エジプト文明

エジプト文明-------------------------------------------------------------------------------------------------

  “2つの峡谷の土地(エジプト)”には、マルドゥクの支配の下、第2の地域が樹立された。そこはマガン(エジプト)、“滝になって落ちる場所”と呼ばれていた。しかし、言語が混乱させられて以来、その地域の人々によってヘム・タ、“暗褐色の土地”と呼ばれた。そして、アヌンナキはネテル(ネフィリム)“守護監視者”と呼ばれた。マルドゥクはラー、“明るい者”として、エンキはプタハ、“開発者”として崇拝され、ニンギシュジッダはテフティ(トート)、“神の測定者”として想起された。彼についての記憶を消すため、マルドゥクは“石のライオン”の姿をしたスフィンクスを、自分の息子ナブの姿に変えた。

 マルドゥクは60進法ではなく10進法とし、1年も10に分け、月の暦から太陽の暦へと変えた。一方で、ニンギシュジッダの主権下にあった北の都と南の都を再構築し、北と南の土地を1つの王権の都に統合した。彼はネテルと地球人の子孫を王に任命し、メナと呼ばれた。  
 2つの土地が交わり、大河が分かれる場所に、キシュを凌ぐ“笏(しゃく)の都”としてメナ・ネフェル(メンフィス、“メナの美”)を設置した。
  マルドゥクは自分より年長者たちを祀る聖なる都を築いた。ニビルの王に敬意を表したアンヌ(オン、ヘリオポリス)、その中のプラットホームの上にエンキのための神殿住居を建てた。その頂上は内側が高い塔になっており、尖ったロケットのようにそびえていた。その聖堂に、マルドゥクは自分の“空のはしけ船”の上部を置いた。それはベンベンと呼ばれ、“数え切れない年月の惑星”から彼が旅した時に乗ったものだった。新年の日、王は高僧として祝賀を執り行い、一番奥の“星の部屋”に入り、ベンベンの前に供え物を置くのである。この第2の地域を後押しするため、エンキはあらゆる種類の“メ”をマルドゥクに与え、あらゆる種類の知識を授けた。唯一、“死者を蘇らせること”を除いて。
 エンキはハピ(ナイル)の水流をマルドゥクと彼の民のために制御し、肥沃な土壌はすぐに豊作となり、人と畜牛が増殖した。“12の天体の中で偉大なもの”として、エンキはマルドゥクに牡羊座(おひつじざ)を割り当てた。

 このようにエジプトのラーの正体はマルドゥクであった。そして父親のエンキを“開発者”プタハに降格し、ニンギシュジッダはトートに変更し、スフィンクスの顔を息子ナブの顔に変更した。スフィンクスの別名はセシェプ・アンク・アトゥムで、最高神アトゥム・ラーの生きた像、という意味であるが、神話と共に、事実が相当改竄されていることが良く解る。
 マルドゥクは10進法を始めたので、それなりの知恵はあるが、ネフィリムという巨人と勘違いされるような命名も行った。
  また、ハム系フリーメーソンなどの伝承では、ベンベン石が“失われた秘宝”として伝えられているが、真相はマルドゥクの宇宙船の先端部だったのである。それを、毎年新年の1日だけ、王に拝ませていたのである。それが偶像崇拝であり、偶像崇拝の根源は邪悪なマルドゥクだったので、聖書では偶像崇拝が忌み嫌われているのである。


  プタハは、第一王朝の時代から信仰が確認されている古い神の1人で、メンフィスの守護神である。しかも、エジプトの神には珍しく、完全に人間形である。また、プタハは鍛冶の神であり、呪文を唱えつつ、世界を創成したりしている。プタハ神派の神官たちは、プタハ神は娘と交わってアトゥム神を生み出した、としている。トートの姿はトキであり、エジプトでのトキは、ナイル川の氾濫時期になると上流から下流の浅瀬にやって来て、氾濫を知らせる渡り鳥である。つまり、トキは水鳥と見なすことができ、水鳥で象徴されるのはエンキである。そして、トートは知恵の神でもあるから、エンキの息子ニンギシュジッダの象徴であると同時に、エンキの象徴にもなり得る。トートとエンキの関係について、初期エジプトのある古文書には次のようにあり、エンキとニンギシュジッダの関係を表している。
“エジプト王ゾサーの時代、南部が大飢饉に襲われた。その原因をトート神に尋ねると、ナイルの源泉には1人の神が居て、2つの洞窟からナイル川の水量を調節していることが解った。その神とは、人間を創り、ナイルとエジプトの運命を握っているトート神の親であるクヌム、別名エンキである。”

 なお、ニンギシュジッダはエジプト神話で、呪文でイシスの姿を隠したり、ホルスに向かって呪文を唱え、仮死状態のホルスが息を吹き返したりと、魔術・妖術の原型とされてしまった。これも、ニンギシュジッダを陥れようとするマルドゥクの策である。また神話では、コブラの女神ウアジェトが聖なる蛇とされているが、コブラは毒蛇であり、サタン的である。マルドゥクは“邪悪な蛇”と呼ばれているので、コブラの原型はマルドゥクである。

 エジプトに関連する“蛇”は旧約に登場する。アロンとファラオがそれぞれ杖を投げると杖は蛇になり、アロンの蛇がファラオの蛇を飲み込んだ。これは、エジプトの魔術師による“邪悪な蛇=マルドゥク”を象徴するファラオの杖は、“良い蛇=蛇神エンキとニンギシュジッダ”を象徴するアロンの杖には敵わないということを、象徴的に表しているのである。
 このように、エジプト神話はすべてマルドゥクにとって都合が良いように構成された。メソポタミアの神話もマルドゥクにとって都合の良いように改竄された。よって、神話や伝承だけに頼っていても、真相に近づくことはできない。つまり、口頭伝承を基本とするカッバーラだけでは、真相に辿り着くことはできないのである。
 マルドゥクはこれほどの野心を持っているのだが、何故、エンキがここまで彼を手助けしたのかというと、アヌにより、3つの地域に人類の文明を花開かせることが決定されたからである。なお、あらゆる種類の知識をマルドゥクに与えてエジプト文明繁栄の手助けをしたエンキだが、唯一、“死者を蘇らせること”は教えなかった。ならば、マルドゥクが“死と復活”を象徴する石棺及び3つ並ぶピラミッドとその意味について知る由も無いので、石棺ともう1つのピラミッドはマルドゥクが造ったものではなく、ニンギシュジッダが造ったのである。

   またニンギシュジッダの統治時代、エジプトは北と南、すなわち、上エジプトと下エジプトに分かれていた。上エジプトは蓮(はす)、下エジプトはパピルスとピラミッドで象徴され、カルナックにあるアモン神殿には、パピルス柱とロータス柱が建っている。蓮(はす)は花で女性原理、ピラミッドはそそり立つ山で男性原理を象徴する。つまり、カバラの奥義の1つである陰陽の概念が、天才科学者ニンギシュジッダによって考案されたというわけである。