バビロン神殿の建設とイナンナの激高

バビロン神殿の建設とイナンナの激高------------------------------------------------------------------

 マルドゥクはイナンナとシャルル・キン(サルゴン1世)の動向に抜かりなく目を光らせ、鷹のように獲物に襲い掛かった。マルドゥクが天に届く塔を建てようとした場所から、シャルル・キン(サルゴン1世)は聖なる土をアッカドの中心都市アガデに移し、そこに“天国のように明るい物体”を埋め込んだ。この行為に激怒したマルドゥクは、第1の地域のメソポタミアへ急行し、ナブと手下を連れて塔のあった場所にやって来た。「聖なる土は私だけのものだ!神々の門は私が築くのだ!」とマルドゥクは猛然と宣言し、川を迂回させるよう、手下に命じた。

 彼らは塔の場所に堤防と壁を築き、エサギル、“最高神のための家”をマルドゥクのために建てた。ナブは父を讃えて、そこをバビリ、“神々の門”と名付けた。こうして、エディンの中心にマルドゥクは強引に納まった。
 マルドゥクは、事ある毎に激怒している。エサギル=バビロンのマルドゥク神殿は、このようにして強引に建造されたのである。

 イナンナの怒りはとどまるところを知らなかった。彼女は自分の武器でマルドゥクの手下を手当たり次第に殺した。人々の血がかつて無いほど、川のように流れた。ネルガルはマルドゥクの下へ行き、人々のためにバビリを離れるよう、説得した。「本物の天の印が現れるまで、平和的に待とうではありませんか」マルドゥクは立ち去ることを決意し、国から国へと、空から眺めて移動した。その後、ラー(マルドゥク)は第2の地域のエジプトでアムン(アモン)、“見えざる者”と呼ばれた。アムン(アモン)とは、神話上で追放されたラー(マルドゥク)のエジプト名である。