5章 アマゾン文明と大洪水 : 地球人のルーツ

■紀元前1万8000年頃

アメリカ大陸のカ・インの子孫--------------------------------------------------------------------------

 マルドゥクは地球人の中で勢力を増大しているのかどうか、ニヌルタは注意深く観察した。
「エンキとマルドゥクは何を企んでいるのでしょう?」
 ニヌルタは父エンリルに言った。
「私は行って、カ・インの子孫を見つけ出し、あなたと私の領土を彼らと共に準備しましょう。」
 地球の反対側へニヌルタは行き、カ・インの子孫を彼は見つけた。道具の作り方や音楽の奏で方を、ニヌルタはカ・インの子孫らに教えた。採掘の仕方や精錬・精製の方法を彼は彼らに示した。バルサム樹でいかだ舟を造る方法を彼らに示し、大洋の航海の方法を教えた。


 新しい土地に彼らは領土を確立した。ツイン・タワーのある町を彼らは建設した(ボリビアのチチカカ湖に都市テクノを築いた)。それは海を越えた領地だった。新しい「天地の絆」のある山間の土地ではなかった。
 こうしてニヌルタが南北アメリカ大陸に行って、カ・インの子孫に文明を築かせた。この地域の文明は、いざという時のためにとっておく隠された文明圏、というようなものだった。


縄文時代前にすでに日本では船が使用されていた----------------------------------------------------

 国立遺伝学研究所の遺伝学者、斎藤成也氏によると、日本では縄文時代が始まる前の紀元前18000年頃には、東京都に属する伊豆諸島の神津島(こうづしま)から出土する黒曜石(こくようせき)を、本州の人々が船で渡って採取し、使用していたと述べている。その流布範囲は広く、東は東京都、西は静岡県西部、さらに内陸部の山梨県北杜市の横針前久保遺跡にまで達し、半径約180kmまで拡がっていた。これは旧石器時代の人々が船を使っていたことを示す貴重な間接証拠でもある。採掘は縄文時代まで続いた。また同氏は研究の結果より、北海道に住むアイヌの人々が最も縄文人に近い人々であったとも述べている。



 当時の人々は丸木舟を使っていた。千葉県市川市の貝塚を主体とする雷下(かみなりした)遺跡で、紀元前5500年頃の縄文時代の丸木舟が出土している。発見された舟はムクノキをくりぬいた丸木舟で全長約7.2メートル、幅約50センチ、厚みは船底部の端で約8センチだった。
 北海道大学植物園内の北方民族資料室には、1925年頃の大正末期に作られた「アイヌのまるきぶね」がある。これはヤチダモの木をくりぬいて作ったもので、長さが6メートル近くある。アイヌ民族は縄文人に最も近い人々と考えると、アイヌの丸木舟は縄文人の船と近しいと考えられる。丸木舟の製作は、アイヌの人たちにとってとても神聖なもので、作業をはじめる前と完成したときには、カムイノミという儀式をおこなって神にお祈りをささげている。


科学的に証明済みの南米沿岸部と日本に存在する同じ遺伝子--------------------------------------

 南米の太平洋側に位置するペルーには、インカ帝国を作ったのは日本人という伝説が存在する。そして科学的にも日本人など少数のアジア人だけが持つ遺伝子を、南米の沿岸部の人々が持っているという結果が出ている。次の動画ではインカ帝国を作ったのは日本人かもしれないとしているが、これらの巨石を用いた都市を作ったのはアヌンナキである。そこへ日本人がやってきて文化を広めた。



Y遺伝子からの考察(海を航海したC3*ハプログループ)----------------------------------------------

 2013年頃まで南米大陸の原住民の遺伝子はハプロタイプQと考えられており、中央アジアの同じハロタイプQの人々がベーリング海峡を越えて約15000年ほど前に移住したと考えられていた。
 しかし新たに南米の原住民居住区81箇所から、50の原住民部族の男性1011名のY遺伝子ハプロタイプを調べた結果、エクアドルのワオラニ族(アマゾン川流域の未開部族で、1960年代に文明と接触した原住民)に関連する14人にハプロタイプC3*が認められた。それ以外はすべてハプログループQであった。Y遺伝子とは男性染色体遺伝子なので、父親から息子に代々受け継がれてゆく。
 過去の報告を基にハプロタイプ(C3*)保有者の分布が、下の図に黄色で示されている。旧大陸ではカムチャッカ(38%)、内及び外モンゴル(それぞれ36%と38%)、太平洋沿岸では韓国(10%)、日本(3%)、但し、日本の先住民族北海道アイヌは約12.5~25%と高い。アイヌはハプロタイプDの頻度も高い(Dタイプは紀元0年前後に古代イスラエルより日本へやってきたユダヤ人)。

 しかし、このハプログループ(C3*)は、北米及び中央アメリカ原住民には明確に欠如していた。ひとつの仮説として、彼らは、アジアから沿岸航海或いは太平洋を渡ってそこに移住したシナリオを描くことができる。
 C-M217(C3*)ハログループは、アジアではモンゴル、韓国、日本に比較的高い分布を示していた。その他に、満州、ベトナム、雲南、タイ、インドネシア、フィリピン、などで検出されている。
 南米エクアドルのワオラニ族はジャングルの中で非常に文明と隔離された生活を長い間おくった部族であり、狩猟採取生活を行っている。隔離された閉鎖集団であるがゆえに、いとこ婚が多い。また、ワオラニ族は非常に好戦的部族であり非常に高い殺人率、結婚取り決めをめぐる紛争、過去の殺人に対する血の報復、密接な間柄での殺人などは当たり前に行われた。1970年代に収集された広範な家系について5世代前までの調査で、60%以上の成人の死亡原因は戦争であった。内訳は17%が外部からの襲撃、44%が部族内部でのいさかいによるものであり、暴力が死亡の最大原因だった。
 

太平洋を挟んだ文化交流と縄文土器---------------------------------------------------------------------

 この時代、日本と南米で太平洋を横断した文化交流が行われていた。いかだ船は海流に乗って移動し、黒潮の幅は日本近海では100km程度で、最大流速は最大で時速7.4kmほどにもなる。

 太平洋岸に面した宮崎市で縄文土器群が発見されているが、南米エクアドルのバルディビア土器は、太平洋岸に面した宮崎市の縄文土器群とそっくりの文様を持つ。しかしバルディビア土器の成分はエクアドルのものだった。この縄文土器が見つかったのは、宮崎市の中心部から車で15分ほどの跡江貝塚遺跡である。

 1990年に京都で行われた国際シンポジウムにハワイから招かれた太平洋考古学者の篠遠喜彦(しのとおよしひこ)氏は、南太平洋のバヌアツ共和国で縄文土器が発見されたと報告している。そのエファテ島のメレ村のヤムイモ畑から出てきた土器である。それは縄の模様をもった細長い独特の形をした土器であった。3年後にその土器を検討した考古学者で東北大学名誉教授の芹沢長介(せりざわちょうすけ)氏は、縄文の円筒下層C、D式に酷似していると発表した。円筒式土器の出土地域は日本列島のなかでも東北地方北部と北海道南部に限られており、当然ながら三内丸山遺跡からも出土している。
 更に、バヌアツ土器の成分分析をおこなった結果、青森県出土の縄文土器と一致したという研究も発表されている。


etc.

エクアドルからの出土品-----------------------------------------------------------------------------------

 日本と交流のあったエクアドルで、アヌンナキに関係する遺物が発見されている。

 考古学者クラウス・ドナ氏がエクアドルで発見した石の地図に描かれている線上には、次の巨石建造物が配置されている。ギザのピラミッド、ヨルダンのぺトラ遺跡、イラクのウル遺跡、イランのペルセポリス、パキスタンのモヘンジョ・ダロ遺跡など。この線は神聖緯度とされた北緯30度線と0度線が合わさった線。


 その石の世界地図には水晶で白い線が描かれている。中近東、サウジアラビアの辺りに埋め込まれた瞳の形をしたものがあり、そこから東西に走る水晶の線がある。東を辿っていくとインド、タイへ。西へ進むと南米のエクアドルに行くが、そこがこの石が見つかった場所。ここは世界中で最も水の質が良い所として知られている。

 次の「瞳つきのピラミッド」もエクアドルから発掘された石で、現在のイルミナティやフリーメーソンのシンボルともなっているもの。ピラミッドに目はアヌンナキが考え出したものであり、この石の下側に不思議な文字が見られる。ドイツ言語学所の所長だったクルト・シルドマン博士は、40ヶ国語以上にに精通していたが、彼の訳によると、これらは、地球で最も古いとされるサンスクリット語(紀元前1500年頃)よりもさらに古い言語とされている。この4文字は『創造者の御子来たる』という意味。
 瞳の下には13段の階段があり、米国の1ドル札に描かれたプロビデンスの目と同じである。「生命の樹」では、マルクトからケセドまでの7個のセフィロト、6個のパス、合わせて13の段階を経ることにより、“知識の門”の前に達する。これ故、13は神聖数字であり、13段はこれに由来する。この知識はニンギシュジッダが考えたカバラからである。
 また「瞳つきのピラミッド」の目は人間の目とは似ていない。裏側にはオリオン座の石の埋め込みがある。オリオン座には爬虫類人がおり、そこからニビルへやってきたアヌンナキもいるので、彼らの故郷とも言える。

 このような文字で書かれた遺物は、エクアドルをはじめ、コロンビア、米国イリノイ州、フランスのグローゼル、地中海のマルタ島(アヌンナキの多角形の石積みの遺跡がある)、トルクメニスタン、オーストラリア、南イタリアのカラブリアからも発見されている。世界中から発見された石、または陶器製のテラコッタに刻まれた文字が同じであるならば、サンスクリット文字より古いので、6千年以上も昔、世界中に一つの文明が存在していたと言える。
 シルドマン教授は、このサンスクリット文字より古い文字は、インダス、イースター島から見られる文字に似ていて、先サンスクリット文字と呼んでいる。


 次の画像の石に描かれている石の上に座っている男の人が、両手でピラミッドを持っている。その男の目から光線が発射されて、右に描かれたお辞儀をした二人の頭に当たっている。男は小さなヘルメットを被っているが、そのヘルメットにはアンテナのような物が出ていて、上の不思議な物体の方へと伸びている。

 次の右側の写真が、そのヘルメットの写真。

 次の画像のはエクアドルの同じ場所から発掘されたヒスイで出来た飲み物コップのセット。小さいコップが12個で、それぞれ大きさが異なっている。各コップを水で満たして大きなコップに入れると、大きなコップが不思議な事にちょうど一杯になる。別の不思議といえば、小さなコップに番号らしき刻みがあってマヤ文字に似ているが、細かい点で少しマヤ文字とは違う。
 大きなコップにはオリオン座の埋め込みがある。それから他の星座も。(アヌンナキはオリオン座出身もいるので、彼らの故郷でもある。)
 大きいコップの内側には強い磁気があるのに、なぜかコップの外側にはほとんど磁気がない。地質学者にいわせると、これは不可能に近いということ。なぜならもし金属物質が内側にあるならば同じように外側にも影響するはずなのに、不思議なことにそうなっていない。

 大きなコップのクローズアップ写真。精巧にできた星と星座の埋め込み模様。ブラックライトの下では鋭く光る。

 次の画像もヒスイでできたプレートで、大きなカップと同じくオリオン座の埋め込みがある。そして二人の人間が空の方を向いている。右側の小さな写真では、この二人の人物像の目とオリオン座が、ブラックライトの下で鋭く光っている。

   次の画像の左側は立派な芸術品で、茶色の石で固められ、真ん中だけ黒い色。これは普通の古代の技術では難しいと考えられている。近づいてみると長髪で、髭が長く、口と鼻もあり、目を瞑った顔をしている。左の端が欠けている。
 その裏側には渦巻きと三角形が描かれてい。三角形の中心は非常に強い磁力を発している。そしてブラックライトの下で光る。

 またストレート石でできたコブラが発見されてもいるが、コブラは南米には生息していない。コブラの石の裏側には33本の線が刻まれているが、33という数字は神秘主義で見られる有名な数字。

