カトリックに見る異教の礼拝形態

カトリックに見る異教の礼拝形態------------------------------------------------------------------------

 同様の礼拝形態は、ペルシャの神ミトラ崇拝にも見られた。それがかつてローマの国教でもあった。

 ローマの修行僧らは、聖餅(せいへい:聖餐"せいさん"のパン)を取って食べた。彼らはイニシエーションと儀式に於いて、以前からあった異教の聖餐を真似た。その食事には神が招かれ、その聖体が兵士らに配られた。おそらくミトラ崇拝は、今日のローマ・カトリック教に最も近いものと言える。驚くべきことに、ヨーロッパの大寺院の地下には、異教の寺院の遺跡があり、そこに於いて初期のクリスチャンたちは、司祭や指導者らの勧めで、礼拝していたのであった。

 聖ペテロ寺院(サン・ピエトロ大聖堂)には、ミサで使われている壮大な燭台(しょくだい)がいくつも見られる。蝋燭(ろうそく)立てを一本一本注意深く見ると、それぞれそこには顔が描かれている。その顔はミサで祀られている神を表わしていると推測することが出来る。ところがこれらの顔をよく見ると、人と山羊の交ざり合った生き物であることが分かる。それはまさしくサタンのシンボルなのである。ミサに参加する人々の多くはそのことを知らない。彼らは何千年もの昔から行われていたサタンを祀る儀式を引き継いだにすぎない。

 サンフランシスコにある聖マリヤ教会には、聖体顕示台に聖餅が展示されていて、扉の傍には六つのパンが置かれている。葡萄(ぶどう)は酒の神バッカスの血と考えられていて、それを飲んで酔った者は神の霊を宿したと考えられた。これは神秘宗教の重要なイニシエーションのひとつで、今日ローマ・カトリック教会でも、実際に神の血を飲む儀式として、重要な役割を果たしている。

 昔、異教偶像崇拝に於いて、蛇のシンボルはバビロンからパレスチナ、ペルシャに至るまで、太陽を拝む者のシンボルであった。後に蛇は神のシンボルとなった。
 アジアに於いては、自然のエネルギーを象徴していた。インドでは神の様々な局面を表わし、エジプトでは混沌をあわらし、生命はその混沌から生まれたと考えた。それは聖なる蛇、ウリヤを表わした。ネフェルティティの帽子に聖なる蛇ウリヤが見られる。翼を持ったケルビムがファラオを守り、ツタンカーメンの傍には翼を持った二匹の蛇がいた。それは魂の門、または死後の霊そのものを表わした。それはすなわち、太陽の霊の象徴であった。墓の上にある蛇の放線状の身体は魂の生まれ変わりを表わした。

 エジプト北部にあるハトシェプスト女王葬祭殿(古代エジプト第18王朝の第5代女王1495‐1475BC)にも、礼拝堂に至るまで、身体をねじられた翼を持つ蛇があり、神と交わる為の媒介とされていた。

 中米のメキシコや南米では、蛇がケツァルコアトル、またはククルカンという名で原住民によって拝まれ、どちらも太陽を表わす翼を持った蛇であった。チェチェンイッツアでは、大寺院に頂上まで続く階段があり、その入り口には翼を持つ二匹の蛇が置かれていた。

 ギリシャに於いて、蛇の神はアスクレーピオスと呼ばれた。アスクレーピオスには、癒しの力があると考えられ、ギリシャ帝国中で拝まれた。アポロ神も戦争と知恵の女神アテナでさえ、蛇と同等にされていた。ローマに於いて蛇は癒しと死後の魂を天に運ぶ霊力のシンボルとなった。スカンジナビアでは蛇のシンボルが全ての中心であった。船は蛇や龍の形に造られ、人々が礼拝した国教会には、いたる所に蛇の彫刻があった。

