イエス・キリストと十六紋菊

イエス・キリストと十六紋菊-----------------------------------------------------------------------------

 日本に於いて、イエス=天照大神(伊勢神宮内宮の祭神)は蛇神で、唯一絶対神である。1 匹の蛇で“最初であり最後、アルファでありオメガである”ことを表すならば、蛇が自身の尾を咬んでいる様子として象徴される。これは円である。“8”の中にもカドゥケウスの杖の中にも複数の円が見られる。つまり、円は終わり無き“永遠”を象徴するもう1つのシンボルである。

 神社の拝殿に安置されている鏡は丸いが、“永遠”と“復活、再生”を象徴するのである。そして、同じ丸い「日の丸」については、「日の丸」の「○」には、更にこのような意味も含まれているのである。
 このように、十六紋菊の原型は蓮の花で“再生”を象徴しており、日本の奥義は天照大神=イエスなので、まさに“復活、再生”を象徴する皇室の御紋として十六紋菊は相応しい。(皇室の十六紋菊は、正式には「十六弁八重表菊紋」と言う。)日本では蓮の花はあまりお目に掛かれないので、身近で花弁が十六花弁紋の形に似ている菊に変えた、と単純に考えてしまうところであるが、そうではない。

 そこで、もう1つの重要なカッバーラ、漢字を考える。“艸(そう)”は「合わせ鏡」の絶対三神を象徴するが、問題はその下のつくりである。

・匊:キク、コク(音)。むす(ぶ)、すく(う)、たなごころ(訓)。

 このつくりだけで、音読みでは「キク」となる。訓読みでは基本が「勹」で、「手で包む」という意味から、手の平を表す「掌(たなごころ)」となり、英語では“handful”である。そこから派生し、掌(たなごころ)で握手して人と人、神と人を結ぶに通じる「むす(ぶ)」、また、手に一杯(水などを)すくうという意味の「すく(う)」となる。この「すく(う)」という読みは「救う」にも繋がり、救世主=イエスを象徴する。そうすると、「むす(ぶ)」は高御産巣日神(タカミムスビノカミ)=イエスの「ムスビ」でもある。
 更に、「勹」の中には何故か、「米」がある。「米」は大切な食糧なので、手に「すく」えば命の糧となり、ヤハウェが与えた白いウェハースのようなマナの象徴となる。
 また、上下左右のいずれから見ても、十字架が天使ケルビム(点)の間にあり、反対方向と「合わせ鏡」になっている。更に、「米」は分解すると「八十八」となり“88”、そして「匊」の画数は8画なので、合わせて“888”となる。ギリシャ語で“キリスト”と書くと数秘的な数値は“888”となるので、「匊」という字でイエスの象徴となる。
 つまり、「菊」という字の草冠で「生命の樹」に於ける絶対三神と「合わせ鏡」の奥義、そして下のつくりで、ヤハウェ=イエスを象徴しているのである。だからこそ、日本では“再生”を意味する蓮の花の象徴に、更に漢字のカッバーラを合わせて「菊の御紋」としたのである。以上、皇室の「十六弁八重表菊紋」は、菊の御紋にして菊の花に非ず。

 八角形で象徴されるニビルと金星、そしてイナンナが十六花弁ロゼッタの原型であり、それが皇室の十六弁八重表菊紋の基になっているのである。