マントラ

マントラ------------------------------------------------------------------------------------------------------

 サーンキヤ哲学に依ると、世界の創造はプラクリティの動揺(振動)から始まる。プラクリティが振動して均衡を崩すと、その波紋は宇宙へ浸透し、能動的な現象世界が始まる。プラクリティの振動を音によって表現したものをマントラと言う。
 マントラは聖なる音声で、宇宙の根源的な力であるシャクティが宿っている。シャクティは女性原理に基づいているため、神妃を崇拝する呪文として説明されることもある。マントラの中のマントラ、聖なる音“オウム”は宇宙の根源的な音であり、この音から、絶対神をはじめとする森羅万象が生じたという。これをアルファベットで記すと"AUM"であり、阿吽(あ・ん、アーメン、アルファとオメガ、大神アヌ)に相当するが、実在の本質“サット・チット・アナンダ”が隠されている。これは、それぞれ“真の実在・純粋意識・無上の歓喜”という意味で、瞑想に於ける究極の目的とされる。それ故、"AUM"はトリムルティを表しているとも考えられている。

A:ブラフマー、U:ヴィシュヌ、M:シヴァ。

 つまり、"AUM"とは音で表現された「生命の樹」で、宇宙の創造・維持・破壊を表す究極のマントラ(真言)である。神々にはそれぞれマントラがあり、シヴァのマントラはフリーム、カーリーはクリームなどと言う。特に、チベット密教に於ける神々は“オウム・○○”となっているものが多い。例えば、阿弥陀如来はオウム・アミタプラバ・スヴァーハー、観自在菩薩はオウム・サマンタブッダーナーム・サハである。ちなみに釈迦は、サルヴァクレーシャニシューダナ・サルヴァダルマヴァシィタープラターパガガナサマーサマ・スヴァーハーで、“オウム”は含まれない。チベット密教はサンスクリット語だが、サンスクリット語の呪文そのものがマントラである。その音(おん)を漢字で音写したのがお経であり、代表的なものが般若心経(はんにゃしんぎょう)である。

 仏教に於ける最も重要なマントラは“オウム・マニ・パドメ・フウム”で、“全知全能の神、宝石が蓮華の中にあり=「生命の樹」の中に真理あり”という意味である。
 マントラで重要なのは意味ではなく音声と見なされているため、お経などは意味を知られずに唱えられている。解らなくても唱えることに意義がある、というのは、そういうことである。

 マントラは音という最も単純明快な波動なので、創造のエネルギーとも共鳴する。単に言葉の意味だけなら、他の言葉に置き換えても良い。しかし、マントラはその1つ1つの言葉に意味があるのは勿論、唱えた時の音が最も重要である。よって考えに考え抜かれて創られている。
 日本の仏教では、どんな宗派であろうと大抵、般若心経を唱える。神道大祓(おおはらえ)全集の最後にも掲載されている。つまり神道が仏教と習合できたのは本質に於いて同じで、仏教の神髄は隠された教え、密教にある。ユダヤ教の隠された教えがユダヤ神秘主義カバラにあるのと同じである。その密教を大切に護持してきたのがチベットだが、それを支那(中国)経由で日本に持ってきたのが空海である。よって空海が開いた高野山の真言密教こそ、仏教の神髄と言える。

 その真言密教で最も重要なのは般若心経で、仏像では十一面観音となる。十一は「生命の樹」の隠されたセフィラ「ダアト」も含めたセフィロトの数である。十一面観音は木像なので「生命の樹」の奥義そのものである。その隠された知恵ダアトは、十一面観音の裏にある笑った顔である。その観音像に水を掛ければ、「生命の樹」に「生命の水」を掛けることになる。それは東大寺のお水取りである。僧侶がお香水という聖水を取り、十一面観音に懺悔するということは、「生命の樹」に「生命の水」を掛けることで、イナンナの“復活”の場面が起源である。

 そのお香水は若狭(わかさ)の遠敷(おにゅう)川から送られてきているとされるが、“にゅう”は“丹生(にゅう)”で不老不死の妙薬とされた硫化水銀を暗示する。これは水銀朱(すいぎんしゅ)とも言われ、神社の鳥居などの赤い色は元々はこの色だが、不死鳥フェニックスをも暗示する。そして、“若狭”は“永遠の若さ”をも連想させる。