イエスの誕生

■紀元前12年頃

イエスの誕生-------------------------------------------------------------------------------------------------

 十支族が中東から消え、バビロニア帝国が崩壊し、ペルシャ、シリアの支配を受けた後、古代ローマ帝国領となっていた時代のこと。神々アヌンナキは滅多に姿を現すこと無く、人心は腐敗し、エルサレムの神殿では男娼や神殿売春、金貸しが横行していた。ちょうどその頃、長楕円軌道を運行するニビルが、地球に接近していた。それにより太陽と地球の波動が乱れ、人々の心に大きな影響を及ぼしていたのである。この時の接近は、大洪水を引き起こすほどのものではないと予測計算されていたが、かなりの影響があることは確かだった。

 これに備えさせたのは、大洪水の時と同様、エンキである。アダパとティティの誕生は、エンキが直接地球人の女性と交わった。また、大洪水前には、エンキが地球人女性と交わってジウスドラが生まれ、彼が新たな人類の祖となった。つまり、人類にとって最も重要な局面に関わる人物は、エンキが地球人女性と直接交わることよって誕生したので、それと同様な方法が採られたのである。今回、太陽神ウツと地球人女性の間に生まれた女性マリアとエンキは交わった。

 ある時、沐浴していたマリアに近付いたエンキはマリアを誘った。神に仕える高位の神官として。言葉巧みなエンキにマリアは惹かれ、エンキは彼女の腰を抱き寄せ、子宮に精液を注いだ。
 エンキは高官のイシムドに命じ、マリアの様子を伺わせた。懐妊したことが解ると、エンキに報告した。それを知ったエンキはマリアの家に行き、ヨセフのいない時を見計らって、壁越しに伝えた。
「私は大天使ガブリエルである。お前はヨセフの子ではなく、神の子を身籠った。しかし、お前はその子をヨセフの子として育てるのだ!生まれた子には、インマヌエルと名付けよ!“神は我らと共に”という意味である。今後、如何なる困難があろうと、必ず神がお護りするだろう」

 マリアがこの状況をヨセフに伝えると、ヨセフは一旦激怒したものの、神の意志には逆らえないので、2人で神の子を育てることとした。
 しばらくして男児が誕生した。その時、天空にニビルが輝き、後にベツレヘムの星と言われた。エンキ、ウツ、イナンナが祝福し、その祝いの品物(黄金、乳香、没薬)を3人の使者がマリアの下へ届けた。


 歴史は繰り返し、ここでも、“起こったことは、また発生した”のである。よって、本来の教えが曲解され、神殿がカネや性的退廃で腐敗され、それが最高点に達した時、またもやエンキが地球人女性と交わって、危機を打開する人物を生み出した。それが、イエスである。故に、“父なる神”はエンキである。確かに、ジウスドラ以来、エンキは姿を見せなかったので、御父の姿は見えないというカバラの説も納得できる。イエスの霊体がヤハウェで、受肉した存在がイエスなどではない。
 また、イエスは自らを“人の子”と言っており、父については“父なる神”と言っている。確かに、父がエンキならば、エンキは“父なる神”である。では、母親も神々の誰かだとすると“神の子”となり、“人の子”にはならない。よって、マリアは明らかに地球人女性である。
 エンキが父親なら、エンキの息子マルドゥクはアバエルに牧羊を教え、初物の祝祭の際、エンキはアバエルの育てた子羊を両手に掲げ、マルドゥクとアバエルを祝福した。それに、マルドゥクの腹違いの弟ドゥムジは、ニビルから羊を持ち帰って来た。だから、イエスは“神の子羊”なのである。
 そして、イエスは復活後40日で昇天した。40はエンキを象徴する数字なので、エンキが直接関わっていることを暗示する。

 マリアの処女懐胎について、マタイ福音書では“胎の子は聖霊によって宿った”とあり、ルカ福音書では“聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる”とある。聖霊や天使というのも、アヌンナキを象徴したものである。
 そうすると、マリアの子はアヌンナキによって宿ったので、エンキがマリアと直接交わることにより、イエスが宿ったことを象徴していることになる。ル・マクの妻バタナシュがエンキによってジウスドラを身籠ったように。バタナシュはル・マクに真相は告げなかったが、マリアの場合、“聖霊によるお告げ”の形式を採っている。つまり、マリアはヨセフと交わらずしてイエスを懐胎したのだから、処女懐胎という概念も納得できる。俗説で言われているような、体外受精でイエスが誕生したことは明らかな間違いである。その聖霊は大天使ガブリエルである、というのが通説となっている。

