バビロンの大祭祀ポンティス•マキムスという王様

■紀元前550年頃

 バビロンの666の神は、マルドゥクという名の像としても表されていた。マルドゥクの像を川に流している下記の画像の祭祀達は、バビロニアの宗教で最高位にある大祭祀を育てている。その大祭祀がポンティス•マキムスという王様であった。彼は神として国を治め、当時の世界を治めた。彼の言葉が法律となった。彼の数字もまた666であった。

 大祭祀ポンティス•マキムスの直属に、バビロンの神秘主義の祭祀や魔術師等がいた。こういった人々がすべての教育機関と経済、そして経営を牛耳っていた。彼らが当時世界中の師として君臨していた。民衆は彼らをあたかも神々のように崇めていた。巨大な城壁の砦を築き、事実上、国際的な連結を高めていた自分達がその権力を失うことになろうとは、全く考えられないことであった。
 ところが東方の山間部で、ペルシャの軍隊が破竹の勢いで強力になっていた。彼らにもまたメソポタミアの古代宗教に源をおく独自の祭祀制度があり、神々がいた。ペルシャの兵士達がバビロンの門の下を流れる川から侵入した時、都の門が開けっ放しになっていた。こうしてバビロンの都は一夜にして敵の手に落ちてしまった。
 ペルシャ人もバビロン人と非常によく似た神々を持ち込んできた。だいたいこの頃までにヘブルの宗教は全世界に広がっていた。ゾロアスターという男が、ヘブルの預言者に対抗するため、ある宗教を考え出した。彼は光と闇の間の神を作り上げた。人々はその神を日曜日に拝んだ。世界中の至る所で神々が作り上げられ、同じような形態の宗教が繁栄した。自然の神、作物の神、川の神、繁殖の神が次々と作られた。これらすべての神々はその裏に寓話(ぐうわ)的秘密の意味を持っていて、それを知っていたのはイニシエーションを受けた者達だけであった。
 エジプトにおけるこれらの秘密の教えは数々の異なるカルト(異端的宗教)の影響を受けた。ホルスのカルト、イシスのカルト、ヘルメスのカルトといったのがそれである。ヘルメスはすべてのカルトのうちで、最も知られるものとなった。ヘルメス(ニンギシュジッダ)は一時人間であったと考えられていた。心理の知識を探求し、彼は天空を治める大いなる竜から教えを受けたと言われていた。ヘルメス(ニンギシュジッダ)は42冊にも及ぶ神秘主義の書物を表し、それらはヘルメテッティクミステリーと呼ばれた。これらの書物はエジプトのアレキサンドリアにあった大図書館に保管されていた。プラトンやソクラテス、ピラゴラスといった偉大な哲学者達は近代教育体制の生みの親となったが、彼らはヘルメスの神秘へのイニシエーションを受けていた。

 バビロンの魔術師や祭祀達は自分達の支配力が挫(くじ)かれたことを悟り、その権力を再び取り戻すため自ら運動を起こそうと決めた。彼らはバビロンを逃れ、神聖な像も一緒に持ち出した。彼らは小アジア(アナトリア:現トルコ)の新しく急成長を遂げた帝国へ行った。