宗教による性行為の意識の変化

宗教による性行為の意識の変化--------------------------------------------------------------------------

 この頃から性の意味が変化してくる。私有意識の定着から性も私有対象になっていく。女性と結婚するためには羊10頭、といった婚資の登場は性が商品価値として認められたことを示す。
 すると男は、手に入れた女性は自分のモノ、他の男には絶対渡さない。女は自分の性をできるだけ価値あるものにして、財力のある男に高く売りたい。こうして性は、簡単には手に入らないものとなり、私的なものへと変化していった。
 性が私的なものになればなるほど、浮気や寝取られたりでトラブルが続出する。不倫が死刑に値する罪とされる習慣は多く見られる。そうして現代の性意識の原点になったのがキリスト教の快楽性は罪、セックスは夫婦の一対一関係のみに許される、という性規範である。
 しかしいくら厳しく戒律で定めても性の快楽は存在する。性はどんどん秘め事になり、恥ずかしいことになり、特別な相手のみに許すもの、という考え方が一般的になっていった。
 下記のイヌイット、タヒチ、日本の例も、ヨーロッパ文明が世界に広がる過程でキリスト教的性規範が浸透し、性は邪、私的なものへとごく最近塗り替えられてきた。つまり現在の性意識は決して普遍的なものではない。

キリスト教が世界に広がる前の性の風習
・イヌイットは、お客のもてなしに自分の妻を貸す。日常的にセックスは大家族に見守られながら行う。
・タヒチでは、ヨーロッパ人が侵略してきたとき、若い娘たちの性で歓迎した。
・日本には昭和初期~戦後まで夜這の風習が残っていた。