ミタンニ王国とヒッタイト

■紀元前1600年頃

ミタンニ王国とヒッタイト--------------------------------------------------------------------------------

 神々の核戦争は紀元前2024年に起きたが、生き残ったのはイブル・ウム(アブラハム)の一族だけではなかった。マルドゥクのバビリは勿論のこと、それよりも北の地域やモヘンジョダロ・ハラッパよりも東の地域、“5つの都市がある緑に囲まれた渓谷”よりも西の地域など、人類やイギギの子孫が着実に増えていた。イブル・ウム(アブラハム)の一族はその中でも、神官であり真の王家、王の中の王、という位置付けであり、エンリルより地球統治を任された天皇である。

 イブル・ウム(アブラハム)直系以外のシュメールの一族に、フルリと呼ばれた一族がいた。シュメールの栄光の時代の最後、ウル第3王朝(BC22世紀からBC21世紀)の頃、大きな勢力を保っており、シュメールで服飾産業を管理し、人材を供給していたのである。
 しかし、核戦争後、ウルがバビロニア傘下となる前に、一部が北方へ移動し、ミタンニ王国を築いた。旧約ではホライト(ホリ人、自由な人々)と言われ、シュメールからアッカド、アナトリアまでの広い範囲を支配していた。フルリは言語学的にはシュメールだったが、アッカドの要素もあった。アッカドはイシュクルの領地だったが、仲の良かったウツとイナンナの影響も大きく見られる地域である。

 また、時を同じくして、北イランやコーカサス地方を中心とした地方からインド方面まで移動した民族があった。アーリア人(高貴な人間)である。イナンナを主神とするアーリア人はインドにヴェーダをもたらし、ヒンズー教は“人間の手によらない”神聖な経典としてヴェーダを基本とした。インドの創造神はやはりイナンナだが、ヴェーダはサンスクリット語は勿論のこと、ギリシャ語やラテン語などヨーロッパ系言語の祖先で、ギリシャ神話とヴェーダの神話は類似している。
 このアーリア人のもう一方は西方へ移動し、ヨーロッパへと辿り着いた。ギリシャへの窓口となっている場所がアナトリア高原で、彼らはそこにヒッタイト王国を築いた。ヒッタイトの主神は雷と稲妻の神テシュブ=イシュクルで、ウツとイナンナも同格だった。他にもシュメールの神々を祀っていた。エンリルは“古い神”、エンキは“昔の神”と言われ、アヌは天の王だった。ヒッタイト語には大量のシュメールの象形文字、音節、言葉が使われており、シュメール語が高度な学識の言語だった。フルリもまた、ヴェーダと同じ名前によって幾つかの神々を呼んだ。そして、文化的・宗教的にヒッタイトに大きな影響を与え、ヒッタイトの神話はフルリに由来した。
 ミタンニのフルリは特に馬の取り扱いに習熟しており、ヒッタイトとミタンニは激しく争った。後にミタンニとエジプトは政略結婚により同盟を結び、アッシリアと対抗した。アメンホテップ三世(BC1402年~BC1364年)は政略結婚の申し子である。このように、この地域は絶えず争いが絶えなかった。

 ヒッタイトのアナトリア高原は鉄鉱石の産地で、製鉄業が盛んだった。それ故、鉄の武器によって周辺地域を侵略し、後にはバビロンも攻略してカッシート王朝(BC1500年頃~BC1155年)を築いた。最も特筆すべきは、太陽崇拝があったことである。鹿や牛の像もあったが、それらは太陽崇拝に結び付けられており、太陽を引く馬の像などが残されている。天候を司る神テシュブ=イシュクルを主神とし、太陽女神をその配偶神と考えていた。

 つまりフルリはシュメールのコピーで、ヒッタイトは更にフルリのコピーである。ヒッタイトと言えば製鉄だが、製鉄はシュメール文明が発生する以前からあったアヌンナキの技術である。
 ヒッタイトでの太陽崇拝は太陽神ウツのことである。主神は嵐と天候の神イシュクルだったが、イシュクルはウツ、イナンナと兄弟のように仲が良かったので、この3人が同格とされ、イシュクルに太陽神的性質が加わった。そして、イナンナはイシュクルのことをドゥドゥ、“最愛の人”と呼んだので、イナンナが配偶神としての太陽女神と見なされた。こうして人類は、すぐに誤解をした。太陽神は日本以外の国では基本的に男神だが、ヒッタイトに太陽女神という概念があった。それはイナンナが女神・天照大神の原型ということである。
 かつて、太古ヤマトの大王家でもそうだが、神宮でも天照大神と共に豊受大神(とようけのおおみかみ)が祀られていた。極秘伝では、天照大神の荒魂(あらみたま)が豊受大神、豊受大神の荒魂(あらみたま)が天照大神というものもあった。ならば、天照大神と豊受大神は一神と見なすことができる。そうすると、豊受大神の豊穣神的性質は明らかにイナンナ由来なので、ヒッタイト起源の太陽女神イナンナの性質を付加して、女神・天照大神が創られた。
 確かにヒッタイトには、八岐大蛇退治の元となった神話があった。それは竜神イルルヤンカシュと嵐神プルリヤシュの戦いである。

 イルルヤンカシュは海の支配者とされた竜である。“嵐神プルリヤシュと竜神イルルヤンカシュが争った時、イルルヤンカシュの強大な力の前に、天候神である嵐神プルリヤシュは敗れ去った。そこで、風と大気の神である女神イナラシュに助力を求めた。
 女神は盛大な酒宴を開き、イルルヤンカシュを招き、イルルヤンカシュを泥酔状態にした。女神は人間の中から選ばれたフパシヤシュという男に、泥酔して動けなくなったイルルヤンカシュを縛ることを依頼した。フパシヤシュは女神と一夜を共にすることを条件に、イルルヤンカシュを縛り上げた。その後、嵐神プルリヤシュにより、イルルヤンカシュは殺された。(この後、フパシヤシュは女神の家に軟禁され、最終的には女神によって殺された。)

 ”嵐神プルリヤシュはイシュクル、風と大気の神である女神イナラシュはイナンナである。ここでは、イナンナに“風と大気”というエンリルの性質が付与されている。また、“女神と一夜を共にする”ということで、イナンナの“聖婚”が暗示されている。この地域はマルドゥクが自らの正統性を流布し始めた地域なので、イルルヤンカシュはマルドゥクのことである。つまり、邪悪な竜マルドゥクである。
 八岐大蛇の逸話ではスサノオが大蛇を切ったことになっているが、この話ではイナンナが策を練り、イシュクルが切っている。八岐大蛇を切った十握剣(とつかのつるぎ)は尾を切った時に刃が欠けてしまい、そこから草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)が出てきたので、当時の武器から考えれば、十握剣(とつかのつるぎ)は青銅剣、草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)は鉄剣ということで、ヒッタイトの製鉄技術を暗示している。そして、スサノオは牛頭天王(ごずてんのう)で、その原型はシヴァ神でイナンナなので、八岐大蛇退治の逸話はこの神話が元になっている。イナンナを中心に見れば、何の矛盾も無い。

 スサノオは八岐大蛇退治の際、クシナダヒメを神聖な櫛(くし)の姿に変えて自分の髪に刺した。シヴァ神は髪に聖なるガンジスの女神ガンガーを閉じ込めた。インダスの主三神ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの中で、インダス文明の創造神イナンナの姿が最も投影されているのがシヴァである。
 インダスはいろいろな神が登場して、しかも化身などあり、手が何本もあったりしてややこしいが、それも、第3の地域をイナンナが疎かにして、文明が花開かなかったためである。