イエスの磔刑と復活

■18年頃

イエスの磔刑と復活----------------------------------------------------------------------------------------

 イエスは若い頃、エンキの指示によってニンギシュジッダから知恵を授けられた。そして、時が熟すと、エンキはイエスに語った。「お前はこれから苦難を背負う。しかし、人々にあるべき姿を説かなければならない。最終的には裏切りにあい、十字架に掛けられることになろう。それでも、お前は役目を果たさなければならない!人類の将来のために…。十字架に掛けられた後は、私の使者が救いに行くであろう」
 イエスは哀しくなったが、それでも神であり、父であるエンキの言葉は絶対だった。

 30歳を過ぎたころエルサレムでイエスは人々の前に姿を現し、人としてあるべき姿を説いた。
 その時すでに彼は、自分の民族に教え始める準備ができていた。彼には12人の弟子たちがいた。彼らはその性格や、イエスとのカルマ的なつながりや、そしてそれぞれが自分の人生で果たすことになる役割によって選ばれていた。イエスはそのうちの一人が彼を裏切り、もう一人が彼を否定するであろうことも知っていた。彼はまた自分の亡き後は、シモンがその仕事を引き継ぐであろうことも分かっていた。イエスは彼ら弟子たちに会った際に、内なる英知によってこれらのことを示していた。彼はとても霊的な人物で、精神的な法則について多くのことを知っていた。
 また、イルミナティのローマとユダヤの指導者たちは、アトランティスの時代に何が起きたかについて知っていた。彼らはいくつかの古代のテクノロジー装置を、自分たちの権力とその行使のために隠し持っていたのである。彼らはキリストがいかに彼らにとって危険な存在になりつつあるかが分かっていた。なぜならキリストは過去の歴史を曝露し、彼らがある計画のもとに組織立てた「教会」に対して、人々に背を向けさせつつあったからである。

 アヌンナキは紀元前3600年頃に、シュメールの都市の法律にもとづいて、神殿や都市システムを確立した。その法典が多くの文化に広がり、その先々でゼロ時点(西暦0年)におけるアヌンナキの帰還が待たれるようになっていた。すでにローマ皇帝はジュピター(エンリル)の神殿を通して支配権を握っていた。アヌンナキは軍隊を利用することができた。すでにユダヤ人や他の文化なども「選民」にするという餌で手中におさめていたので、これは簡単であった。時間が本当に停止し、ゼロ時点からシュメールの「シャー体制」が始まるという手はずだったのである。
 しかし、その渦中に別の「もくろみ」が放り込まれた。それは、ユダヤの律法学者(イエス)がエジプトのイシス神殿の巫女(マグダラのマリア)と結婚し、東方に多次元意識を誘発しつつあった。ゼロ時点のあとニビルがもっとも太陽に近づいたとき、キリストは東エルサレムにある「岩のドーム」神殿から両替商たちを一掃した。


 またヘロデ朝とユダヤ人の分裂は政治的分裂にとどまらなかった。イエスが登場して、新しい神の法を説き始めると、今度はイエスをメシア(救世主)として認めるか認めないかで宗教的大分裂を起こしてしまった。当時のユダヤ教には祭司を頂点とした「サドカイ派」や「ファリサイ派」、「エッセネ派」といった宗派が存在していたが、イエスの登場ほどユダヤ人の宗教的分裂を決定的にしたものはなかった。
 神殿からは、利権を貪(むさぼ)っていた連中が追放された。また、自分たちの教義を批難された連中は、徹底的にイエスを非難した。そしてキリストは十字架で磷付にされ、処刑されることになる。

 イエスによって神殿から追放された者たち、特に、金貸しや神殿売春を行っていた者たちはフェニキアに逃れ、いつかイエスと彼らの信者に復讐してやることを誓った。そのために、彼らが目を付けたのは地中海対岸のヨーロッパだった。 そこに加担したのが、イスラエルの支族の中のダン族である。彼らはフェニキアの商人に紛れて渡航し、最初の寄港地をフェニキアに因んでラテン語風にフェニーチェ=ヴェネチアと名付け、彼らの拠点とした。のちにヴェネチアからオランダを経てイギリスへと渡る一団が、現代のイルミナティの中枢になっていく。
 イエスによって神殿から追放された金貸し達が、後にメディチ家、ゴールドシュミット家、ロスチャイルド家となり、世界を支配していくことになる。

