シュメールは、現代のビールの起源

シュメールは、現代のビールの起源---------------------------------------------------------------------

 シュメール人がビールを飲んでいたということについては、紀元前3000年前後の「モニュマン・ブルー」と呼ばれる粘土板の記録が有名である。楔形文字でビール作りの様子が描かれており、これが一般に最古のビール作りの記録として知られている。現代のビール作りの原型は古代エジプトに見ることができるが、シュメールでのビール作りもほぼ同じである。
 まず大麦を水につけてしばらく置く。すると芽が出てきて、いわゆるモヤシができる。これがすなわち麦芽だが、これを乾燥させて粉々にし、表面を硬く、中は生のままに残した半焼けの「バッピル」と呼ばれるパンを焼く。こうして作った麦芽パンを千切って水に漬け、放置しておくことで、自然に発酵してビールができた。このビールを甕(かめ)に入れて、人々はその上澄みをストローで飲んでいた。ストローを使うのはビールの表面に浮いている麦粒をよけるためだった。

 メソポタミアでは、それより以前から穀物栽培が発展していたため、シュメールのビール作りもとても進んでおり、多くの種類のビールが作られていた。また、収穫した穀物の約半分がビールの醸造に使われ、シュメール人は誰でも毎日ビールの配給を受けていた。国民は税金をビールで納めており、労働の報酬もビールが使われていて、生活に欠かせないものとなっていた。さらに紀元前3000年頃にあった第1ウル王朝の福祉制度では、貧困者1人につき1ガロンのビールを与えられることが決められていたという記録も残っている。

 古代シュメールでは「アマゲスティン」や「ニンカシ(イナンナ)」と呼ばれるビールの女神が崇められていた。女性たちはビール作りと居酒屋でのビール販売に従事したが、この女性たちは「サブティエム」と呼ばれ、数多くの種類のビールを作っていた。この時代、女性は醸造に関して大きな権限を持っており、当時の詩や祈祷文にも繰り返し描かれている。

 古代メソポタミアでは、ビールの醸造を司る女神を「ニンカシ(イナンナ)」と呼んだ。ニンカシ(イナンナ)を讃える歌に、次のような一節がある。「ニンカシ(イナンナ)よ、あなたは樽からビールを注ぐ、チグリス、ユーフラテスの流れのように」これは樽のビールを別の容器へと移し替える様子を歌ったもので紀元前3000年頃、古代メソポタミアのシュメール遺跡より出土した粘土板(モニュマンブルー)に、ビールの醸造法がくさび形文字により記されており、これが”濾過(ろか)”に関する最古の記録と言われている。

 シュメール人は、多くの含蓄のあることわざを残しているが、下記のようなビールに関することわざもある。

He who drinks too much beer must drink water.
(ビールを飲みすぎる者は、水ばかり飲むことになる)。

The road is bad, beer is good.
いやなこと、それは(軍事のための)遠征。楽しいこと、それはビール。