カルバリを示してはいない十字架

カルバリを示してはいない十字架------------------------------------------------------------------------

 古代人が目を細めて太陽を眺めてみると、瞼(まぶた)の中で太陽は十字の形に見えた。こうして「十字形」が最初の太陽の記号、あるいはシンボルとなった(十字はアヌンナキにとってはニビルの象徴)。大英博物館にあるメソポタミア時代の境界石にもそれが見られる。紀元前3000年頃の円筒印章や異教世界で使用された貨幣にも世界中で十字形が見られた。この封印には円と十字形の結合が見られる。この男女の結合を表わすシンボルはアフリカで多産の象徴として取り入れられた。
 エジプトでは「アンク十字」が不死身のシンボルであった。エジプトのコプト文化においては、背教した教会がその教理の象徴として異教のシンボルを取り入れた。それが初めて教会に取り入れられた時、もともとカルバリの十字架との関連は全くなかった。

 異教の神の十字形はあらゆる形で教会に取り入れられた。そして今日、これらの十字形や様々な異教のシンボルは教会の祭壇、建築物にも見られ、十字形は教会に於いて、礼拝の主要な対象となっている。お守りとして首にもかけられている。司祭たちはイニシエーション(秘伝の伝授、入団式)に於いて、十字の形をとって床に横たわる。他には二重の十字形がある。古代バビロニアの太陽神シャマシュ(アヌンナキのウツ。別の意味ではイナンナの象徴)の象徴である。


 メソポタミアのいたるところで、それが象徴として用いられていた。ギリシャの貨幣にも描かれている。そしてそれがローマの聖ペテロ寺院(バチカンのサン・ピエトロ大聖堂)の床にも描かれている。この二重十字は教会のいたる所で見られる。