 そして、エンキが語ったとおり、仲間のユダが裏切り、ローマ帝国総督ピラトに引き渡され、イエスは十字架に掛けられた。この時の様子を、イエスに従っていたレビ一族やその仲間が見守っていた。助けなかったのは、預言されていた事象だったからである。
  裏切りのユダはイスカリオテのユダと言われている。彼は、銀貨30枚のためにイエスを裏切った。彼は金(かね)入れを預かっていたので、“金(かね)”に操られていたことになる。カネに関わる偶像崇拝の神はマモン・ラーで、マルドゥクの暗示だった。つまりイスカリオテのユダの原型はマルドゥクである。
 また、銀貨30枚の“30”という数字に着目すると、王位継承数字が30なのはナンナルで、エンリルの息子。アヌはエンキとニンフルサグを結婚させて王位を継承させようとしたが、ニンフルサグはエンリルとの間に長男ニヌルタをもうけてしまい、血統からも正統継承権はエンリル系になってしまった。そのため、マルドゥクは正統継承権を常に主張し、それがすべての争いの元となってしまった。よって、正統継承者がニビルにとって重要な“金(きん)”として象徴されるなら、傍系(ぼうけい)は“銀”として象徴され、それはマルドゥクとなる。エンリルとエンキはアヌの息子で、ナンナルはエンリルの、マルドゥクはエンキの長男なので、王位継承数字的にはマルドゥクも“30”として象徴される可能性があった。アヌの長男はエンキなので、マルドゥクにとって見れば、自分こそが正統継承者=“金”として相応しいと思っていた。だから、“銀貨30枚”という象徴がマルドゥクを暗示していた。

 ユダの裏切りによってイエスは捕らえられ、十字架に掛けられた。マルドゥクはドゥムジを罠に掛け、ドゥムジは死んだ。イエスの原型はドゥムジなので、この事からも、ユダの原型はマルドゥクと言える。更に、イスカリオテとは“カリオテの人”という意味のヘブライ語。カリオテ=ケリヨトはモアブにあった町の名で、モアブは死海のすぐ東側にあり、死海は核攻撃によって形成された。ニヌルタとネルガルによって核攻撃されたのは、マルドゥク(と息子のナブ)が自らの“神聖”を主張して人類を扇動した場所なので、“イスカリオテ”という地名もまた、マルドゥクに関係することを暗示している。
  十字架に掛けられたのは午前9時頃だったが、ニビルの最接近によって12時になると真っ暗になり、それが15時まで続いた。その時、イエスは叫び、息絶えて仮死状態となると同時に、世界中で大地震が発生し、多くの場所が海底に沈んだ。

 この処刑の日は金曜日で、翌日はユダヤの安息日だった。また、処刑地のゴルゴタの丘は神殿のすぐそばにあったので、イエスの遺体は即刻降ろされ、養父ヨセフがイエスの体を奇麗な亜麻布で包み、岩に掘った横穴に納め、その入り口に大きな石を転がして立ち去った。安息日が終わる前に、約束通り、エンキの使者とイナンナがイエスの母マリアを伴って現れた。イナンナが木に掛けられた時と同様、仮死状態のイエスに「生命の水」と薬を与え、イエスは“復活”した。

 その後、イエスは自分が復活したことを使徒たちに示し、40日間彼らの前に現れ、様々な真相について話した。その最後の日、イエスは11人の使徒をベタニアのオリーブ山に連れて行き、手を上げて祝福した。そして、祝福しながら彼らを離れ、エンキが遣わした“空の船”に吸い込まれていった。イエス33歳の時であった。その後、イエスに従っていたレビ一族やその仲間は、イエスが掛けられた十字架を密かに持ち出した。

 イエスの若い頃はニンギシュジッダの下で学習していたが、それはアダパとティティの時のようにである。年齢の33歳というのはカバラである。「生命の樹」で隠されたダアトも含めたセフィラの数とパスの合計数で、つまり、イエスは知恵を授けられて真相を知り、自らが「生命の樹」に掛けられることによって人類の贖罪を背負った。

 イエスが十字架に掛けられた時の天変地異は、ニビルの最接近だった。壊滅的にはならなかったが、多くの土地が海に没した。日本の近海、例えば沖縄周辺、熊野沖、丹後半島沖、青森沖など、海底神殿遺跡が見つかっているが、それらはすべて、この時に沈んだ。

 金曜日というのもラテン語系では“金星の日”である。つまり、木に掛けられて“死んで復活した”イナンナを暗示している。イエスを葬(ほうむ)ったのも、当然、近親者で養父のヨセフに決まっている。イエスの“復活”劇も、まったくイナンナと同じだったわけである。そして、今回はイナンナがイエスの前に姿を現した。よって娼婦(しょうふ)とされてしまったマグダラのマリアが聖書では登場するのである。

 また、イエスに限らず、ムハンマドの昇天劇も、宇宙船に引き込まれたと考えれば納得でき、天使などもそうである。ムハンマドのイスラム教は、マルドゥクである。ユダヤ教はシュメールの神々の寄せ集め。キリスト教はイナンナ、ドゥムジ、ウツの象徴で、エンキは隠れている。最終的に、バビロンはマルドゥクのものとなった。それまでに登場していないので、やはり最後に登場した。イスラム教は旧約をベースとし、イエスを救世主として認めている。これは、イエスがエンキの息子で、マルドゥクとは腹違いの弟になるからである。日に5回も礼拝させるのは、マルドゥクらしいのである。