 この遺物は精巧に出来ているイルカの頭で、これもブラックライトの下で素晴らしく光る。

 次の左の写真は、花崗岩(かこうがん)で出来たヘルメット。その右の写真のように肩の上に乗せて、頭にかぶったりして使われたと考えられている。埋め込まれた点々が内側にあるが、専門家によると人間の頭に有る針治療に使うツボとされている。これもブラックライトで光る。

 次はヒスイのへびで、埋め込みの点々の物質は同じくブラックライトの下でよく光る。

 これは、中がきれいに型どられており、顔につけるとピッタリとフィットする。おそらくこの『面』を額につけて使用したのではないかと考えられている。ちょうど『面』の目にあたるところは埋め込みの細工があり、内側にはいわゆる第三の目がある。多分、何かの儀式や瞑想に使われた。

 次の左の写真はヒスイで出来た板で、渦巻き型をした埋め込みがある。右の写真もヒスイの板で、7つの輪が埋め込まれている。このヒスイの板もブラックライトの下でよく光る。7つのチャクラを表していると考えられている。

 次もエクアドルの同じところで発見された陶器の発掘物。どのようにして一つのまとまった陶器に焼き上げたのか解明されていない。

 次もエクアドルで発掘されたピラミッド型の石。上部にプロビデンスの目がある。渦巻き(イナンナのシンボル)とその他のシンボルも描かれている。それらは、チャーチ・ウッド氏により1880年にインドで発見されたナカルの碑に描かれたシンボルと似ている。訳は『沈んだムー大陸についての話』。

 次は大理石でできた渦巻きの埋め込みのある物質で、ブラックライトの下でよく光る。

 次の画像も、プロビデンスの目が描かれたピラミッド型の石。その右の写真では、オリオン座とその3つの星が埋め込まれている。この3つの星の配列位置は、エギプトのギザにある3つのピラミッドの配列位置を思わせる。(エジプトのピラミッドにも多角形の石積みがあるのでアヌンナキが作ったとわかる。)

 次の画像の左側は、陶器でできた像。その座り方は、先コロンブス文明というよりはアジアで見受けられる蓮華座(れんげざ)の座り方に似ている。頭にかぶっている小突起が多くついている兜(かぶと)は、仏像によく見られる物と同じ。口に蛇をくわえているが、蛇と言うのは昔から神秘主義の重要な象徴として知られている。従ってこの像は、先コロンブス文明よりさらに前の、今までにまだ知られていない時代の物と考えられている。
 その右側の像の座り方を見ると、よりアジアの文明に関係している様に見える。頭の被りものの中央に、不思議な蛙(エンキのシンボル)の頭の形が彫刻されている。昔から蛙は、古代南米で神秘主義の重要な象徴として知られている。先コロンブス文明よりさらに前の物と考えられている。

 次の左の画像は別の陶器の像で、彼の左手には一種のプレート板のようなものを持っている。これもまた、先コロンビブス文明のものより前のものと考えられている。
 右側の画像の手に持った棒には、蛇が巻きついている。これもまた蛇のモチーフ(蛇一匹が巻きつくのはエンキのシンボルのことが多い)だが、いったいこれらの像が誰によってどこで作られたのか解明されていない。ただプロビデンスの目やオリオン座の埋め込み、渦模様、蛇のシンボルなどの共通点から、アヌンナキが作ったものと考えることができる。

etc.

エクアドルのタヨス洞窟からの出土品------------------------------------------------------------------

 エクアドルにあるタヨス洞窟(Cueva de los Tayos)からも、数千におよぶ金属製の古代の文書が発見されており、それをカルロ・クレスピ氏(1891年〜1982年)が所有していた。ここでも出土品の共通点から、アヌンナキが関係していたことがわかる。

 エクアドルからはピラミッド、太陽、動物などが描かれた遺物も発見されている。現在の南米大陸にゾウはいないが、紀元前1万年以前には南米大陸にもゾウがいたことが分かっている。


タヨス洞窟では、数千におよぶ金属製の古代の文書も発見されている。


 タヨス洞窟で見つかった神官とされる人物と蛇。

 タヨス洞窟のその他の遺物。 

 次の画像の中央の人物は胸を触っているが、バビロニアなど世界中で見つかっているイナンナのポーズと共通している。 

 タヨス洞窟で発見されたアヌンナキの鷲(わし)のマスクをかぶった遺物は、紀元前2000年頃のメソポタミアのアッシリアのアヌンナキの遺物と同じ図柄となっている。

 タヨス洞窟では、アッシリアで見られる人頭有翼獣像(じんとうゆうよくじゅうぞう)も発見されている。

 また古代エジプトの女神ハトホルと同じデザインの像も、タヨス洞窟より発見されている。

 古代エジプトの女神セクメトと同じデザインの絵も、タヨス洞窟より発見されている。


ボリビアのティワナクやプマ・プンクはアヌンナキの都市-----------------------------------------

 ボリビアのチチカカ湖周辺にあるティワナクには、多角形の石積みが見られることから、アヌンナキが作った場所ということがわかる。


 このティワナク遺跡の中心部分の約130x120mの長方形をした構造物はカラササヤと呼ばれ、中に「太陽の門」やいくつかの石像がある。現在のカラササヤは復元されたもの。
 カラササヤが精巧な天体観測所として機能していたことを多くの学者が認めている。夏至や冬至などの季節的な変化を精密に割り出すために、春夏秋冬の太陽の出没の方位などを観測していたようである。
 ラパス大学の故アーサー・ポスナンスキー教授とロルフ・ミュラー教授が黄道傾斜から計測したカラササヤの建造時期は、紀元前1万5000年頃としている。両教授は、紀元前1万年頃の大カタスロフィーの発生によって、ティアワナコ全体の崩壊が起きたと述べている。このティワナクのすぐ近くにプマ・プンクがあり、そこにも精巧にカットされた大きな石があることから、プマ・プンクもアヌンナキが作った場所と考えられる。


ボリビアでの発掘品----------------------------------------------------------------------------------------

 このボリビアのチチカカ湖周辺からも、アヌンナキに関する物が考古学者クラウス・ドナ氏によって発見されている。

 次の画像の左は、ボリビアのアルティプラーノの写真。考古学者を始めとする、多くの調査関係者たちによると、紀元前2000年より前にアルゼンチンであった大衝撃が地震波となって、ボリビアのアルティプラーノの多くの古代遺跡の石の建造物を破壊したのだろうとされてる。 
 画像の右は、ボリビアのプマ・プンクの写真。ここはティワナクの近くで、奇妙な場所が多い所。ここに見られるのは精巧に切り取られた石板で、このように破壊されている。

 ある研究者によると、次の門の上部に描かれているのが金星の満ち欠けに関するカレンダーになっていると述べられている。

 次の写真は、プマ・プンクの大きな石のプレートで、その石の細工技術がいかに精巧な物であったことかを見ることができる。このような細工をするには、原始的な道具だけではどうにもしようがなかったに違いない。
 十字の模様はニビルを表すもので、紀元前1400年頃のメソポタミアのバビロニアの円筒印章にも十字を見ることができる。下記の円筒印章を説明すると「崇拝者は十字架に向かって手を上げていて、彼の目の前には犬と花がある。右側の碑文は太陽神シャマシュへの祈りと書いてある。」

 プマ・プンクのそばで、背丈が2.6mもの巨人(アヌンナキのハイブリッド)の骸骨が見つかっている。次の画像の左側の写真では頭骸骨が奇形発達している様にも見えるがそうではなくて、ごく自然のもの。右下の写真では、顎(あご)がいかに発達していたかが判る。
 そして左上の写真では、人間の頭骨の頂点にある3つの骨がない。ということは、これらの骸骨は、普通の人間(ホモ・サピエンス)の物ではないということを表している。

 次の写真の遺物は、先程の巨人の骸骨が発見された傍(そば)で見つかった『面』。この面は身長2.6メートルもある巨人の物に合うサイズとなっている。また渦模様が無数に装飾されており、世界中のアヌンナキの遺物と同じ共通点となっている。

 次の画像もボリビアから発掘された別の面。これらにも渦模様(イナンナのシンボル)や、その他のシンボルが多く描かれている。これらのシンボルは、他の文明でも用いられている。

 次の画像はとても重い石の像。これもまた頭の上から蛇がずっと背中の後ろへと垂れている。右側が裏側からの写真。この蛇という生物は、古代において非常に重要な意味を持つ生き物だったと言うこと。蛇はエンキのシンボルでもある。

次は石でできたフルート。このフルートから発される音は、正確にその周波数が人間のリラックス時の脳波と同じようになっている。ということは、このフルートは瞑想や治療に使用されたと考えられている。口を当てる穴は2つずつ中で繋がっている。その細工は精密で完璧。加工に当たって、この非常に硬いスレート石を、これほど精密に細工して中で繋ぐ事は、原始的な道具だけでは不可能。現代技術を使っても、こうした加工は非常に難しい。これはちょうどU字型の穴を石の中に細工しなければならず、本当に精巧に出来ている。

 次の画像はボート形をしたもので、3本のフルート・パイプがその端に付いている。穴も精巧に出来ている。

 次の画像の左側は別のフルートで、とても小さい物。そおっと吹くと音が出る。その音はイルカが出す音に似ている。右側の遺物は使用意図不明。


コロンビアでの発掘品-------------------------------------------------------------------------------------

 コロンビアの高名な建築家で、工業デザイナーでもあるハイメ・グィアレツ・レガ教授は、何百年も前から発見されて来た不思議なコロンビア遺産を収集している。

 彼のコレクションの中で最も重要なのが、いわゆる遺伝子ディスクと呼ばれる物で、このディスクはスレート石という硬度が花崗岩(かこうがん)ほどの、非常に硬い石で出来ている。この遺伝子ディスク直径は27㎝で、その表と裏に顕微鏡を使用しないと描けないような絵が描かれている。例えば、表側の11時に当たる所に人間の受精卵と夢精卵、1時の所に精子などが描かれている。一番左側の写真は、スウェーデンで撮られた人間の受精卵と夢精卵で、この遺伝子ディスクのこの絵と似ている。
裏側は、上部に胎児の発達が段階別に描かれている。発達期間とそれに伴う成長段階、最期に子供の絵が描かれている。下の方の約6時の位置に、男児と女児の区別が描かれている。また3時の所には成長した男性と女性、子供が描かれている。しかし不思議なのは、頭の形の描き方。

 次はスレート石でできたナイフ。手で持つところに母親と幼児の顔が描かれている。ヘソの緒(お)が胎児の首に巻き付いている。ということは出生の際、胎児の命を守るために、このナイフでヘソの緒を切る為に使用されたと考えられる。右側の画像が母親と幼児の顔のクローズアップ。

 次の画像の器具は同じくスレート石でできており、出産が順調に行かない場合、胎児の出生を助ける為に使用されたと考えられている。右側の画像はこの道具の裏面で、親指を当てる所になっている。このように指先だけで操作する様になっているので、非常にデリケートに施術をすることが可能となっている。これは、現代の医者によって使われている器具が、時として胎児の頭を損なうのに比べ、もっと安全に胎児の出産を促す事が出来ると考えられている。

 こうした医療器具が現在から見ても、非常に精巧に出来ているのがわかる。これらは写真では見にくいが、実際は写真で感じるよりかなり小さな器具となっている。ウィーンで材料科学の世界的権威の専門家に検査してもらったところ、スレート石で出来ている事は確かだった。そして形自体もそうだが、それらをよく調べたあと、彼は最後にこう言った。
「誰がどのようにして加工したのかは不明です。と言うのも、現在の技術を使っても、こうした器具を加工することは不可能でしょうから..」

 この遺物がどのくらい古いものなのかもわからず、これらはコロンビアで発見されたが、先コロンブス文明の物にもフィットしない。そうすると紀元前4000年よりも前の物、ということになる。しかし現代人は、このような器具のスレート石加工技術の背景にある文明についてなにも知らない。この出産道具は、どんなサイズの手にもピッタリと適合して、それぞれ使用する個人の手の大きさにあうように設計されている。

