エルサレムのエジビ家のタブレット

エルサレムのエジビ家のタブレット---------------------------------------------------------------------

 イスラエル博物館が保持しているエジビ家のタブレットより、借金の返済についての記録である。バビロンでは約2000ものエジビ家の記録が記されたタブレットが発見されている。最も大きな記録は紀元前606〜前486年に記されたものである。今日、そのタブレットは世界中の博物館で展示されている。その多くがロンドンの大英博物館とベルリンの博物館(Vorderasiatisches Museum)である。エルサレムのイスラエル博物館はエジビ家のタブレットの一つを保持している。

「銀」
 エジビ家の子孫でイッチ・マルドゥク・バラツの息子のマルドゥク・ナシル・アプリより、サング・グラの子孫でニクブの息子ベル・イディンと彼の妻のナプタヤと娘のハッダヤに銀を貸す。マルドゥク・ナシル・アプリは10シェケルをベル・イディンの妻ナプタヤより受け取る。そしてそれぞれが(コピーした)証書を受け取った。
「承認」
ネルガル・ウサリム、ムセジブ・マルドゥクの息子、ナッパ・フ・イバヤの子孫、エア・ルムル、イスパル・ナブ・ウバリトの子孫、イディン・ナブの息子。
「筆記」
グザヌ、ナブ・バラッス・イクビの息子、サング・サマスの子孫。
(場所と日付)

 この文書は銀10シェケル(古代メソポタミアの通貨)を記録した受取書であり、エジビ家とベル・イディンの妻ナプタヤの、紀元前515年1月18日のバビロンでの記録である。この銀は未払い借金の一部で、ベル・イディンはエジビ家に支払わなければならなかった。やがて夫ベル・イディンは亡くなり、妻ナプタヤは彼の借金を返済しなければならなくなった。
 この時、受取書は2枚発行され、1枚は借りた側に支払いの証拠として渡され、もう一枚は貸した側が筆記上の理由で保持した。この文書が記されたタブレットは、貸した側が保管していたものである。