神道の根源に関わる部分は、フェニキアの影響が極めて大きい

ここまでと、これからの流れ-----------------------------------------------------------------------------

 このように、今まで日本に於いてユダヤ教由来だと見なされていたことが、かなりの部分、フェニキア由来だということが解った。特に、神道の根源に関わる部分は、フェニキアの影響が極めて大きい。言い換えれば、それはシュメールである。

 ここまでの流れをまとめると、まず核戦争後に生き残ったシュメールの一族は、一方はウル(ウリム)から“フルリ人、フル人”が進出してミタンニとヒッタイトを建国し、一方の王家で神官の家系のイブル・ウム(アブラハム)の一族は“海の民”となって、ヒッタイトから侵入した“海の民”と共にフェニキアで合流した。そして、著しく発展し、“小さなシュメール”という意味の北イスラエル王国ショムロン(サマリア)をカナンの地に建国した。
 そこにはニブル・キ(シュメールのニップル)出身でウリムの王の血も引く神官で王族の末裔、イブル・ウム(アブラハム)の一族が居たので、その末裔が後のサマリアの大王家エフライム族となり、そこから分家した一族はいわゆるユダヤの十二支族だが、北と南は元々仲が悪く、盗賊の首領、ダビデが何とか取り持って統一王国ができたものの、息子のソロモンの時代には崩れ去った。そのサマリアでの主神はイナンナ、ウツ、そして主エンキであった。そこに、イナンナ、ウツと兄弟のように仲の良かったイシュクルも加わる。更に、天才科学者ニンギシュジッダがカバラを考案して様々なヒントを残した。

 そして、神々との通信装置でもある“主との契約”を表す契約の箱、神々の依り代で王権の象徴でもあるアロンの杖、ニビルと豊穣を象徴する黄金のマナの壺が三種の神器として、いわゆるヘブライの民に授けられた。

 後に、アッシリアやバビロンに因る侵攻で十支族が散った時、アロンの杖は大王家のエフライム族が、マナの壺は神の数字をシンボルとするイスラエルの7番目の息子の系統ガド族が継承したが、契約の箱は南ユダ王国に置かれた。契約は正義と律法のウツのシンボルでもあり、エルサレムはウツが管轄していたからである。
 その後、エフライム族はフェニキア人の大船団と共に日本の地へと渡来した。特に、フェニキア人は地中海沿岸を占拠していたので、エジプトとの関係は極めて深く、エジプト人の渡来かと間違えしまうこともある。


 また、沖縄の与那国島の崖からはクサビ型文字が発見されており、アメリカの言語学者J.ホータックがフェニキア文字と断定した。

 海底ピラミッドがある北谷(ちゃたん)周辺には、地中海のフェニキアとのつながりを示す石板が十数枚発見されている。