シヴァと牛頭天王(ごずてんのう)

シヴァと牛頭天王(ごずてんのう)------------------------------------------------------------------------

 シヴァは、仏教では6つの天界を支配する魔王マヘーシュヴァラ(摩醯首羅)となり、意訳して大自在天(だいじざいてん)である。6つの天界とは四天王衆(してんのうしゅ)天、三十三天(さんじゅうさんてん)、夜摩(やま)天、兜率(とそつ)天、楽変化(らくへんげ)天、他化(たけ)自在天であり、大自在天(だいじざいてん)は他化(たけ)自在天を支配する。それ故、他化自在天魔王とか第六天魔王とも呼ばれ、これが仏教最大の大魔王であり、大魔王とは暗黒の側面である。鬼門は鬼の住む方角で、この方角を守護する天部が伊舎那天(いしゃなてん)であり、その別名が摩醯首羅(まけいしゅら)でシヴァのことである。よって、鬼の原型はシヴァでもある。

ヒンズー教で牛を食べないのは、牛は神の化身だからである。その原型はシヴァの乗り物“聖なる牛ナンディン”で、天界の聖なる牝牛(めうし)スラビと聖仙カシュヤパの間に生まれた牡牛で、“幸福なる者”の意味である。シヴァとナンディンを重ねて描いた絵も多く、そのため、ナンディンはシヴァの化身と見なされることもある。

 また、シヴァの暗黒の化身バイラヴァは、顔は水牛で体は人間であるため、牛頭天王(ゴズテンノウ)とも言われる。

このように、インドでは牛は神だが、ヘブライでは偶像崇拝の対象だったのは金の仔牛アモンであり、偶像崇拝の神とされていたバアルも牡牛の姿をしている。そのため、シヴァに光の側面と暗黒の側面があるように、牛にも両方の意味が隠されている。

日本で牛に喩えられる神は、スサノオである。スサノオは牛頭天王(ごずてんのう)とも言われるので、シヴァが原型である。スサノオは英雄神として祀られているが、高天原で暴れたことが原因で、天照大神が岩戸に籠もったことから、シヴァのような暗黒の側面がある。
 一説には、中国で有名な神農の発音は“スサ”と言い、神農も牛頭人身だから牛頭天王である。仏教では、牛頭天王は祇園精舎の守護神であり、疫病をもたらす武塔(ブトウ)神とも呼ばれており、これも光の側面と暗黒の側面を併せ持つ。神農=炎帝は後に西遊記に取り込まれ、火炎山に住む牛魔王とされてしまった。

つまり、流れ的にはシヴァ→牛頭天王→武塔神→神農→スサノオとなる。あるいは、イラン高原南西部に建国したエラム人の国には、スサという都市があった。エラム人はシュメールの地に浸入し、都市間の勢力争いに加わった。そのスサの守護神はインシュウシナクと言い、後に冥界神となった。スサノオは根の国=冥界に下ったので、冥界神と見なすことができるから、スサは“エラムのスサ”由来でもある。
 なお、釈迦の正式名ガウタマ・シッダールタのガウタマは“最上なる牛”を、シッダールタは“目的(実利)を成就せる者”の意味なので、釈迦も牛に関係している。


 つまり鬼の原型がシヴァで、鬼門を守り、シヴァは虎の皮をまとい、ここでは牛の要素も加えられたので、鬼門は牛と虎が合わさって、丑寅(うしとら)=艮(うしとら)と言う。鬼門とは北東(艮=うしとら:丑と寅の間)の方位のことである。
 京都御所の築地塀が鬼門、北東方位を凹ませてあることから、御所が鬼門を恐れ避けている、鬼門を除けていると考えられ、それから鬼門を避ける鬼門除けの手法とされてきた。

 また熊野大社の宮司家は九鬼(くかみ:本来は「鬼」の上の点が無い)氏だが、「鬼」という字の上の点を取って「かみ」と読ませている。つまり「鬼」とは元々神のことで、その「鬼」という字の上の点が、鬼の角を表している。鬼の角は牛の角である。虎の皮をまとい、金棒(かなぼう)を持っている。金棒ではないが、棒を持っているという点では、ヴィシュヌの棍棒(こんぼう)と同じで、ヴィシュヌもイナンナが原型である。つまり鬼は本来神で、牛の角と虎の皮、そして金棒で牛虎金神、ウシトラノコンジン(艮金神)となる。
 鬼門に押し込められた鬼とは、ウシトラノコンジンのことである。つまり日月神示で言われているウシトラノコンジン=国常立神(くにのとこたちのかみ)というのは、シヴァことイナンナである。その上、シヴァがスサノオということは、スサノオの原型はイナンナである。
 シヴァは殺戮など暗黒の側面があるが、それはまさしくマルドゥクの行為に怒り心頭に発したイナンナそのものである。そして、スサノオも高天原で乱暴を働いて、追放された。バビロンで、マルドゥクによってイナンナが消された出来事である。つまり日本の本来の最高神はスサノオことイナンナということである。
 スサノオにわざわざ牛頭天王(ごずてんのう)が充てられ“てんのう”と読ませたということは、古代の大王家の最高神がスサノオだったという暗示である。それにスサノオには蘇民将来(そみんしょうらい:日本各地に伝わる民間信仰)の逸話がある。“将来蘇る民”とは、封印されたウシトラノコンジンことスサノオを最高神として祀る一族が、将来封印が解かれて蘇るということである。その“蘇り=黄泉帰り”の根源はイナンナである。それに、日月神示では封じ込められたウシトラノコンジンは国常立神(くにのとこたちのかみ)とされた。出口王仁三郎がスサノオの格好をしていたのも、満更ではなかった。また伊勢神宮の外宮(げくう)の神官の一族、豊穣神・豊受大神を祀る度会氏(わたらいうじ)の中には、出口姓の者がいる。