富士王朝のスメル族のグループ

■紀元前3500年頃

 富士王朝のスメル族のグループがメソポタミアでシュメール文明を築いた頃、日本では越の国(富山)を中心(首都)とした東アジア翡翠(ひすい)文化圏が形成されており、北アルプス立山の麓にある尖山(とがりやま:富山県立山町横江)は東アジアの首都の県庁所在地のような役割を果たしていた。
 尖山にはたくさんのラインが通っており、同時刻に鏡を使って太陽光を反射させ、モールス信号のようにそのライン上で光通信をしていた。ただし鏡といっても、新潟県や長野県の姫川で産出されたヒスイを磨き抜いて、鏡のように使った。