バビロンでニムロド(マルドゥク)は、最初の大都市を建設した

■紀元前605年頃
 
 バビロンでニムロド(マルドゥク)は、最初の大都市を建設した。彼は塔や橋や様々な建物を建設する人物としても有名であった。中でも最も有名なものは、彼が巨大な塔を立てさせたことである。中でもこの塔は占星術の神々、特に太陽神に捧げられたものだった。それは宇宙の創造主である神への反逆であった。
 
 バビロンには美しいアヌンナキがいた。その女性は金髪で青い目をしていて、王国中の人々を魅了した。最初の血の生贄と魔術の儀式を始めたのは彼女であった。ニムロド(マルドゥク)の死後、自らを女神としたセミラミス(イナンナ)は、ニムロド(マルドゥク)と同じように、彼女を拝むよう民衆を仕向けた。彼女を失脚させようと企む者から自分を守るために、彼女は宗教をおこした。彼女は全女性の母、また聖母崇拝の元祖となった。セミラミス(イナンナ)の時代以降、世界中に様々な神話や伝説が引き継がれ、彼女は様々な名で崇拝されてきた。
 セミラミス(イナンナ)には麗しい息子がいた。不倫の子であった。それがすべての淫(みだ)らな性的関係の元祖となり、セミラミス(イナンナ)は太陽神となったニムロド(マルドゥク)のパワーが体に入り、彼女は処女のまま身ごもったのだと民衆に説いた。これはニムロド(マルドゥク)の生まれ変わりに違いないと思った人々は、その子供を拝んだ。
 その子が青年になった頃、彼は野生のイノシシに殺されてしまった。以来イノシシは神々の破壊者の象徴となった。こうして民衆は失われた救世主のために、嘆き悲しんだ。
 セミラミス(イナンナ)はその救世主と太陽を拝むように民衆に教えた。彼女の子供は三日の内に甦って、天に昇ったのだと主張した。確かに古代バビロンの天体の神々は、元々彼らの他界した王や英雄達の霊魂であると考えられていた。そこからこの地に占星術なるものが生まれた。星が祭祀等の信仰の対象となった。彼らは天の動きを観察•研究した。彼らは地上で起こった様々な事件にあわせて星座を作成し、こうして自分達はこれら天の支配者達が地上の生活に及ぼす影響を占い事ができると考えた。選出された祭祀だけが秘密の知識を持つ事ができると考えられた。しかし星や太陽や月を拝んでいながら、実際には死者の霊魂を拝んでいた。つまりバビロンの宗教は死人崇拝であった。
 太陽は最高位の神であった。天空での太陽の動きは注意深く研究された。太陽がある一定の道を辿るのを彼らは発見し、 その道を黄道帯(こうどうたい : ZODIAC)と呼んだ。

 昼間の太陽を良い神とし、夜の闇を悪い神と考えた。天地にまつわる様々な神の話が、たくさんの神話と多くの奇妙な生き物を生み出した。
 6という数字が、人間が生まれたか、あるいは創造された日を表し、蛇が作られた日と考えられていた。こうして6は男と女と蛇を象徴する数字となった。
 昼間、黄道帯を通過する太陽に6つの宮(きゅう)が与えられ、夜にもまた6つの宮が与えられた。各宮の中で太陽は3つの部屋を通過した。これが黄道帯の中で36部屋を構成し、古代人は太陽が与える36の啓示と考えた。黄道帯には36の神々がおり、それぞれがそれぞれの部屋に住み、天空の36星座を支配していたと考えた。1から36までの数字を足していくと、その合計は666という隠された神秘の神を表す数字になる。これらの迷信的な神秘主義者達は666という数字を太陽に捧げた。蛇のパワーが太陽に潜み、自然の中のこの力を彼らは拝み、7つの頭を持つ竜とした。それぞれの頭は惑星の神々である太陽、月、火星、水星、木星、金星、土星を表していた。このエネルギーは太陽から流れ出て、ありとあらゆる自然を潤していると考えられ、魔術に通じているものたちは、精神の修行と呪(まじな)い、そして魔法の数字によって、これらの力を操る事ができると考えられていた。

 バベルの塔において、神アヌンナキがこの制度や言葉を乱す事によって破壊を行った時、異なる言語を話す祭祀達が民衆と共に世界中に散って行った。この離散の結果、各時代に渡り、世界中至る所でバビロンの神秘宗教が祭祀等によって教えられることとなった。この古代の占星術と太陽の捧げられた宗教の生き残りが、世界のあちらこちらで巨大な塔やピラミッドに見られる。

