の言葉で、<集結された力>と訳せる。この<エス・ニエ>が時を経て、<エッセネ>と言う言葉に変わった。エッセネ派の創立は、長い間中断されていた地球訪問が再開されて以来の、人間の陽性化を促すザイの試みの一つだった。ザイは気が遠くなるほどの長い間、宇宙現象に阻害されてこの銀河へ来ることができなかったのである。現代ではエッセネ派とは、紀元前2世紀から紀元1世紀にかけて存在したユダヤ教の一グループの呼称で、現代では複数の関連のある集団がまとめてエッセネ派という名で言及されていたと考えられている。

 モーゼは地球人が、一つの社会で和合して暮らせるように彼らを導きたかった。それは階級や差別のない、怠惰や金銭の存在しない平和な社会の創設だった。それはちょうど、彼らが地球に住み始めた頃の時と同じ状態に戻したかったのである。地球の兄弟たちの間に、集団労働と学習を糧(かて)とする一つの組織を復活させたかったのである。この組織を通して、地球に生きるすべての生命体を平等に守ろうと考えた。そうすればベガ星と同じように、生活において完璧な調和が達成されるはずだった。
 しかしザイであるモーゼの試みは時が経つにつれて、エゴイズムによって歪曲されてしまった。当初は、集団生活を送る陽性のグループが形成されたが、その後、正規の規律は変更され、利己的な利益追求に都合のいい内容に書き換えられてしまった。こうして少しずつ、かつて陽性だったグループは、さまざまな政治的なグループや宗教的なグループへと姿を変えてしまったのである。
 当初そのグループは中規模の村を形成し、男女の大人たちと子供たちは完璧な調和のうちに暮らしていた。彼らは集団学習や労働に励み、金銭は存在しなかった。彼らはベジタリアンで、植物や動物や人間を平等に考えていた。和合と集団学習、そして集団労働の結果、彼らは超能力と呼べる力を獲得するようになり、地球だけでなく宇宙の現象にも対処できるようになった。
 しかし、世代交代が行なわれていくうちに、エゴイズムは金銭の必要性を唱えるようになり、その考えがすべての人々に取り憑き、それが組織の陽性を歪めさせていった。そしてついにコミュニティーの生活は、軍隊生活に似た暮らしへと様変わりしてしまった。そしてそんな生活に適応できる人はいなかった。社会生活から婚姻というものが排除された結果、ベガ星人にとってもっとも神聖な生殖というものが否定されてしまったのである。
 このエッセネ派が集団生活を行なった場所は、現在はクムランと呼ばれている場所で、死海の沿岸にあるカリアの街の近くである。そこはこの惑星でも、もっとも陽性のレベルが高い場所の一つであり、そこは太古の時代に、まだ地球がリラ星の一部であった頃には、リラ星人の科学者たちがそこに研究所を構えていた。ちなみに当時その場所は、<クン・ラ>と呼ばれていた。リラ星の言葉で、<賢者の卓>という意味である。
 リラ星人であるラーは、そこでタイム・スクリーンとミニウスの活用法を開発した。こうした経緯を踏まえて、エッセネ派は<クン・ラ>に地球初の陽性コミュニティーを設立したのである。その時の人間たちはすでにエゴイズムにすっかり影響されており、リラ星人の生活様式を忘れてしまっていた。