  次は発見された像の一つ。画像右側はクローズアップ写真。

 クラウス・ドナ氏は冗談半分に、次の像を『歯医者の患者のいす』と名付けた。スレート石で非常に精巧にできている。しかし不思議な事は、このように精巧に出来ている割には、座っている人物が異常に大きな丸い目をしていて、鼻が平で大きな口をしていること。その理由に関してはなにも判っていない。

  次もコロンビアから出たスレート石でできている母子像で、裏側はおそらく男性が狩りに行く装いと推測されている。

 次は、コロンビアから発掘された高さ30㎝ほどの石の像で、イースター島のモアイ像とそっくりのモデル。後述しているが、イースター島のモアイ像もアヌンナキが作った物。

 次は良く出来た石の彫刻。画像左側では鳥の頭と羽。画像右側の前方から見た場合、二羽の鳥の絵が端でひとりの人間の顔になっている。


 次は子どもを抱く母像で、母親はかなり奇妙な顔をしている。一種のヒスイのような材料でできている。

 次はヒスイでできている石像で、これもコロンビアで発掘された。アルマジロの形に細工してある。その背中には、耳が長くて角が頭にある不思議な顔が描かれている。

 次は背中に笑い顔がある遺物。画像左側に2つの三角形が見える。反対側の画像右側には顔が見える。動物の顔や不思議なシンボルも描かれている。
 

ペルーのカブレラストーン--------------------------------------------------------------------------------

 南米ペルー南部のイカからは、カブレラストーンと呼ばれる恐竜と人間などが描かれた石が出土している。恐竜は約6600万年前に絶滅したとされているが、出土したカブレラ・ストーンは年代測定の結果、1万2000年以上前に作られたということがわかった。
 カブレラ・ストーンの一つには、ナスカの地上絵の猿と同じ猿が描かれた石もある。ナスカの地上絵がアヌンナキによるものであることは後述しているが、つまりカブレラ・ストーンもアヌンナキ作ということである。
 またアヌンナキのシンボルとしてよく出てくる螺旋状に絡まった蛇や六芒星のカブレラストーンも発見されている。












■紀元前1万5000年頃

西アフリカの巨人像----------------------------------------------------------------------------------------

 イタリアの地学者ピットーニ氏は、西アフリカのギニア共和国とマリ共和国の国境に近いところで、紀元前1万年頃の遺物を発見している。

 次の石の像は、約20m〜50mほどの地下で発掘された。ピットーニ教授は、その場所で有機物を採取して年代測定を行ない、この像がどのくらい古い物か調べた結果、古い物は紀元前1万5000年、そこから紀元前500年までのものという結果だった。画像右側は、花崗岩(かこうがん)で出来ている像で、ノモリ像と呼ばれている。右腕に装飾がある。

 次はゾウに座る男性像で、巨人に関する伝説がアフリカの各地にあることを思い起させる。この石像は非常に硬くて重い物。ゾウが4mの大きさとすると、男性の大きさは約10mになる。

 次は、人間のような、もしくは爬虫類人(レプティリアン)のような人物像。手にポットのようなものを持っている。

 クラウス・ドナ氏が次の画像にある像の鉄玉の材料検査を依頼した翌朝、ピットーニ教授から電話がかかって来て、「クラウスさん、誰かにかつがれたんじゃないですか?というのも検査した結果、この鉄玉はステンレス・スチールで出来ているのが判ったのです。ステンレスは、20世紀の初頭にオーストリアで開発された物ですよ。このような古代の遺物で1万7千年(紀元前1万5千年)も前に作られたものに入っている筈はないんですが?」と言って彼は笑った。しかしクラウス・ドナ氏がすぐにピットーニ教授に電話すると、彼は笑いながらこう言った。「私も科学者ですから、へんな音がしたからといってこじ開けたりなんかしませんでしたよ。もちろんX線写真を撮ってからです。」 ここに見る様に、画像右側のX線写真は、閉じた像のなかにちゃんとステンレスの玉が入っているのが見える。元々それが中に存在していた証拠である。
 このX線写真でわかるように、ピットーニ教授が言う通り、この恐竜のような顔をした像は、古代において一度穴を開けられ、ステンレス玉(写真では像の足元の左側の小さい黒い鉄の玉)が入れられたあと、石の破片(右の石)で、その穴を精巧にきちんと塞いだ。ピットーニ教授は専門家に依頼して注意深く開けてもらったので、ステンレスの玉は古代に中に入れられていたという事がわかる。

 
■紀元前1万2000年頃

縄文文明と環太平洋文明-----------------------------------------------------------------------------------

 この頃、日本ではすでに縄文文化が始まっていた。南米で文明を築いたカ・インの子孫は航海術には優れていたので世界中に広がり、南米から南北アメリカ大陸、ミクロネシアやポリネシア、そして、日本まで広がっていた。この一大文明圏が後にレムリア文明と呼ばれた。

 考古学者の発掘調査により南カリフォルニアのモハーベ砂漠辺りでは、紀元前11000年頃の9000個ほどの工芸品が発掘されている。また近くのチャンネル諸島のサン・ミゲル島からも、紀元前10000年頃の工芸品や有舌尖頭器(ゆうぜつせんとうき)が発掘されている。発掘物の形跡から人々はこの最終氷期の時期に、太平洋沿いを南からアラスカに向かって移住していったことがわかっている。

 このアメリカのカリフォルニア州のチャンネル諸島から発掘された有舌尖頭器(ゆうぜつせんとうき)が、山形県で発掘された紀元前1万2000年頃の縄文時代の石器ととてもよく似ていることを、東北芸術工科大学の考古学者、長井謙治氏が発見した。つまり、太平洋を渡って南米のエクアドルと日本に交流があり、その文化が北米にも広がった。

 こういったことから見えてくることは、人間はアヌンナキから進んだ科学技術などを教えられていたわけではなく、とても原始的だったということ。反対にアヌンナキが住む都市は彼らの科学技術で作られていたことがわかる。



■紀元前1万800年頃

大洪水の前兆-------------------------------------------------------------------------------------------------

 マルドゥクとイギギが地球人女性と結婚したことにより、エンリルは動揺して、心がかき乱されていた。彼の目には、アヌンナキ・ミッションは堕落したと映った。また、わめき叫ぶ地球人たちの集団、地球人たちの意見表明がうっとうしかった。その時代、疫病やペストが流行り、地球人は打ちひしがれていた。地球人に治療方法を教えたいとニンマーが申し出たが、エンリルは禁じた。地球人に運河と人工池の建造を教え、海から魚や食べ物を入手させるようエンキは進言したが、エンリルは禁じた。
「飢えと疫病で地球人を滅ぼそう!」
とエンリルはエンキに言った。ジウスドラ(ノア)が地球人の代弁者として主エンキの家に行き、助けと救済を求めたが、エンキはエンリルの法に縛られ、何もできなかった。

 この頃、3600年周期でニビルが太陽系に近づいていた。惑星の異変が、ニビルから観測された。太陽の表面には黒い点が現れ、表面から炎が噴出した。計り知れない理由から、太陽系の天体は不安定な様相だった。地球では3シャル(1万800年)、4シャル(1万4400年)と“白い土地”の化粧が観測された。ネルガルとエレシュキガルによって、“白い土地”の雪に奇妙なゴロゴロ鳴る音が記録され、雪氷(せっぴょう)が滑っているのが観測された。“海の向こうの土地(南米)”ではニヌルタが観測機器を設置し、地球の底での揺れに気付いた。エンリルはニビルに警告を発した。ニビルの接近により、地球はその巨大な重力に囚われ、“白い土地”の雪氷が滑り落ち、水の大惨事を引き起こすことを、ニビルは返信した。アヌは、地球と火星(ラーム)から避難するよう命じた。

 こうして異変は太陽に現れたのである。この状況は、ニビルの接近も大きく影響していた。その徴(しるし)は地球上でも現れていたが、特に太陽の変化が激しかった。黒点の増大と、太陽フレアの活発化である。困難な状況を利用して、エンリルは人類を滅ぼそうと企んだ。
 このような太陽の変化は、アダムとティアマトのエディン追放後、ニビルが接近した時の変化と類似している。メソポタミアの古文書には、洪水前の(物質的、精神的)荒廃状況を記したものがあった。

“第3シャアトタムがやって来た。人々の姿は飢えのために変わってしまった。(中略)第6シャアトタムがやって来た時、人々はその娘を食事のために用意した。子供を食物にしたのだ。1つの家族が他の家族をむさぼり食った。”

 これは本当に共食いを始めたわけではなく、後に生じた誤解である。しかし神々アヌンナキのエゴは凄まじく、それによってニビルは滅びた。後に、そのエゴを人類が背負うことになり、人類も存続の危機に直面する。粘土板には、ニビルはしばしば十字で記されているが、まさに人類はニビルとアヌンナキのエゴという十字架を背負わされたわけである。


謎の密使ガルズ----------------------------------------------------------------------------------------------

 地球では、いつでも脱出できるように準備が整えられた。ある時、“空の二輪戦車”の1つから、1人の白髪のアヌンナキが降り立った。ガルズ、“大いなる知者”が彼の名だった。彼は威厳ある歩みでエンリルに近づき、アヌから封印されたメッセージを手渡した。
「私はガルズ、王と議会の全権密使です」と彼は言った。エンキとニンマーも召集された。アヌからのメッセージには、王と議会に代わってガルズが話し、彼の言葉はアヌの命令である、と書かれていた。ガルズはニンマーと同じ学校の同級生だったことを明かしたが、ニンマーは思い出せなかった。彼は息子のように若く、彼女は年老いた母親のようであった。ガルズは言った。
「説明は簡単につきます。我々はニビルで冬眠します。その生涯サイクルによって、引き起こされているのです!実に、このことが私の任務の一部で、避難に関する秘密です。ドゥムジがニビルに滞在して以来、ニビルでは戻ってくるアヌンナキを検査しました。すると、彼らはニビルのサイクルに馴染めなくなっており、睡眠は妨げられ、視力は劣り、重力が歩行に重さを加えました。そして、息子は残していった両親よりも老けており、精神的ダメージを受け、死が帰還者たちに訪れました。このことを、私は警告しに来たのです」
 指導者たちは押し黙った。エンリルは怒りに襲われた。
「エンキと地球人によって、我々は主人から召使にされてしまった!」とエンリルは激白した。
「ニビルでは、“万物の創造主”がなされるままに“宿命”に委ねるべきか、あるいは地球に起こることは“万物の創造主”によって考えられたもので、我々はその密使をうっかり見落としているのか、そのことについて議論を続けてください」
とガルズは言った。そして「ニビルからの密命です。あなたがた3人は地球に残る。ニビルに帰ったら、死ぬだけです。“空の二輪戦車”で地球の周りを回り、災害を辛抱強くやり過ごすのです。他のアヌンナキは、立ち去るか、災害を辛抱強く待つのかを選ばせます。地球人と結婚したイギギは、出発か配偶者かどちらかを選ばなければなりません。サルパニトを含め、地球人は誰一人として、ニビルに来ることは許されません。留まって何が起こるのか見届ける者は、“空の二輪戦車”に避難するのです。その他の者たちについては、ただちにニビルへ出発する準備を整えなければなりません」とガルズはニビルの指示を秘密裏に指導者たちに明かした。
 こうして謎のガルズによって、生涯サイクルの秘密が明かされ、大災害に備え、地球のアヌンナキとイギギたちはどうすべきか、彼によって指示された。


自らの運命の決定-------------------------------------------------------------------------------------------

