中国の陳(ちん)の都

中国の陳(ちん)の都-----------------------------------------------------------------------------------------

 この頃、中国では支那三皇の世、伏犠(ふっき)、女鍋(じょか)、神農(しんのう)が、都を陳(ちん)に作る。伏犠(ふっき)と女鍋(じょか)はニンギシュジッダのことであり、神農(しんのう)はイナンナのことである。場所によって名前が変わっていっているが、流れとしては、イナンナ(アヌンナキ)→シヴァ(ヒンドゥー教)→牛頭天王(ごずてんのう:仏教)→武塔神(むとうしん)→神農(しんのう)→スサノオ(日本神話)である。

 伏羲(ふっき)と女媧(じょか)はアヌンナキのニンギシュジッダ(エジプトのトト)のことであり、彼らの絵は、フリーメイソンのコンパスと直角定規を持っている。また2人の頭の間には、イナンナの十六花弁ロゼッタを模したマークも描かれている。フリーメイソンのカッバーラ(数秘術など)はニンギシュジッダが創始者である。

 また伏羲(ふっき)と女媧(じょか)の足は蛇として描かれ、二匹が絡まっているが、二匹の蛇が巻きついているギリシア神話のヘルメスの杖のカドゥケウスは、ニンギシュジッダの象徴であり、ヘルメスはエジプトのトト神であり、アヌンナキのニンギシュジッダのことである。