諏訪大社(すわたいしゃ)で行われるイスラエルの祭りが伝わる

諏訪大社(すわたいしゃ)で行われるイスラエルの祭りが伝わる------------------------------------

 長野県の諏訪湖周辺4ヶ所にある諏訪大社(すわたいしゃ)には、イスラエルからの文化が伝わっている。諏訪大社は全国に約25,000社ある諏訪神社の総本社である。


 諏訪(すわ)大社の十間廊(じっけんろう)は古代イスラエルの幕屋と、入口と本殿の方角が同じであり、また幕屋と十間廊(じっけんろう)の大きさはほぼ同じである。日本の一間(いっけん)174cmの長さのもとが、古代イスラエルの1キュビト=44cmから来ている。

 また長野県諏訪(すわ)地方で行われる祭で、諏訪大社の最大の神事で7年に一度行われる御柱際(おんばしらさい:正式には式年造営御柱大祭)は、長さ17m、重さ10トンの御柱を、氏子(うじこ)と共に傾斜約30度、距離80mの木落し坂から落とす。御柱際は大木を山中から切り出し社殿まで運ぶ祭りである。

 この御柱祭と同じことが聖書に記されている。旧約聖書に記されたソロモン神殿建設に関する描写は次の通りである。

 紀元前10世紀頃、古代イスラエル(イスラエル王国)の第三代王に就いたソロモンは、父ダビデの意志を継ぎ、エルサレムのモリヤの丘に神殿建設を決める。ソロモンは港湾都市ティルス(現レバノン)の王フラムに、小麦とオリーブオイルなどを与える代わりに神殿建設に必要なレバノン杉やモミの木を山から切り出させてほしいと頼む。フラムは承諾し、山から切り出したレバノン杉とモミの木を港まで降ろし、筏(いかだ)に載せて海路エルサレムのモリヤの丘まで運んだ。このレバノンでの作業にはイスラエル全土から強制的に労働者が徴募(ちょうぼ)され、三万人が三交替で従事した。そして、それらの木材は、神殿の床や壁、拝殿の入口の扉などに使われた。神殿の大きさは、長さ約27メートル、幅約9メートル、高さ約13.5メートル(1キュビト45センチで計算)であった。その神殿の中に拝殿と至聖所を設け、至聖所には十戒の石版が収められていた「契約の箱」と、高さ4.5メートル、両翼の長さ4.5メートルのオリーブの木で造ったケルビムという天使像二体を安置した。ソロモン神殿は7年目に完成した。

 御柱祭(おんばしらさい)は木の柱が崇拝され神様として扱われているが、古代イスラエルでも木には神が宿るとされていた。そのイスラエルの神の名は女神アシラで、日本の柱(はしら)という言葉は、古代イスラエルのアシラからきている。女神アシラはニビルのイナンナであり、シリア、パレスチナではアーシラトと呼ばれ、メソポタミアではイシュタル、日本では遮光器土偶のアラハバキ、白山姫を神とした邪馬台国の神でもある。

 
 さらに諏訪大社の御頭祭(おんとうさい)は、鹿の頭75頭分を神に捧げる祭りである。明治以前の御頭祭(おんとうさい)は全く違う形で行われていた。明治以前は8歳くらいの子供を柱に縛りつけ生贄(いけにえ)にし、神官が子供に刃物を振り上げる。次の瞬間、別の神官が現れ子供を解放する。そして子供の代わりに、鹿の頭75頭分を身代わりに捧げるものだった。
 この内容は聖書の創世記 第22章のアブラハムとイサクの伝承にも存在する。アブラハムは息子イサクを丘へ連れて行き、生贄にしようとした。すると神の使いが現れてアブラハムを止める。そして息子の身代わりに羊を捧げた。この物語の舞台となったのはモリヤという地であった。モリヤは現在のエルサレムの中心地で聖地である。諏訪大社の神体山(しんたいさん)も守屋山(もりやさん)という。

 そして諏訪湖(すわこ)で行われる神事の最大は、諏訪湖の氷が轟音とともに裂け、延々と亀裂が入る現象の御神渡り(おみわたり)である。御神渡りは冬季の寒冷地で、湖面に一部盛り上がった氷堤(ひょうてい)が見られる現象である。諏訪大社の神が湖の上を歩いた跡と言われている。これと同じ内容が聖書にもある。ガリラヤ湖を船で渡る弟子たちのもとに、イエス・キリストが水の上を歩いてきた。ただ当時のガリラヤ湖は凍っており、キリストは氷の上を歩いた。つまり諏訪の地は聖書の記述を祭りとして残した場所であった。


 こういった諏訪大社の祭りは、ミシャグジ信仰と関係がある。ミシャグジは日本古来の神である。ミシャグジ信仰は東日本の広域に渡って分布しており、当初は主に石や樹木を依代とする神であったとされる。ミシャグジを祀っていた神社では、神官に憑依して宣託を下す神とされた。また1年毎に八歳の男児が神を降ろす神官に選ばれ、任期を終えた神官が次の神官が決まると同時に人身御供として殺されるという「一年神主」の伝承も残る。
 ミシャグジ信仰にはもう一つ注目すべき点がある。縄文の影響が強く見られることである。ミシャグジ神が降りてくるといわれる大木に置かれる祠(ほこら)には、御神体として石棒や石皿が置かれている場合が多い。神長官守矢氏に祀られる「御頭御左口神(ミシャグジ神)」の御神体も石棒である。巨石にもミシャグジが降りてくるとも考えられるが、ここで祀られている石棒や石皿は男根や女性器を表している。これらのものを豊穣をもたらしてくれるものとして、住まいやその周辺に祀るのは古く縄文時代から行われていたことである。

 御柱祭(おんばしらさい)では、柱を乗りこなした男が英雄とされるので、柱がイナンナの暗示で、この祭りが行われる安曇(あずみ)はアド、つまりドゥムジの暗示で、イナンナとドゥムジの聖なる結婚である。柱に男衆(おとこしゅう)が群がって乗っているのは、女神イナンナに乗っていること、つまり性行為を表している。この祭りはユダヤに関係するものではなく、シュメール由来である。
 そしてイスラエルでは、ソロモン神殿がアブラハムが息子イサクを神に捧げようとした「アブラハムの岩」の上に建設されたが、これらの伝承が後に日本の長野県の諏訪大社で行われる御頭祭(おんとうさい:イサク奉献伝承)と御柱祭(おんばしらさい:ソロモンによる神殿建設)となる。それがフェニキアから伝わった。





Hiloyuki Kubota/久保田 啓敬