 この国教会には蛇の形をした格子作りがあり、両側には大きな翼が広がっていた。礼拝堂に入るにはその扉を通らなければならない。チャイナタウンには、仕事場に入るのに、蛇のハンドルを掴まねばならない。またタイでは寺の入り口の傍に、巨大な蛇が置かれている場所が、数多く見られる。この寺院には大きな羽のある龍の鷲や、翼のある龍のライオンや、龍の山羊のハンドル、極めつけは龍そのものの形をしたものもある。扉を開けるにはまず、これらのハンドルを押さなくてはならない。

 ところが奥殿から戻る時に、これは異教の寺ではなく、サンフランシスコにある聖マリヤ大聖堂であることに気付かれる。中庭には六つの十字模様が三列に置かれている。礼拝堂の祭壇に登る階段は六段である。何故これら異教のシンボルが未だに教会で用いられているのか。教会にこれらのシンボルを用いて来た為、他になす術を知らないのである。

 蛇は長年の間教会に於いても見られた。墓や床の上に、あるいは、ウエストミンスター大聖堂では、イエスの頭の上に置かれている。一か所で最も多くの龍の形をした蛇が見られたのは、バチカンであった。ここでは龍が墓の上から、床から、また数々の芸術品の中から人々を見つめている。天蓋(てんがい)でさえ、蛇の形をした古代の柱を模倣したものである。これらの巨大な螺旋状の柱は、杖に巻きついた蛇を表わしていた。蛇は善と悪と両方のエネルギーを象徴していた。そしてここでは二匹の蛇が宇宙の卵を持っている。その卵はベルニーニの天蓋にも見られる。異教に於いてロープは蛇の象徴として用いられ、それは法王の冠にも見られる。バチカンにあるベルニーニの大広間では、教会が巨大な金の龍によって象徴されている。

 聖ペテロ寺院の床下には、自らを「6」と称した法王の冠があり、それには六匹の蛇が見られる。

 稲妻は蛇のパワーのシンボルであった。古代の神々は稲妻を起こすことが出来ると考えられていた。古代ギルガメシュまでさかのぼると、この稲妻がメソポタミアのこれら異教の神々の手の中にあった。祭司も王もこれら神通力のある杖を持ち歩いた。大英博物館にあるこのシリア王は、雷の轟きと稲妻を表わすシンボルを手に持っている。オシリスは蛇を掴んでおり、ツタンカーメンでさえ、蛇の杖を持っていた。

 このエトルリアの神はその手に蛇を持っている。またギリシャの宗教に於いてさえ、アテナ(知恵と戦いの女神)が手に司教杖を持っているのが見られる。アクロポリスからその杖が、蛇であったことは明らかである。

 マヤの宗教に於いては、儀式中祭司たちはこれら蛇の杖を持った。また日本に於いても、神格を表わすこれらの杖を、高位聖職者らが持っていた。

 スカンジナビアでも祭司たちが同様に、蛇の杖を持っていた。このエトルリア人は螺旋状の司教杖を手に持っている。メソポタミアでも祭司たちが同様の杖を持った。ベルリンのシナル地方からの杖の柄も同様である。その先には蛇がおり、明らかに教会が主張しているような羊飼いの杖とは、何の関係もないものである。

 高位聖職者たちは、今日でもその杖を持っている。ちょうど昔の古代魔術師たちのように、多くの場合、杖には蛇の頭が付いている。ある者は象牙を彫刻したもので、時にはそれをより神聖なものにするために、聖徒の骨で彫刻したものもある。

 東方のカトリック世界に於いては、二つの蛇の頭が付いた杖も見られる。これはパトモス島で発見されたものである。

 あるものは、今日法王の王座にあるこの杖のように、生殖力を表わす花のデザインがなされている。司祭や他の高位聖職者たちも、自分たちが自然のエネルギーフォースを支配しているシンボルとして、これらの杖を持つ。

 彼らの主張に関係なく、これには元々の意味があり、聖ニコラスでさえ、蛇の杖を持っている。しかもイエズス会師の杖には、二つの頭が付いている。