 エンリルはニップール(ニブル・キ)で、アヌンナキとイギギの司令官たちによる会議を招集し、事態を話した。

「立ち去ることを望む者は全員、準備された“空の船”でニビルに退避する。だが、地球人の配偶者がいる者は、配偶者を置いて立ち去らねばならぬ。配偶者や子供に愛着のあるイギギは、彼らを地球の一番高い峯に逃れさせよ!そして、留まることを望む者たちは、“天の船”で地球の空中に残ることになる」とエンリルは言った。そして「司令官として、地球の“宿命”を目撃するために、私は留まる最初の者となろう!他の者たちは、自分で選択すれば良い!」と続けた。
「私は父と共に留まる」とニヌルタが言った。「大洪水を月で待ちたい」とナンナルは奇妙な願いをした。イシュクルは父と共に留まることを決意した。他、ウツとイナンナ、エンキとニンキ、マルドゥク、ネルガル、ギビル、ニナガル、ニンギシュジッダ、ドゥムジも留まることを決意した。そして、ニンマーは「私が創造した地球人を、私は見捨てません!」それにエンキが続いた。「驚くべき“生き物”は我々によって創造された。我々によって守られるべきだ!」と叫んだ。

 しかしエンリルは、事ある毎にエンキが逆らい、婚外交渉でアダパなどをもうけ、彼を“天”へ連れて行き、ニビルの叡智を授けたこと、エンキの息子マルドゥクのせいでイギギが地球人女性と結婚してしまったことなどを非難し、「もう十分だ!これ以上、忌まわしい行為を続けさせはせぬ!」と腹立たしげに宣言した。そして、成り行きを妨げることなく成るがままにしておくことを、他のアヌンナキたちに宣誓するよう要求した。
 最初にニヌルタが、後にエンリルの息子たちが続き、それからネルガル、エンキの他の息子たちが続いた。ニンマーも涙ながらに誓った。エンキはエンリルに言った。「何故、私を誓いで縛ろうとするのだ。私は洪水を止めることはできないし、地球人の群集を守ることはできない。エンリルに永久に責任をとってもらおう」。
 エンキとエンリルの対立はこれほど激しかった。特に、エンリルのエゴはマルドゥクと同じぐらい激しかった。むしろニビルの法に照らし合わせれば、エンリルの言っていることが正当なので、エンキのエゴであった。


遺伝子の採取と保管----------------------------------------------------------------------------------------

 エンリルは命令を下し、それぞれがそれぞれの宿命に従った。海の向こうの山間地(南米)にはニヌルタ、“白い土地”にはネルガルとエレシュキガルが観測のために配置され、地球人たちからの襲撃の警備をイシュクルにあたらせた。
 エンリルはエンキに言った。「万が一にも助かった時のために、これまでに起こったことをすべてタブレットに記録し、地球の奥深くに埋めておこう」エンキは賛同し、“メ”とその他のタブレットを黄金の箱にしまい、シッパールの地中深く埋めた。
 
 そして、エンキは密かにニンマーに話しかけた。「エンリルは地球人だけにこだわっているので、他の生物に気が向いていない。絶滅から救うため、2人で生命の種子を保存しよう。彼らの生命エッセンスを保管のために抽出しよう!」ニンマーは、その栄えある任務に同意した。ニンマーはシュルッパクで何人かの助手の手を借りて、エンキはアブズでニンギシュジッダの助けを借りて、“生命の家”で男性と女性のエッセンスと生命の卵を集めた。それぞれの種類で2個ずつ、シュルッパクとアブズに2個ずつ保存した。それから、ゴロゴロという音が不吉だ、という知らせがニヌルタから、“白い土地”が揺れているという知らせがネルガルとエレシュキガルから発せられた。
このタブレットを保管した黄金の箱は、契約の箱の原型である。人類を創造したエンキとニンマー、ニンギシュジッダが中心となって、秘密裏に地球上の生物種を救ったのである。


ガルズからのエンキへのお告げ---------------------------------------------------------------------------

 シッパールにすべてのアヌンナキが集まり、“大洪水の日”を待ち受けた。

 ある日、エンキが夢物語を見た。天空のように明るく輝く1人の男が現れた。それは、白い髪のガルズであった。彼は右手に尖筆(せんぴつ)を、左手にラピスラズリの石板を持っていた。彼はエンキのベッドに近づいて来て、こう言った。
「あなたのエンリルに対する非難は不当である。あの決定は、彼ではなく“運命”が定めたものである。さあ、“宿命”を手に取りなさい。地球は地球人に受け継がれるのだ。ジウスドラを呼び寄せ、誓いを破ることなく、彼に迫り来る大災害について明かせ。押し寄せる水に耐えられる船を造るよう命じるのだ。この石板に描かれたものと似たものを。その船で、彼とその親族を救うのだ。そして、他の動植物も、有益なものすべての種子も持たせるのだ。それが、“万物の創造主”の御意思である!」
 ガルズは尖筆(せんぴつ)で石板に絵を描き、エンキのベッドの横に置いた。そして、その光景が薄れていくにつれ、エンキは目覚めた。「この意味は何なのか。どんな前兆が隠されているのか」驚いたことに、ベッドの横に、その石板が実際に置かれていた。そこには、船の設計図が描かれていた。エンキは自分の密使たちを送り出し、ガルズを探させた。しかし、ガルズは見つからなかった。

 ノアの箱舟の設計図は、ガルズがエンキに手渡したのである。しかも、“万物の創造主”の御意思、という名目で。しかし、前述の話と合わせても、ガルズという人物を登場させることにより、アヌンナキ=「神々」でさえ、宇宙創造の“万物の創造主”の御意思=宇宙の法則・宿命には逆らえない、ということを暗示している。ならば船の設計図は、エンキが描いたということになる。“メ”をすべて持っているのはエンキなので、それも当然ではある。
 そして、この夢物語が、後の聖書に於ける預言者の夢物語や幻視の原型となっている。後世には「神々」が直接手を下すのではなく、このような“お告げ”の形式で人類を導くという方法を採るために、このような話が創られた。さらに、アヌはガルズという密使を知らない。つまり、ガルズは“人類の救世主”の予型(よけい)である。そして、このような“お告げ”“予型”という“知恵”を考えることができるのも、知恵の神エンキに他ならない。何よりもこのタブレットは、“主エンキの御言葉”なのである。


ジウスドラ(ノア)への警告---------------------------------------------------------------------------------

 その夜、ジウスドラ(ノア)が寝ている葦の小屋へエンキはこっそり行った。誓いを破ることなく、エンキは葦の壁に向かって言った。「起きろ、起きるのだ!」ジウスドラが目覚めると、更に続けた。「葦の小屋よ、私の指示に従うのだ!あらゆる都市に大災害が襲い掛かる。それは、人類とその子孫の破滅となる。さあ、私の言葉に耳を傾けるのだ。家を捨て、船を造れ。財産を一蹴し、命を守るのだ!その設計図は、石板に記されている。私はそれを、小屋の側に置いておく。船は隅々までしっかり覆うのだ。船は様々な方向に回転できるようにし、水の殺到を乗り切るのだ!7日間で船を造り、その中へ親類を集めよ。食糧と飲み水を山積みにし、家畜も連れて行くのだ。その後、指定された日に、お前に合図が送られる。私が任命した船頭が、お前のところへやって来る。その日、お前たちは船に乗り込み、大洪水に備えるのだ。恐れることはない。その船頭が、安全な場所へお前たちを導く!」
 ジウスドラはエンキの声に跪(ひざまず)き、「我が主よ、お顔を見せて下さい!」と叫んだ。エンキは「私はお前にではなく、葦の小屋に対して喋ったのだ。エンリルの決定により立てた誓いに、私は縛られている。もし、お前が私の顔を見たら、お前は他の者たちと同じように死ぬことになる!さあ、葦の小屋よ、私の言葉に心を留めるのだ!その船の目的、アヌンナキのことは黙っておくのだ。尋ねられたら、こう言うのだ。『主エンリルが主エンキに対してご立腹になられた。私はエンキ様のお住まいへ航海して行く。そうすることにより、エンリル様のお怒りが収まるかもしれない』と」

 このエンキが姿を見せない出来事は、神の姿が見えない原型となる。

 声が聞こえなくなると、ジウスドラは壁の後ろへ回った。そこには、石板が置かれており、船の設計図が描かれていた。刻み目が寸法を表していた。文明人の中でジウスドラは最も賢かった。言われたことを彼は理解した。朝、町の人々に彼は次のように宣言にした。
「エンリル様は私の主であるエンキ様に腹を立てていらっしゃる。そのためエンリル様は私をも憎んでおられる。この町に私はもう住めない。今後エディンにも行けない。アブズのエンキ様のお住まいに、私は船に乗って行くつもりだ。船を急いで造ってそれに乗って私はここを離れる。それでエンリル様の怒りも治まり、艱難辛苦(かんなんしんく)も終わりになる、あなた方の上にはエンリル様の恵みが以後注がれるようになるだろう。」

 人々がジウスドラの周りに集まったのは昼前だった。彼のために急いで船を建造しようと彼らは互いに激励し合った。年長者たちは船建造用の木材を運んで来た。若者たちは湿地帯から瀝青(れきせい:アスファルト)を運んだ。大工たちは木の板を打ちつけ、ジウスドラは釜で瀝青(れきせい)を溶かした。彼は瀝青(れきせい)で船の内と外を塗り防水し、板に描かれたような船が5日間で完成した。
 ジウスドラの出発を楽しみにしている町の人々は、船まで食べ物と飲み物を運んで来た。自分たちが食べるものでさえ彼らは持って来た。彼らはエンリルを早くなだめたかった。四つ足の動物たちも船に入れられた。野の鳥たちは自ら飛んで来た。ジウスドラは船にその配偶者と息子たちを乗せた。彼らの妻や子供たちもやって来た。
「エンキ様の住居へ行きたいものは、誰でも乗船できる」
 そうジウスドラは集まった人々に言った。皆エンリルの恵みを期待していたので、その呼びかけに注意を払ったのは僅かの職人だけだった。


船頭の到着---------------------------------------------------------------------------------------------------

 6日目に、“大いなる水の主”ニナガルがやって来た。彼はエンキの息子で、航海士として選ばれた。彼はヒマラヤ杉の箱を持っていた。そこには、エンキ、ニンマー、ニンギシュジッダによって集められた生物の生命エッセンス(DNA)と卵が入っていた。「エンリルの憤怒から隠し、地球が望むなら、命を復活させるために!」とニナガルはジウスドラ(ノア)に説明した。こうして、すべての獣たちのつがいが船に隠された。

 大洪水が待ち受けられたのは7日目、120番目のシャルだった。大洪水はジウスドラが3万6千歳の時、地球が黄道12星座の獅子座の位置にある時だった。そして、崩壊が迫って来たのは、ライオンの星座の位置であった。エンキの息子ニナガルがジウスドラを先導した。


ノアの大洪水発生-------------------------------------------------------------------------------------------

 大洪水の前の数日地球では振動音が続き、苦痛のうめき声のような唸(うな)りを地球は上げた。大災害の起きる直前の何日間かは、夜にはニビルが輝く星のように見えた。昼は暗黒で、夜は月がまるで怪物に飲み込まれたかのようだった。地球は振動を始め、今まで経験したことのないような網の力にそれは動揺した。夜明けの光の中に、黒雲が地平線(水平線)に湧き上がった。朝の光は漆黒に変わり、まるで死の影により覆われたかのようだった。すると雷鳴がこだまし、稲妻が空を走った。
「出発!出発!」
 ウトゥはアヌンナキに合図した。天の船の中に乗り込んだアヌンナキは、天の方へ舞い上がった。18リーグ離れたシュルッパクに、ニナガルは光り輝く噴出を見た。
 
