契約のアークがソロモン神殿から消える

■紀元前587年

 契約のアークがソロモン神殿から消える。エチオピアは既にイギリスでのキリスト教の歴史以前にキリスト教に回心していた。よって古代エチオピアにはキリスト教の最も古い痕跡がある。
 エチオピア帝国・ソロモン朝において、支配者はソロモン王の系譜がもたらす権威をもちいて統治してきた。これには国民の約半数が東方教会系のエチオピア正教会を信仰しているためであった。
 現在エチオピアの教会の数は2万以上あり、全ての教会にアークのレプリカが置かれている。教会の最も聖なる場所からレプリカが消えると同時に教会ではなくなる。
 その中でエチオピアの正教は、契約のアークはエチオピアのアクスムにあると主張している。1982年頃、そのアークを守っていたのは白内障の年配の牧師だった。ウラン鉱石など放射性物質からの放射線を長期的に浴びていると白内障などになる。アークを守る仕事に任命されるのは、実に大変なことである。なぜなら彼は一生涯、アークのそばから離れられないからである。契約のアークの置かれている建物から一切出ることができない。彼は死ぬまでアークに拘束される。

 紀元前587年のこの頃、金箔で覆われ十戒を収めたとされる契約の箱は、エルサレムからエチオピアに移された。イルミナティのソロモン王とシバの間には子供がおり、メネリク1世と名付けられ、後にエチオピアの初代の王となった。メネリクが22歳になったとき、父親に会いたいと母であるシバの女王に言った。そこで女王は息子がエルサレムに行けるよう手配する。メネリクはエルサレムに長期間滞在するうちに、同じ年頃の貴族の男と知り合いになる。そしてメネリクが国に帰る前の晩、二人は一緒に神殿に忍び込み、契約の箱を持ち出し、そのままエチオピアまで持ち帰った。そして契約の箱は一時期ラリベラに安置された。ラリベラの聖堂には契約の箱がちょうど収まる祭壇がある。


 しかし現在契約の箱はラリベラにはなく、320kmほど北上したアクスムの街に移動している。そこには今もエチオピア人の司祭が特別に警護する聖堂がある。アクスムにはシオンのマリア教会という大きな聖堂がある。300年代にアクスム王国のエザナ王とアッベバ女王により創建された教会に起源し、モーゼが神から受け取った十戒の石板を納めた聖櫃(せいひつ)がある。この聖堂の地下にはトンネルがあり、そのトンネルの更に下に契約の箱がある。

ネフィリム=アヌンナキ------------------------------------------------------------------------------------

 エチオピア正教会における旧約聖書の1つにエノク書があるが、そこにでてくる種族ネフィリムは一般的に巨人とされ、それはアヌンナキである。聖書に出てくるネフリムは、ヘブライ語で「地上に降りた神」を意味する。