キリスト教に入り込んだ者--------------------------------------------------------------------------------

 使徒たちの時代、サマリアに於いてシモン・マグスが登場する。彼がキリスト教に改宗することはなかった。彼はオカルト宗教の達人、またヘルメスの神秘主義の継承者で、街全体を支配していた。

 彼はローマに向かい、そこで人々から神と信じられた。ところが彼は民衆に自分はイエス・キリストであると説いていたのである。その地で彼を祀る巨大な宮が建てられた。彼は分けられた蛇を意味するバチカンという場所に礼拝本部を設立した。シモン・マグスは死去した後、ローマにあるそのバチカンの丘に埋葬された。この背教したキリスト教運動から分離していった他の人々は、自分たちのカルトを設立した。この大運動に加わった人々はグノーシス派と呼ばれ、オカルト界をリードするあるグループは、クリスチャンと名乗りながら、占星術から来た異教の神々を反映する紋章を持っていた。

 1945年、エジプトの高地にあるナグハマディーという小さな町で、洞窟の中からたくさんの書物が発見された。これらは神聖な書物で、多くの使徒の名が示されているようであった。しかし、本当に誰がこれらの書物を書いたのか。使徒たちが決して説かなかったオカルトの教えや心霊術の教えがキリスト教福音の中に織り込まれていて、あたかもそれらが本当に神の霊感を受けているかのようにふれ込んでいることが、研究により明らかになった。このグノーシス運動、すなわち、キリスト教運動の偽物は、使徒たちから受け継いだ多くの根本的な教理を低下させ、破壊する結果となった。

 中でも著名なのは、人が自分たちの知的哲学的見解に合うよう聖句を寓話(ぐうわ)化し、神話化したことであった。これらの人々は人間の心の期待部分、あるいは人間の霊魂だけが贖罪(しょくざい)可能であると考えた。これは純粋な異教の贖(あがな)いに関する原則である。彼らは終末論の概念などを不要なものとし、実存主義と経験に重きを置いた。悟りの声や恍惚(こうこつ)説法や異言といった異教の概念を教会に持ち込んだのはこういった人々であった。彼らは人が律法に服従するのは不可能である故に、旧約の律法は悪法であり、破壊されねばならないと主張して、服従という概念を弱めた。こうして彼らはキリスト教会に、反律法主義、道徳律不要論を生み出した。神の奇跡が何か特別なものであるとは、彼らは信じなかった。誰でも奇跡を行うことが出来ると、彼らは説いた。彼らは堕落した悪天使の概念を弱めた。神学は哲学の体系となり、聖書の重要な言葉は、ただ霊的に解釈され片づけられた。唯一の純粋の光は神であるから、イエスは単に光であった。そして肉体を有する者は何であれそれだけで悪であると彼らは主張した。従って悪である人間が律法に服従することは出来ず、人はただ光を知るだけで救われるのだと。イエスは人間のとは異なった肉体を持っていたというグノーシス派的誤りが全キリスト教会の様相を変えてしまった。ヨハネはそれを反キリストの精神と呼んだ。