「閉めよ!ハッチを閉めよ!」
 ニナガルはジウスドラに向かって叫んだ。彼らは一緒に引き戸を下に引き、ハッチを閉めた。船は完全に閉まっており水漏れの心配がなかった。内側には光は射し込まなかった。その日、その忘れられない日に、大洪水は轟音とともに始まった。地球の底にある「白い大地」では、地球の根底が揺れていた。それから千の雷鳴を合わせたような轟音を伴って、内陸の氷が滑り出した。今まで経験したことのないようなニビルの網の力で引きずり出され、南の海に雪崩(なだれ)を打った。内陸の氷は次から次へと崩れ落ち、「白い大地」の表面は割れた卵の殻のように崩れてしまった。
 たちまち大津波が生じ、水の壁は天にまで届いた。前代未聞の激しい嵐が、地球の底から唸り声を上げ、その風は水の壁を運び、津波は北の方向へ広がって行った。水の壁は北へ向かって突進し、南極大陸からアブズの地に到達した。そこから更に入植地へ向かってそれは進み、エディンを圧倒し、飲み込んだ。水の壁である大津波がシュルッパクに達したとき、ジウスドラの船は停泊地から持ち上げられ、放り投げられ、いわば水の奈落の底へそれは飲み込まれてしまった。完全に浸水したが、船は頑丈で、一滴の水も中には入らなかった。外では荒れ狂う波が死者の多い戦闘のように人々をなぎ倒し、人間は誰も見えず、大地は消失し、水だけがあった。かつて地上に立っていたものは全て強い水の力で洗い流されてしまった。その日が終わる前に水の壁は速度を増し、山々をも凌駕してしまった。



ノアの箱船---------------------------------------------------------------------------------------------------

 アヌンナキは天空の船で地球の周りを回っていた。彼らは部屋の中に群がり、しゃがんで外側の壁に寄りかかり、眼下の地球で起きていることを、目を凝らして見ていた。ニンマーは天空の船の中で、陣痛の女性のように叫び声を上げ嘆き悲しんだ。
「私の造ったものが池に溺れるとんぼのように水の中に沈んでしまった。全ての生命が荒れ狂う波によって洗い流されてしまった!」
 彼女と一緒にいたイナンナも嘆き悲しんでいた。
「眼下のものは全て、命あるものは全て、粘土に変わってしまった!」
 このように言いながらニンマーとイナンナは泣いた。彼らは泣くことにより感情を和らげた。他の天空の船ではアヌンナキたちが怒り狂う光景を見て謙虚な気持ちになっていた。その時彼らは自分たちよりも強い力を畏敬の念を持って見つめていた。彼らは地球の果物を食べたかった。発酵させた霊薬を飲みたかった。アヌンナキは互いに「見よ、粘土に返ってしまった!」と言い合った。巨大な大津波が地球を襲った後、天の水門が開き、突然天から地上にもの凄い水が降り注いだ。7日間、上からの水と「偉大な下(南極大陸)」の水とが混ざり合った。
 それから水の壁はその限界に達し、その殺戮を止めたが、空からの雨は更に40日40夜降り続いた。アヌンナキは座席から下を見下ろしていた。以前乾いた土地だった所が今では海になっていた。かつてその頂を天までそびやかしていた山々、その頂は今では島のように海の中に浮かんでいた。そして乾いた地に生きていた物はすべて大津波の中に滅びてしまった。

 それから水は最初の頃のように窪みの中に集められていき、前後に揺れながら日毎に水位が下がっていった。40日の後、ジウスドラ(ノア)は船のハッチを開け、自分の居場所を調べた。明るい日だった。そよ風が吹いていた。船だけが広漠とした大海に漂っており、その他には命あるものの気配は全くなかった。人類、命あるもの全てが、地表から洗い流されてしまった。
「我々数少ない人数以外は誰も生き残らなかった。しかし足を降ろすことのできる乾いた地はまだない。」
 そうジウスドラ(ノア)は親類たちに言い、座して嘆いた。

 その頃エンキが指名したニナガルが船をアルラタの双子山(アララト山)に向け、帆を張り、船を導いた。ジウスドラは待ちきれなくなり、乾いた土地を調べるため、鳥を放った。最初のツバメは帰って来た。次のカラスも帰って来た。最後に鳩を送り出すと、小枝をくわえて戻って来た。それにより、乾いた土地が現れたことを知った。


 ノアの箱船はトルコの東のアララト山に流れ着いた。


 アララト山にはノアの箱船の痕跡が残っている。箱船は、長さ133.5m、幅22.2m、高さ13.3mである。

 ノアの大洪水は、ニビルの巨大な重力で南極の氷床が崩れ落ちて発生した大津波が原因だったが、それだけではない。ニビルの接近により気候も大変動し、とてつもない豪雨が降り注いだ。これより以前には小惑星帯からの隕石が降り注いだ。これと同じことが太古の昔にも起きており、ニビルの衛星がティアマトに衝突して地球が誕生した。つまり、ニビルの長楕円周回軌道は、太陽系の惑星に対して、とてつもない影響を及ぼすのである。
 最近の接近は紀元0年前後、ベツレヘムの星として天空に輝いた。その時にイエスが誕生し、最接近の際に処刑され、天変地異が起きた。それは、聖書にも書かれている。そして沿岸部にあった都市、例えば日本近海の海底遺跡などは現在も海中に眠っている。しかし、その後、とうとうニビル人のエゴによって破壊してしまった。それで地球からも金が運ばれなくなった。現在のニビルは、遠日点から2~300年ほど地球側に向かっている距離にある。最接近は3500年頃である。

 この時の隕石の一部は、メキシコに落ちていた可能性がある。紀元前1万800年のこの時期はヤンガードリアス期と呼ばれ、約10年のあいだに気温が約7.7度以上下降したということが科学的調査でわかっている。これは氷期から間氷期に移行する時の急激な温暖化によって、北半球の氷床が溶解し、大量の淡水が大西洋に流入して海洋・気候のシステムに大きな影響を与えたためと言われていた。平成24年3月6日(火)の朝日新聞朝刊、37頁には次のようにある。
 「米科学アカデミー紀要(電子版)に、メキシコや米国などの研究チームが発表する論文によると、チームはメキシコ中部のクイツェオ湖にある1万2900年前の地層を分析。通常は見られない急激な加熱と冷却によりできたダイヤモンドの微粒子などが含まれていたことから、山火事や火山噴火ではなく彗星などの空中爆発や地上への衝突が起きたと結論づけた。」


 この出来事は、北アメリカ、中央アメリカ、南アメリカだけではなく、ヨーロッパ、アフリカ、そして中東にも影響を及ぼした。ヤンガードリアス期はヨーロッパに非常に大きな影響を与えたが、世界各地でも類似の現象が報告されている。

・ノルウェーやフィンランドがあるスカンジナビアにおける、森林から氷河性のツンドラ(代表的な植生がチョウノスケソウ)への交代。
・世界各地での山岳部、山脈部での氷河作用の進行もしくは降雪量の増加。
・アジアの砂漠起源の塵(ちり)の地球大気中への増加。
・レバント(シリア、レバノン、ヨルダン、イスラエル)の南部のナトゥーフ文化(紀元前11000年頃-紀元前8500年頃)で、農業が始まった原因と言われる。レバント地方の旱魃(かんばつ)。


 このニビルの接近の後、海水面が100メートル上昇した。そのため、多くの遺跡は海面下に眠ることになる。


 アメリカのフロリダ半島沖にあるバハマ諸島ビミニ島から1キロほどには、海底遺跡の寺院などが発見されている。同様に、キューバ沖の海底でもピラミッド複合施設が発見されたと報告されている。


The Lost Book of Enki / Zecharia Sitchin

 エンリルの赦し---------------------------------------------------------------------------------------------

 更に2、3日経ち、船は双子山の岩に停止した。「我々は救済の山にいるのだ!」とニナガルが言った。ジウスドラはハッチを開けた。外は晴れて穏やかで、彼らは外に出た。ジウスドラは「主エンキを褒め称えよ!主に感謝せよ!」と言った。ジウスドラは息子たちと石を集め、祭壇を築いて灯りをともし、香を焚きしめ、雌の子羊を生贄として捧げた。
 その時、地球の状況を把握するために、エンリルとエンキが空から“つむじ風(ヘリコプターに似た空中輸送機)”に乗って、アララト山に降りて来た。エンリルは、焚き火と肉が焼ける仄かな香りに当惑した。「大洪水を生き延びた人間がいるのか!」エンキと共にその方角に行ってみると、船、ジウスドラ、祭壇、そしてニナガルの姿が見えた。ニナガルを見つけたエンリルの激高は、留まるところを知らなかった。「地球人はすべて滅ぼすはずだった!」エンリルはエンキに詰め寄り、素手で殴り殺すのも辞さないほどの構えだったが、「彼はジウスドラ、私の息子だ!」とエンキは抗議した。「お前、誓いを破ったな!」「私はジウスドラにではなく、葦の壁に喋ったのだ。誓いは破っていない!」と言い、エンキはエンリルにガルズの夢の話をした。

 それから、ニナガルの知らせでニヌルタとニンマーが降りて来た。「人類の生存は、“万物の創造主”の御意思に違いありません」とニヌルタが言った。ニンマーはアヌからの贈り物である水晶のネックレスに、「人類の絶滅を二度と企てたりしません!」と誓った。エンリルは態度を軟化させ、ジウスドラと彼の配偶者エムザラの手を取り、祝福した。「実り豊かで増殖せよ!そして、再び地球を満たすのだ!」こうして、‘昔の時代’は終わりを告げた。

 聖書では主は唯一絶対的存在のため、この場面は矛盾している。主が自ら人類を創造したものの、人類に対して嫌気がさし、洪水で滅ぼそうとした。しかし、洪水後は増殖することを認めたという内容である。実は、人類を創造したのはエンキ、ニンマー、ニンギシュジッダであり、それを快く思わず、迫り来る大洪水で滅ぼそうとしたのはエンリルであり、人類を大洪水から助けたのはエンキとニナガルであり、赦しをエンリルから導いたのはエンリルの長男ニヌルタとその母でエンリルの元愛人ニンマーだったのである。
 人類を快く思わない怖い神の原型はエンリルで、それに対してエンキは常に人類に手を差し伸べた。
 なお、この場面は祭壇における燔祭(はんさい)の原型である。このようにエンリルは人類にとって怖い神なので、伊勢神宮の外宮(げくう)の風宮(かぜのみや)と内宮(ないくう)の風日祈宮(かざひのみのみや)の両方で祀られた。エンリルのシンボルは風である。


偉大なるアヌンナキ評議会と文明復興計画------------------------------------------------------------

 その後、水位が低下したためアヌンナキのラクブ・イラニ(神々の戦車)は、宇宙空間からアララト山頂に着陸した。ノアの操縦する潜水艦もアララト山頂に接岸した。この大洪水後の文明復興計画について話し合うため、「偉大なるアヌンナキ評議会」が招集された。そしてまず、地球を4つの地域に分割することが決定された。

◆第1地域――チグリス・ユーフラテス川流域地帯(メソポタミア)
◆第2地域――ナイル川流域地帯(エジプト)
◆第3地域――インダス川流域地帯(インド)
◆第4地域――ティルムン(シナイ半島)

 この各地域を段階的に復興させていくことが決定された。そして大洪水を生き延びた人類を3つのグループに分類し、第1地域、第2地域、第3地域に居住させた。第4地域ティルムンは「神々の領域」として、人類の立ち入りを禁じた。

 大洪水後の土地整理により、エンキはメソポタミアの領土をすべて失った。以後、第1地域(メソポタミア)と第3地域(インド)はエンリル派の領土、第2地域(エジプト)はエンキ派の領土、第4地域(ティルム=シナイ半島)は中立地域として、エンリル派・エンキ派いずれにも属さないニンフルサグ(ニンマー)が管理することになった。

 エンキが金坑アブズに左遷されて以来、アフリカ大陸はエンキ派の勢力範囲であったが、大洪水後はアフリカがエンキ派の唯一の領土になった。エジプトは当初、プタハ神であるエンキが9000年にわたって支配していたが、その後、息子のマルドゥク(ラー)に支配権を譲ることになる。しかし、さらに紀元0年頃にも大洪水が発生することになり、エジプトも壊滅したため再び御大(おんたい)のプタハ神であるエンキが支配権を握ることになる。