 ルカ福音書では洗礼者ヨハネの誕生を予告し、イエスが誕生した時に羊飼いに知らせたのもガブリエルで、マタイ福音書ではヘロデが嬰児(えいじ)殺害を命じた時、ヨセフに警告してエジプトに逃避させたのもガブリエルなので、ガブリエルは言わば“お告げの天使”である。ガブリエルは智天使(ちてんし)の長、第一天の支配者、月の天使、水瓶座の天使などの肩書きを持つ。智の根源はエンキなので、エンキは智天使の長で、エンキは“地球の主”なので第一天の支配者と見なすことができる。そして、エンキは月の不思議に魅せられ、マルドゥクと共に月に滞在して動きを観測したから、月の天使と見なすことができる。それに、水の神エアでもあり、水を吹き出している水瓶と共にある姿が描かれているので、水瓶座の天使と見なすことができる。つまり、ガブリエルはエンキの象徴ということである。

 イエスの母マリアがウツの子だということについてまずは名前だが、マリ、マリアというのはイナンナの象徴だった。聖書の語源“ビュブロス”の話で述べた。もう1つは血統である。イエスは人類の贖罪(しょくざい)を背負って十字架に掛けられたので、言わば人類にとっての光。光の要素は太陽神由来で、この場合は中南米ではなく中東なので、光り輝く蛇のニンギシュジッダではなく、太陽神ウツの要素である。ウツと地球人女性との間にできた子メシュキアガシェルはウヌグ・キで最初の王となり、以下、エンメルカル→バンダ→ギルガメッシュと王位が続いた。つまり、ウツの血統はエンキ以外の王の血統であり、エンキが直接交わる地球人女性として適している。ウツの血統も王の血統だった。

 他に手掛かりとなるのは、十二支族の祖ユダである。旧約では、ヘブライの王はユダの末裔であると言われている。“ユダは獅子の子。彼は雄獅子のようにうずくまり、雌獅子のように身を伏せる。王笏(おうしゃく)はユダから離れず、統治の杖は足の間から離れない。”
 ウツは、シュメールの楔形文字で "UD"と書ける。これは“輝く”とか“白い”という意味だが、“ユダ”とも読める。つまり、ユダ族の王イエスは太陽神ウツが大きく関わっていることを暗示する。
 そして、ウツはのこぎりを持って山を切り開く神としても描写されている。のこぎりは大工道具なので、それがヨセフを大工にすることによって反映されている。
 また、ユダは獅子に関わるが、イナンナは獅子を従えているので、ここでもイエスにイナンナが投影されている。イナンナとウツは双子なので、象徴的に同一と見なせる。

 イエスは慈悲の存在だが、偶像崇拝は徹底的に禁止し、正義=律法を守らせた。カバラではヤハウェ=イエスで、ヤハウェが律法を遵守させた。シッパールから正義の法を人類に授けて遵守させたのはウツなので、ここにもウツの象徴が色濃くイエスに投影されている。そして、聖書で最も重要な聖地は神殿があったエルサレムなので、ウツはシッパール、“天の二輪戦車の場所”と“地球の臍(へそ)”で“宇宙飛行管制センター”のエルサレム司令官だったので、ウツは聖地エルサレムを直接象徴できる神である。
 更に、いと高き神の祭司であったサレム=エルサレムの王メルキゼデクは、パンとワインを持って来てアブラムを祝福したが、彼は太陽神ウツ自身あるいはウツが任命した王で、“パンとワインによる祝福”がイエスの象徴そのものになっている。様々な所に、カバラの鍵が隠されていた。

 さらにイナンナはウツと双子で、両者の法的血縁関係は二親等だが、象徴的には同一である。しかし、二卵性の双子なので完全に同一というわけではなく、同一よりは血縁が薄く、普通の兄弟よりは血縁が濃いと見なせ、一親等的扱いが可能である。そうすると、ウツに娘がいたとした場合、その娘はウツから見て一親等なので、血縁的にウツから見たイナンナとほぼ同じ扱いができるということである。そういった様々な面から、イナンナが原型の“マリア”という名前にすることで、ウツの娘であることを暗示している。
 イエスは、エンキ系とエンリル系の統一の証でもあるので、イエスは光と平和の象徴である。2つの言葉、インマヌ(Immanu:我らと共にいる)とエル(El:神)を組み合わせた名前である。この統一は本来、イナンナとドゥムジで果たされるはずだった。それを、マルドゥクが邪魔をし、よってエンキはマルドゥクのしでかした人類への罪滅ぼしとして、また神々が核戦争を引き起こした罪滅ぼしとして、もう1人の息子イエスに犠牲となってもらった。深いカルマである。
 イエス誕生の時には天空に輝くほどベツレヘムの星(ニビル)が接近し、エンキが遣わした使者が東方の三博士とされた。

 つまりイエス・キリストは存在したが、一般的に伝わっている話は、部分的に創作されたもの、もしくは改竄(かいざん)されたものである。




Hiloyuki Kubota/久保田 啓敬