阿曽辺族(あそべぞく)のいけにえの始まり

阿曽辺族(あそべぞく)のいけにえの始まり-------------------------------------------------------------

 世界に氷河期が訪れるなどして大地が氷に覆われると、阿曽辺族(あそべぞく)はそれまでのような生活ができなくなった。生き抜く為には工夫しなければならず、頭を使ったことから知覚が発達し、体形や頭脳の働き、身長も伸びた。体をおおっていた毛はなくなり、石を割って矛や刀を造り、それを使って狩りをすることを覚えた。阿曽辺族(あそべぞく)の長は、この技術を代々申し送りして伝えた。一族の暮らしは占いが生活の要となり、その占い師が一族の長となった。

 この時代の東日流(つがる)に起こった地震で生き残った阿曽辺族は、これは神の怒りによるものだとして、噴火の神を鎮めるためにはいけにえを捧げなければならないと、八月十五日の満月の夜にはいけにえに決まった若い娘に飾り付けをして火口に落として捧げ、次には食糧にする鹿や魚を捧げ、三番目には一族が大事にしている首飾りや宝物を落として捧げるという儀式を行った。
 そのいけにえの選定は占い師によって決められ、神のお告げとして家族に伝えられた。阿曽辺族のこのような悲惨、無残な習わしは、津保化族との合併まで続いた。
 一族の神は太陽と海と山で、毎日踊りを踊って崇めた。その踊りは笹竹を輪にして、毛はぎの毛皮を張ったものを打ち鳴らして踊る踊りだった。
 そして寿命は長くはなく、30ないし40歳で終わり、女は10歳で子供を産み、親子といえども成長すれば男女の交わりをし、子孫を残していった。
 女性は結婚すると顔に刺青をし、牙歯(げし)を抜く習わしがあり、男は強ければ多くの妻を持つことができた。