 ノアの後継者で黄色人種のセムの子孫は、シュメールの地でエンリルの都市の神官や王族として居留しており、アヌンナキの官僚として主要都市に配属されていく。
 また半神半人ジウスドラ(ノア)は、大洪水で失われた王の代わりに皇統たる資格を受け、本家の立場を引き継ぐ。
 こうして、大洪水によって壊滅した文明を早急に復興するため、人類を奴隷の地位から解放し、段階的に文明を与えていくことが決定された。とりあえず、各地域の人類に農耕と牧畜の技術を供与することが決定された。エンキは、ノアの方舟に保存していたDNAから、大洪水で絶滅した動植物をすべて再生した。神々は人類に農耕技術を伝達する。洪水後、1000年のあいだは平野は水浸びたしの状態が続いたため、人類は山間地域で種まきを始める。

 エンリルの息子ニヌルタは、メソポタミヤにおいて治水事業を実施した。広大な沃土(よくど)を生み出したうえで、人類に穀物を供与した。これにより、ニヌルタは農耕神として人類に崇拝されるようになった。またエンキは、遺伝子操作によって野生動物から家畜を創造した。そして、人類に家畜とともに牧畜技術を供与した。これにより、エンキは牧畜神として人類に崇拝されるようになった。アヌンナキからの農耕技術と牧畜技術を供与されたことにより、人類の中石器時代が始まった。

火星と月の荒廃----------------------------------------------------------------------------------------------

 大洪水後の地球はほとんど泥に埋まり、かつての都市は完全に消滅していた。しかし、ヒマラヤ杉の山々では、巨大なプラットホームが太陽光にきらめいていた。その“着陸場所”に、“つむじ風”や二輪戦車が次々に着陸した。火星(ラーム)のマルドゥクと月のナンナルにも、帰還の命令が出された。「火星(ラーム)はニビルの通行により荒廃し、大気は吸い出され、水は蒸発し、砂嵐の場所と化しています」とマルドゥクが報告した。
「月は単独では生命を維持できず、鷲(わし)のマスクをしてのみ、滞在が可能です。月の様相を見れば、かつてティアマトの軍団のリーダーだったことを、思い起こさずにはいられません。月は地球の運命と一心同体なのです!」とナンナルが報告した。

 大洪水時のニビルの接近により、火星の大気と水は無くなり、月も死の世界となった。ニビルの存在無くして、太陽系の秘密、太陽系の創世神話の秘密を解き明かすことはできない。このニビルは何度も周期的にやって来ており、その重力場や電磁場、衛星が恐竜の絶滅やノアの時代の大洪水のような大災害を引き起こす原因になった。しかし、この接近は、必ずしも恐れられていただけではない。アッカドには豊富な水がもたらされ、苦しみは洗い流され、混乱はほぐされ、神々は平和を与えた。古代メソポタミアやヘブライの書物にある“天の王”の再来の期待は、実際の経験に基づいている。その経験とは、王の星=神々の星ニビルが3600年周期で地球の近くに戻って来たのを、実際に目撃したからである。


 エンリルの長男ナンナルも月に惹かれていて、後にシンボルはエンキと同じ三日月となった。元の話を知っていないと、こういうところがカバラの解釈を難しくしている要因となっている。


地球再興の準備----------------------------------------------------------------------------------------------

 エンリルたちは、封印された“創造の部屋”を調べた。そこは、プラットホーム横の、遠く離れた時代の立坑(たてこう)だった。塞いでいた石をどけて入ると、閃緑岩(せんりょくがん)の箱があり、彼らは銅の鍵で封印を開けた。中には水晶の容器があり、ニビルの穀物の種子があった。外に出ると、エンリルはニヌルタに種子を渡し、「行け、山腹の台地で、ニビルの穀物でもう一度パンを供給させるのだ!」と命じた。ヒマラヤ杉の山々で、ニヌルタは滝をせき止め、台地を造成し、ジウスドラの長男セム(黄色人種の祖)に作物の育て方を教えた。



 イシュクル(アダド)には、「水が引いた場所に行って、残っている実の生る木を見つけてくるのだ!」と命じた。彼らが最初に見つけたのは、ニンマーがニビルから持って来た万能薬の木、ブドウの木であった。万能薬として名高かったその果汁(ワイン)を、ジウスドラは一口飲んだ。一口、また一口と彼は飲み、酔って寝込んでしまった。
 洪水後の最初の農業は、ニヌルタの台地造成による穀物(小麦)の種蒔きだった。そして、ニンマーの万能薬の木はブドウで、その飲み物はワインだった。新約聖書にはブドウ園やワインの喩え話がよく登場するが、それはブドウが万能薬だからである。特に最後の晩餐の場面では、“神の国で新たに飲むその日まで、ブドウの実から作ったものを飲むことは決してあるまい”とイエスは言う。これは、十字架上の死後、ニビルの高度医療と万能薬により“復活”すること、そして“天の船”か二輪戦車で昇天した後に万能薬を飲むことを意味する。
 つまり、“神の国”とは、死後の世界の天国と昇天後の天国のこと、すなわちニビルを指す。ただし、「神々」はニビルには帰還していない。そうすると、“天の船”か二輪戦車など、“神々の関連施設”を含めたニビル、ということである。
 また、ここではジウスドラが万能薬を口にして、酔ってしまう場面がある。これは聖書において、ワインに酔ったノアの裸を次男のハムが見て、ハムの息子カナンが呪われてしまう場面の原型であるが、ハムがそのようなことをしたという記述はここには無い。これは後にカナン地方で偶像崇拝が盛んになり、破壊されることを、聖書ではそのような喩えで象徴している。聖書はある意味、歴史書と言えるが、ただし、多神教の神々が唯一絶対神に変えられてしまったものである。

 エンキは贈り物を差し出した。彼はニナガルが持っていた箱の正体を明かし、地球を生き物で満たすことを提案した。エンキはドゥムジに牧羊の仕事を与え、ジウスドラの次男ハム(黒人種の祖)がそれを手伝った。
 それから、エンキは自分たちの領地だったアフリカ大陸のザンビアのカズングラ周辺に目を向けた。ニナガルと共に、ザンベジ川とカンド(クアンド)川の強力な水の合流地点で、山にダムを建設した。そして、激しいビクトリアの滝からカリバ湖に水路を引き、カリバ湖に水が溜まるようにした。


 それから、アブズと“上の方の海(地中海)”の間の土地を、マルドゥクと共に調査した。流れの中ほどの、川の水が滝となって落ちる場所に、水中から島を引き上げ、その奥底に対を成す洞窟を掘り出し、石で水門を作った。それから、岩に2本の水路を切り出し、2本の峡谷(きょうこく)を形成した。こうして、高地から流れてくる水量を調整できるようにした。その“洞窟の島”アブの島から、川の曲がりくねった谷を水中から引き上げた。エンキはドゥムジと牧夫のために、“2つの峡谷の土地(ナイル川に沿った地域)”に居住地を造った。
 ナイル川の“洞窟の島”-アブの島は第4滝から第6滝周辺(近くにアブハメッドという地名あり)であり、高地から流れてくる水量を調整できるようにした2本の峡谷は、白ナイルと青ナイルである。
 このように、エンキと息子たちは大洪水後のアフリカの大地で、ビクトリア瀑布(ばくふ)周辺やナイル川の流れを造成したのである。

 ピラミッドがオリオン座の三ツ星の並びに対応しているのに対して、ナイルの流れは天の川の流れに対応している。このような事実から、エジプト人はナイル川の水位が上昇する地点にプタハ(エンキ)が防護壁を建てることによって、洪水の跡からエジプトの地を引き上げたと信じた。古代エジプト語では、エジプトの地は“持ち上がった地”で、太古に本当に偉大な神がやって来て、彼らの土地が水と泥の下に横たわっているのを見つけた、とある。この偉大な神=エンキ=プタハがこの沈んだ土地を干拓し、文字通り、エジプトを水と泥の下から引き上げたのである。つまりビクトリア瀑布周辺やナイル川の流れは、エンキと息子たちによって造られた人工のものである。

新たなる金の採掘場----------------------------------------------------------------------------------------

 ニビルの接近は地球と火星(ラーム)に多大な影響を及ぼした。しかしニビルでも被害は甚大だった。金粉の大気シールドが破れ、大気が減少していたのである。そのため、更なる金の補充が必要となった。
 エンキはアブズに何度も調査しに行ったが、金鉱はすべて水によって埋まっていた。そして、原始的労働者も泥と化していた。地球とニビルには絶望が広がった。

 しかし、海の向こうの中南米の山間地を旅していたニヌルタから、驚くべき知らせが届いた。殺到した水が山腹に深い切れ込みを入れ、そこから無数の金が塊となって下の川に落下し、採掘することなく引き上げられる、と。エンリルとエンキは即座に飛んで行き、間違いないことを確認した。
「ニビルがもたらしたことによって、ニビルが救われるとは…。“万物の創造主”の目に見えない力が、ニビルに生きる機会を与えた!」とエンリルは喜んだ。
 誰が金塊を集められるか、どうやってニビルへ運ぶか、指導者たちは尋ねあった。最初の問題には、ニヌルタが答えを持っていた。海の向こう側の山間地には、カ・インの子孫が筏(いかだ)で助かっていた。彼らのリーダーは4人の兄弟と4人の姉妹で、金属の扱い方を知っていた。そして、ニヌルタを自分たちの祖先の守護者として思い出し、“偉大な守護者”と呼んでいた。エンリルは、もう怒っていなかった。
「“万物の創造主”の御意思なのだ。さあ、新しい“天の二輪戦車の場所”を設置し、そこからニビルへ金を送ろう!」“着陸場所”のすぐ近く、荒れ果てた半島に、適した平地を見つけた。それは静まり返った湖のように平らで、白い山々に囲まれていた。

 このようにニビルの影響により、中南米の山肌に金が塊で露出していた。中南米で金が重要視されたのは、これが理由である。
 そこには、カ・インの子孫が生き残っていた。かつて、ニヌルタは地球の反対側に行き、カ・インの子孫を見つけ、指導者として道具の作り方や音楽、金属精錬、筏船の作り方などを教え、中南米のアンデス文明などの基礎を造った。更にその子孫は環太平洋一帯に広がり、一大王国を築く。


エジプトのピラミッド建造--------------------------------------------------------------------------------

 選ばれた半島に、天の“アヌとエンリルの道”が反映された。新しい“二輪戦車の場所”を正確にその境界線上に構えることとなった。ヒマラヤ杉の山々にある“着陸場所”と“二輪戦車の場所”の真ん中が“宇宙飛行管制センター”とされた。そこに相応しい山が選ばれ、“道を示す山”、モリヤ(のちのエルサレム)と名付けられた。石のプラットホームをそこに建造するよう、エンリルは指示した。その中央に、巨大な岩が内側も外側も刻まれた、新しい“天と地球を結ぶもの”を収容するために、それは造られた。その地球の新しい“へそ”が、大洪水前のニップール(ニブル・キ)の役割を引き継いだ。
 アルラタ(アララト山)の双子山が北の境界線として固定された。着陸ルートの境界、上昇と下降の境界を定めるため、他に2組の双子山が必要だった。1組は半島の南、山々の場所で接する双子の峰をエンリルは選び、南の境界線とした。もう1組の双子山が必要とされる場所には、何も無かった。
「人工的な峰を造れば良い!」とニンギシュジッダが提案した。彼はタブレットの上に、側面が滑らかで、天に向かってそびえる峰を描いて見せた。「可能ならば、そうすれば良い。それらを灯台としても機能させよう!」とエンリルは賛成した。
 川が流れる谷の北、平坦地にニンギシュジッダは縮小模型を建てた。上昇角度と4つの平滑(へいかつ)な側面で、完全に仕上げた。その隣により大きな峰を設置し、その四面を地球の四隅にセットした。アヌンナキによって、電力の道具で石が切り出され、組み立てられた。ニンギシュジッダは、その中に通路や振動する水晶のための部屋を設計した。
 そして、最後の冠石を置くために、指導者たちが招待された。その頂上石は、エンキの息子ギビルによって、金と銀の合金エレクトラムで造られた。それは太陽光線を水平線に反射し、夜には炎の柱のようだった。すべての水晶の力を一条のビームとして天空に集めていた。


