カトリック教会の発行した免罪符


■1518年

 1517年に、ヨアヒム1世(ブランデンブルク選帝侯)の弟のアルブレヒト(マクデブルク大司教)は、マインツ大司教位も得ようと考え、ローマ教皇庁から複数司教位保持の特別許可を得るため、多額の献金を行うことにし、その献金をひねり出すため、フッガー家(財閥)の人間の入れ知恵によって、自領内でサン・ピエトロ大聖堂建設献金のためという名目での免罪符販売の独占権を獲得し、稼げるだけ稼ぐという秘策を考え出した。
 カトリック教会の発行した免罪符の販売で宣伝されていた「免罪符をお金で買えば、生きている間に犯した罪が軽減される」ということに反感を持ったマルティン・ルターは、ドイツのハイデルベルクで総会を開き、自説を熱く語り、総会後にはローマ教皇「レオ10世」であるジョヴァンニ・デ・メディチに対して、自らの意見を書面にして送付した。こうして、マルティン・ルターによる宗教改革運動が始まった。