 メソポタミアへやってきた遊牧民達は、肥沃な地に定着するようになった。紀元前7世紀の中頃にはアッシリアは充分な雨に恵まれる年が続いたので、ライオンは何処にでもいるという状態であった。アッシュールバニパルの記録によれば、民が住んでいる近くの丘でライオンが吠え、動物たちは震えていた。ライオンは家畜を襲い、人の血を撒き散らしていた。人や家畜、羊の死体が積み重なって、あたかも疫病が蔓延したようであった。羊飼いや牧夫はライオンのすることを嘆き、村は日夜悲嘆にくれていた。その猛獣達を草原から一掃することが必要であった。その仕事を引き受けたのが、ニムロド(マルドゥク)という人物で、彼は世の権力者となっていた。ニムロド(マルドゥク)は素手で牡牛(おうし)やライオンを殺した。巨人達の時代であってもこれは離れ業であり、これらの偉業は彼の権威と支配権の象徴となった。メソポタミアの円筒印章の中には、ニムロド(マルドゥク)の偉業と狩猟の腕前を誇示しているものもある。
 実際は森や原野で実際の狩りをするより、ライオンを捕らえておいて狩り場(アリーナ)に運んでライオン狩をする方が便利であった。ライオン狩と言ってもライオンだけではなく鹿やガゼル、馬なども狩猟の対象となっていた。

 彼はまた民族の神ともなり、強制的に自らを拝ませた。彼は自らの支配権の象徴としてライオンのマントを身に着けていた。また最初の冠として牡牛の角を頭にかぶった。やがてシナルというバビロンの地域は様々な小国に分離し、それぞれに王が君臨するようになった。これらの王達はライオンを殺すという伝統を維持した。

 ニムロド(マルドゥク)の後、数世紀にわたりバビロンは様々な王の支配下にあった。ところがキリストが生まれる600年ほど前に、バビロン人達は立ち上がってアッシリアの支配者達を倒したのであった。今やバビロンは他の国々を支配するようになった。 ネブカドネザル2世(在位紀元前605年 - 紀元前562年)とその父親が他の国々を次々と制覇していった。他国の王達を捕らえて宦官(かんがん:去勢された召使い)にした。王子達もネブカドネザル2世の召使いにされた。彼はまたバビロンにおいてジグラットという巨大な神殿を完成させた。
 ジグラットの黒い基礎部分は、土星サトルヌスを象徴していた。その上が木星ジュピター 、その上が火星マルス、その上が太陽、その上が金星ヴィーナス、その上が水星マーキュリー、そして月と続いた。このようにジグラットは黄道帯を通過する7つの占星術の神々を表していた。

 バビロンの様々な場所には金メッキが施され、黄金の都として知られていた。都の通りでは太陽の祭り、すなわち古代バビロンから伝えられたカルト(異端的宗教)が再び崇められ、ニムロド(マルドゥク)とセミラミス(イナンナ)は別の名で崇められていた。セミラミス(イナンナ)はイシュタールと呼ばれるようになり、牧羊の神のアヌンナキはタンムズと呼ばれるようになった。バビロンに通じる主要な入口はイシュタル門と呼ばれ、月の女神に捧げられていた。それは女性を象徴する青色をしていた。門には神々のシンボルが置かれていた。バビロンから約5000もの神々が生まれ、祭祀達が民を迷信で雁字搦(がんじがら)めにするために用いられた。

 イシュタル門には、天皇家と同じ菊花紋がある。これはイナンナの十六花弁ロゼッタである。バビロンではイシュタル門をくぐって宮殿に入る。道路には「花模様と獅子」が彫刻され、門には牡牛とムシュフシュが浮き彫りされている。日本の神社の門に据えられている二頭の狛犬(こまいぬ)は、獅子と一角獣(牛)である。獅子はユダ族を、牛はエフライム族を表すシンボルである。バビロンとは神の門を意味し、これが中国では天安門となり、日本では神門(しんもん)や鳥居となる。天安門は「天神アヌの門」を意味している。

 宮殿とその周囲には体の一部が牡牛(おうし)、鷲(わし)、 人間、ライオンでできている人面有翼牡牛像の巨大な守り神が置かれていた。この神は太陽を表している。

 バビロンの神の中で最も崇められた神の一つにシュロの木があり、生命の生まれ変わりを象徴していた。この木は生命の樹を表している。