 完成して準備万端となると、指導者たちはその“偉大な双子山”に入り、驚嘆した。彼らはそれをエクル(ピラミッド)、“山のような家”と名付けた。それは、天空への灯台であり、アヌンナキが大洪水を生き残り、永久に繁栄することを宣言していた。
 ここから東へ、太陽が指定された日に昇る場所へ二輪戦車は上昇して行き、そこへ向けて南西に、太陽が指定された日に沈む場所へ、それらは降下していく。エンリルは自らの手で、ニビルの水晶を活性化させた。内部では不気味な光が明滅し始め、魅惑的なハミング音が静寂を破った。外では冠石が燦然(さんぜん)と輝きだし、大勢のアヌンナキは歓声をあげた。ニンマーは次のような詩を朗読した。

「山のような家、尖った頂を持つ家、天と地のために備えられ、アヌンナキの手で造られた。明るさと暗さの家、天と地の家、天空の船のために集められ、アヌンナキにより建てられた。内部に天の赤い光が輝いている家、遠く高くまで放つ鼓動する光。聳え立つ山の中の山、偉大に聳える人工の山、それは地球人の理解を超えている。装置の家、偉大な永遠の家。その基盤の石は川の水に触れ、その大きい周辺は粘土の中に納まっている。各部分が巧みに織り合わされた家、空で周回している偉大な者たちが下降し安息する所、ロケットの標識となり、測り知れない内部を持つ家、アヌ自身により祝福されたエクル。」

 そして、エンキはエンリルに提案した。「将来次のような疑問が起きるであろう。いつ誰がこの素晴らしいものを造ったのか?そのときのために、双子山の側に記念碑を造ろう、獅子の時代を宣言しよう。その顔は、設計者であるニンギシュジッダの似姿にしよう。そして、正確に“天の二輪戦車の場所”の方を見つめさせよう。未来の世代に目的を明らかにするために!」
 エンリルは「“天の二輪戦車の場所”はウツを司令官とする。凝視するライオンは正確に東を向かせ、ニンギシュジッダの姿にしよう!」と言った。



 モリヤ山は宇宙飛行管制センターで、後のエルサレムの神殿は“天と地球を結ぶもの”を収容する場所だった。主が降臨する際、稲妻と雷鳴が轟いたが、これは宇宙船のエンジンから噴出される光と轟音だった。そして、地球のへそとしての役割だったので、最重要の場所、つまり聖地であった。
 神殿の原型とは、神々の乗り物が発着する場所、神々が降臨する場所であった。“着陸場所”はシダー山脈にあるバールベックで、現在のカデッシュの南付近、いわゆるカナンの地付近である。ここにはアヌンナキが建てた神殿であるバッカス(エンキ)神殿とジュピター(エンリル)神殿がある。


 アルラタの双子山=アララト山とピラミッドも、宇宙船の離着陸の目印とされた。そして、ピラミッドはアヌンナキ=神々が永久に繁栄する象徴なので、“神の宮”とされた。そのピラミッドの設計者は、天才科学者ニンギシュジッダだった。
 それは電力の道具で石が切り出されて組み立てられ、現在は存在しない冠石は金と銀の合金エレクトラムで造られ、内部にはニビルのハイテク機器が満載されていた。
 この時点ではピラミッドは“双子山”であって、規模が同じぐらいのクフ(第1ピラミッド)とカウラー(第2ピラミッド)しか無かった。それら内部にハイテク機器が満載されているので、そのような場所に、“死と復活”を象徴する石棺はなかった。後にこれらのハイテク機器がすべて取り払われてしまった後、カバラの象徴として石棺が入れられ、第3ピラミッドが建造された。それは未来を預言するために。
 この双子山については、ニヌルタの“黒い空の鳥”としての象徴図が残っている。それを見ると、ニヌルタは翼の生えた蛇のようでもある。ニヌルタは中南米でカ・インの子孫らに金属精錬などを教え、“偉大な守護者”と彼らから呼ばれていた。後に、ニンギシュジッダもアメリカ大陸に渡り、ケツァルコアトル、“翼の生えた蛇”と呼ばれた。ニンギシュジッダは知恵の神であり、ピラミッドを造った張本人なので、彼らは、ニンギシュジッダを再来した“偉大な守護者”と勘違いしたのかもしれない。

 下記の図はアララト山やピラミッドの位置関係の図である。北の境界線はアララト山(AR)、南の境界線はシナイ半島の南の山々の場所で接する双子の峰だが、これはカテリナ山(KT)とウマショマル山(US)である。この双子の峰と“着陸場所”バアルベク(バールベック=ベトセメス、BK)を結ぶ線上のほぼ中心に“宇宙飛行管制センター”エルサレム(シャレム、JM)が位置する。また、アララト山とバールベックを結ぶ延長上にギザのピラミッド(GZ)が位置する。そして、ギザから真東の方向に、“天の二輪戦車の場所”であるシナイ半島のエル・パラン(SP)がある。その宇宙空港の近くには、“エジプト川”なる川があるが、これはこの場所を示唆するもの(ピラミッドとスフィンクス)がエジプトにあることを暗示している。



ニンギシュジッダの顔-------------------------------------------------------------------------------------

 ピラミッドの記念碑として建てられたライオンの顔のスフィンクスは、ニンギシュジッダの顔だった。それは古代ローマ帝国の時代にアイオーンという名の像で残され、頭部が獅子で、人間(男性)の身体を持ち、蛇を全身に巻き付けている。足元に2匹の蛇が絡まった絵が刻まれているが、これがニンギシュジッダを象徴する絵。


ギザのピラミッドに見られる黄金比---------------------------------------------------------------------

 次の画像左側の、ギザの3つのピラミッドの大外(おおそと)に合わせて横向きの黄金比を2つ上下に並べると、ちょうど黄金比2つ分の大きさに3つのピラミッドが収まる。また同じ方法で画像右側のように縦に2つの黄金比を並べると、紫の黄金比の比率に中央のカフラー王のピラミッドの幅が当てはまる。また同時に画像右側の紫の黄金比の中にできる3個目に小さな黄金比の四角形部分と、4個目にできる小さな黄金比の幅に、ピラミッドの間隔が決められている(緑色の黄金比)。これと同じ配置設計は、これより先の世界中の遺跡に見られる。


ピラミッドについて----------------------------------------------------------------------------------------

 ピラミッドに保存されている石版やピラミッド内部の壁に刻まれたピラミッドテキストでは、エジプトの王は昔から死ぬと、魂はオリオン座に向かうと記されている。

 ギザの三つのピラミッドの航空写真を見てみると、メンカウラー王のものとされている一番小さなピラミッドは、二つのピラミッドを結ぶ対角線上から少しずれている。しかしオリオン座の3つ星の写真とピラミッドの写真を重ね合わせてみると、ちょうど重なる。更に、少し暗い星ミンタカがメンカウラー王のピラミッドに重なり、その大きさやズレがうまく説明できる。

 また王の間と女王の間に、二本ずつある細長い通気孔は、南の空のオリオンとシリウスがそれぞれ南中した高度を示している。王の間の北面の通気孔は、建設当時の北極星であった龍座のアルファに向かっている。同じく南面の傾斜角45度の通気孔と女王の間の南面の傾斜角39度30分の通気孔は、当時のオリオン座のアルニタクとシリウスの南中時の高度に一致している。
 シリウスに向いているのはアヌンナキのニビルがシリウスから来たからで、オリオンに向いているのはアヌンナキの一部がオリオン出身だからである。

 またクフ王のものとされている大ピラミッドの正確な計測値では、数学的に非常に正確である。例えばピラミッドの基底部の平面と各側面との角度はぴったり51度51分14秒。高さは、建設当時の頂上部は失われているため、幾何学的に計算された数字だが、高さに対する基底部周囲の比はちょうど2π(パイ:円周率)、すなわち基底部周囲に対する高さの比は円周に対する半径の比になる。さらに地球から太陽までの平均距離は約1億4950万キロメートルだが、大ピラミッドの高さは147.8メートル、つまり太陽までの距離のほぼ10億分の1ということになる。誤差は1パーセントしかない。
 ピラミッド建設に用いられた単位は「ピラミッド・キュービット」と呼ばれるもので、1ピラミッド・キュービットは635.66ミリメートルに当たる。地球の半径(地球の中心から極点まで)は6357キロメートルで、これはぴったり1000万キュービットである。ピラミッドの基底部の一辺の長さは365.25キュービットだが、この数字は太陽年の一年の日数とぴたりと一致する。
 また大ピラミッドの基底部には僅かな凸凹があり、計測によってそれぞれキュービットで365.256と365.259という数字が得られる。これらは恒星年(地球が太陽の回りを一回りするのにかかる時間)の一年の日数と、近点年(楕円軌道上で地球が元の点まで戻ってくるのにかかる時間)の一年の日数に相当する。他の部分の計測値からは楕円軌道の離心率、地球から太陽までの平均距離、地球の歳差運動の時間(約2万5000年)などが得られる。地球という惑星を象徴的に建築物で表すのに、ギザの大ピラミッド以上のものはない。
 また、ギザの大ピラミッドは非常に硬い地盤の上に建てられており、激しい地震に耐えられるものである。


ピラミッドと惑星が正確に対応する---------------------------------------------------------------------

 三大ピラミッドのなかでも最も北側に位置するクフ王のピラミッドは、全ピラミッド中最大の大きさである。カフラー王のピラミッドはそれに次ぐ大きさである。このふたつのピラミッドは大きさが非常によく似ており、どちらもピラミッドの寸法について、現在、非常に正確な値が得られている。最古のピラミッド群のなかでも、特別に大きなこのふたつのピラミッドの大きさを比べると、それは、地球と金星の関係にそっくりなのである。これはクフのピラミッドとカフラーのピラミッドが、そのまま地球と金星に対応しているということを示唆している。


 さらにふたつのピラミッドの値に4/3πを掛けてみると、それぞれが地球と金星の体積に正確に対応するのである。

 だが、カフラーのピラミッドと金星では非常に正確な数字の対応を見せているのにたいして、クフのピラミッドと地球の間には、やや数字のズレがある。地球と金星というふたつの惑星は、大きさにおいても、比重においても双子といってもよいほどよく似た惑星である。が、わずかに違う点は、金星が完全な球形であるのにたいして、地球の方はごくわずかに上下に押しつぶした形をしており、完全な球形ではない。
 地球の場合、赤道面の半径(赤道半径)の方が、両極方向の半径(極半径)よりもわずかに長いのである。そこで地球の体積は、球の体積を求める公式ではなく、次のような公式で求めることができる。

  真の地球の体積=4/3π×(赤道半径×赤道半径)×(極半径)

 地球の体積を求める場合、赤道半径だけで求めると実際の地球よりも大きな値になり、極半径だけで求めると、実際の地球よりもわずかに小さくなってしまう。この点を考慮してみると、クフのピラミッドと地球との対応において、わずかに数字のズレがあったのは、こうした点に原因があった。そう考えて、地球を赤道半径だけの完全な球体として体積を求めてみると、その値は、クフのピラミッドから得られる数値のほとんど正確に対応する。

 このピラミッドについての数字は、エジプト考古学の父と呼ばれるF・ピートリの測量によるものであり、惑星については、東京天文台発行の理科年表に拠(よ)っている。


エジプトの三大ピラミッドとスフィンクスの多角形の石積み--------------------------------------

 三大ピラミッドにも、各国の巨石建造物に共通する多角形の石積みが見られ、それらは隙間なく密着もしている。

 クフ王のピラミッドの内部の「王の間」の石畳(いしだたみ)にも、多角形の石が見られる。

 メンカウラー王のピラミッドの入口にも、多角形の石積みが見られる。

 さらに、ピラミッドのそばにあるスフィンクスの左前足にも多角形の石積みが見られ、耳の曲線には黄金比が見られる。つまり、スフィンクスもアヌンナキが作ったということ。



ニンギシュジッダが作った世界の巨石建造物の共通点----------------------------------------------

 大洪水後に世界中で作られていくアヌンナキの巨石建造物には、エジプトのピラミッドに見られる共通点がある。多くの場合、科学技術がない時代に何十トンもの巨石を多角形の形状に正確に切り出し、指も入らないほどに隙間なく積み重ねている。ただ四角い石を切り出すのではなく、10角形以上のものも存在し、上下の面にも凹凸をつけ切り出して積み重ねることで、どんな方向にもずれないようになっている。こういった石積みがあるメキシコのマヤ文明や地中海のマルタ島などからは、イナンナの女神像が出土している。こういったことからも、巨石建造物はアヌンナキが作ったと見ることができる。下記はその一例。



 アヌンナキの様々な巨石建造物から見えてくることは、次のようなテクノロジーである。

・100トン以上の石を、レーザーのようなもので自在にカットできる
・100トン以上の石を、自由に運べる技術
・巨石を隙間なく密着させて組み上げる技術
・巨石を多角形に切り取って組み上げる技術
・細かな装飾も可能な技術
・岸壁をくり抜く技術(多くが玄武岩)
・黄金比の曲線や比率を取り入れている

 つまりアヌンナキは、現代の科学技術よりも圧倒的に進んだテクノロジーによって巨石による都市を作っていた。
 現在、人間のIQは平均100で、東大生の平均IQは120、IQ世界一としてギネスにも認定されたマリリン・ボス・サバントのIQは228となっている。アヌンナキのDNAを操作して地球人を作り出したことや、巨石建造物の科学レベル・芸術レベルから判断して、少なくとも人間のIQレベルを遥かに超えていることはわかる。宇宙にはIQ10000というレベルが存在するとも言われているが、アヌンナキの、特にアヌの血を受け継ぐ子孫であるエンリル、エンキ、ニンフルサグ、イナンナ、ニンギシュジッダなどのIQも非常に高いのである。


ピラミッドの役割-------------------------------------------------------------------------------------------

 大ピラミッドの建造にかかった期間は短く、9年間であった。それはアヌンナキであるトト(ニンギシュジッダ)や優秀な建築家たちが、反重力や岩の切断に利用される電気超音波の秘密を知っていたからである。現代の地球の専門家たちは、この大ピラミッドはクフ王によって建造されたものと信じているが、そうではない。しかしそのクフ王も、ピラミッドを本来の使用目的である宇宙との交信や、精神的向上のために使用していた。
 ピラミッドは宇宙エネルギーを集める装置の役割や、中で瞑想する為の施設や教育センターであり、後世の人々に知らせたいメッセージを構造の中に残すためのものなど、色々な役目がある。三角錐の形というのは宇宙からの特殊なエネルギーを取り込む作用があり、それを良く使えば地球上のエネルギーはすべてまかなえる程になる。原子力や石油の大気を汚染するエネルギーと違い、クリーンなエネルギーであった。このピラミッドは丁度地球のへそにあたる位置に作られていて重要な役目を果たしている。

 エジプトではトト(ニンギシュジッダ)の指導により、強力なコロニーを造り上げた。そして、植物の品種改良や牛の飼育の新技術、新農法、陶器、機械などのすべてが導入された。トトは精神的にも物質的にもきわめて博学な人物で、村や神殿を建設し、死ぬ直前に大ピラミッドを建造した。こうして知識は歴代のファラオへと継承されていくことになる。


ピラミッドと「生命の樹」--------------------------------------------------------------------------------

 エジプトと言えばピラミッドであるが、その原型はシュメールのジグラットである。小さなものまで含めればいくつもピラミッドはあるが、中でも重要なのがギザの三大ピラミッドである。一般的に、第1ピラミッドはクフ王、第2ピラミッドはカフラー王、第3ピラミッドはメンカウラー王の墓であると言われている。しかし、これは間違いである。クフ王の墓とされたのは、第1ピラミッド内の「重力拡散の部屋」の玄室を1837年に最初に発見したリチャード・ヴァイスが、玄室内に“カフ”と書かれていたと主張したことに依る。しかし、シュメールでお馴染みのゼカリア・シッチン氏は古代言語学の立場からヒエログリフを解析し、“カフ”というのは誤った文字であることを示唆した。(シッチン氏はこれまで見てきたように、異星人説を展開していることから、学会では無視され続けている。)
 また、他の王家の墓で見られるヒエログリフが一切見られないことが他の学者から指摘された。そこで、炭素14で“カフ”という文字の年代測定を行ったところ、150年ほど前という鑑定結果が得られた。これにより、リチャード・ヴァイスが名声目当てに“カフ”と書いたことが判明した。

 ピラミッドはエジプト文明が出現する前から存在した。クフ王は自分も偉大なピラミッドを造りたいと願い、奴隷ではなく4000人足らずの自由市民に賃金を払い、大ピラミッドの前に並ぶ小ピラミッドを造ったに過ぎない。大ピラミッドは王たちの墓ではなく、王の墓の多くは王家の谷にある。それに、王の墓ならば、多くのヒエログリフが描かれているはずであるが、大ピラミッドの内部には一切描かれていないことからも、王の墓ではない。

 では、大ピラミッドとは何なのか。それは、「生命の樹」である。3つ並ぶ高さの異なるピラミッドは山であり、漢字の“山”の原型である。また、モーゼは荒野にある神の山でアロンと会っているが、そのような山は無い。その山こそピラミッドであり、“神の山”である。原型がシュメールのジグラットであるから、「神々」が降臨する場所である。

 では、どのピラミッドがどの柱に相当するのか。1つは、玄室の天井の形が示唆している。第1ピラミッドは平坦、第2は三角形、第3は半円である。「生命の樹」の至高世界はケテル、コクマー、ビナーで囲まれた三角形であるから、真ん中の第2ピラミッドが均衡の柱に相当する。もう1つは並びである。ピラミッドは四角錐であるため、正面が解りにくいが、スフィンクスが向いている東側が正面である。そこで、東向きに見ると、第1ピラミッドが第2ピラミッドの左側で、第3ピラミッドが右側である。エジプトの絶対神は太陽神なので、太陽=絶対神側から見ると、第1は第2の向かって右で、第3は左となる。そして、第2ピラミッドは第1ピラミッドより高い台地に立っているので、最も大きく見えるが、実は最も大きいのは第1ピラミッドである。よって、第1ピラミッドが慈悲の柱、第3ピラミッドが峻厳の柱に相当する。

峻厳:第3ピラミッド
均衡:第2ピラミッド
慈悲:第1ピラミッド

 ピラミッドの並びは「生命の樹」であるが、1つでも「生命の樹」となっている。次の図は第1ピラミッドの内部である。

 地下は“星の栄光”で下層世界、王妃の間は“月の栄光”で中高世界、王の間は“太陽の栄光”で至高世界である。また、王の間=至高世界には、「重力拡散の部屋」がある。この部屋は、拡大すると次のような構造である。


 構造的には、一番下に蓋の無い石棺があり、石棺の位置はマルクトに相当し、各柱の支え石及び4つの床石がそれ以外の各セフィロトに相当する。更に、三角屋根の天上が浮いていて、至高世界が独立していることを表し、「生命の樹」に対応している。
 石棺には最初から蓋は無く、何も存在しない。一般的に言われているような、盗賊に遭ってミイラや副葬品が盗まれたりしたのではない。何故なら、ピラミッドは墓ではなく、この石棺で“死と復活の儀式”を行うためのものである。これは、天皇陛下崩御後、大嘗祭で皇太子が御襖(おふすま)という寝床に横になり、また起き上がる儀式と同じである。(王の墓ならば、多くのヒエログリフが描かれているが、一切無いこともそれを証明している。)
 また、この構造を文字として表したのが図の右側であり、これは高島屋のマークで、漢字の“高”である。“高”は上の“口”の部分に縦線を繋げた“髙”もある。これは、至高世界と中高世界が梯子(はしご)で繋がっていることを表す。ヤコブがハランの地で、天使たちが天界の梯子を昇り降りしていたことが、それを象徴している。更に、「重力拡散の部屋」の構造は“倉”という字にも変形できる。こちらの方が、むしろ原図に近いように思える。
 なお、第2、第3ピラミッドには「重力拡散の部屋」が無い。つまり、“死と復活の儀式”を行うことができ、かつ「生命の樹」の奥義を体現しているのは、慈悲の柱=イエスに相当する第1ピラミッドだけである。
 つまり、エジプトのピラミッドは3つのピラミッドで「生命の樹」を具現化し、更に第1ピラミッドだけでも「生命の樹」を具現化している。更に、その中の「重力拡散の部屋」で「生命の樹」を具現化しているフラクタル三重構造である。その中で最も重要なのは、“死と復活の儀式”を行うことができる「重力拡散の部屋」であり、これが漢字の“高”“倉”として象徴される。そして、“死と復活の儀式”を行うことができるのは、慈悲の柱=イエスに相当する第1ピラミッドだけである。更に、「重力拡散の部屋」は鳥居やYHWH(ヤハウェ)としても象徴される。

 また、シュメールの伝承にはこうある。

“メソポタミアのシッパールの基地が大洪水によって消し去られた後、「神々」が宇宙基地を再建した特殊制限領域で、太陽神ウツが管理していたのがティルムン=エルサレム(ミサイルの場所)である。制限地域には制限航路があり、その南の境界線はアララト山とシナイ半島のカテリナ・モーゼ連山を結ぶ線で、カテリナ・モーゼ連山の頂上が南のランドマークであった。北の境界線はアララト山からバールベックを経由し、エジプトへと延びる線である。しかし、エジプトにはそのような目印となる山が無かったので、人工的に設置したのがピラミッドである。

 北緯30度線と南緯30度線を境界とし、北の領域を“エンリルの道”、中央の領域を“アヌの道”、南の領域を“エンキの道”と名付けた。北緯30度線は古代に於いて“神聖緯度”とされており、エリドゥ、ヘリオポリス、ハラッパーなどの古代聖都が配置されている。

 大洪水後にシナイ半島に建設された新宇宙空港(エルサレム)と飛行路も、北緯30度線上に配置された。そして北のランドマークも、北の境界線と北緯30度線の交点に建設され、エクルと呼ばれた。そこはエンキの領地だったが、中立的立場にあるニンフルサグが管理し、“運命の銘板”と“ディルガ(暗く輝く部屋)”を備えた航空誘導施設であった。エンキはアフリカ南部を統治することとなった。
 スフィンクスは北緯30度線に沿って東向きで、その彼方にはシナイ半島の宇宙空港がある。ピラミッドは、アララト山を着陸航路の目標とする宇宙空港滑走路の誘導標識である。”

 メソポタミアの北緯30度前後では、春分の日の昼夜の長さが一致するので、シュメールでは昼夜の長さを正確に測定し、1年の初めにする春分暦が使用されていた。
 また、大ピラミッドの正確な位置は北緯29度58分51秒である。スコットランド王立天文台長によると、宇宙から地球を眺めた場合、大気圏の屈折を計算に入れると、緯度30度の位置にピラミッドが見えるようにするためには、29度58分22秒に建てなければならないらしい。
 このことから、ピラミッドは大気圏外から眺めた場合の航空誘導施設であると言える。更に、王の間(至高世界)に至る大回廊の傾斜角度26.2度で、第1ピラミッドの真東から直線を延ばすと、ベツレヘムを通過する。これは、カッバーラ的には、イエスがベツレヘムで誕生することと同時に、至高世界に至るにはイエスを受け入れなければならない=真のカッバーラを理解しなければならないことを暗示する。このように、“知られざる叡智”がピラミッドには数多く封印されている。よって、ピラミッドはシュメールの「神々」の航空誘導施設であり、“知恵の奥義”を封印した「生命の樹」を具現化したものである。


ピラミッド建造者とエノク伝説--------------------------------------------------------------------------

 ピラミッドを建造したのはニンギシュジッダである。しかし、お膝元のハム系フリーメイソンの口頭伝承や、14世紀エジプトの歴史家アル・マクリージーの「群国誌」ではエノク(別名イドリス)ということになっている。エノクの原型はエンキ・メ(“エンキによってメを理解した”)である。彼は賢く、数をすぐに理解し、天空と空に関するすべての知識をエンキから授かり、月と火星にも行った。そして、ウツに認められ、エンキ・メが初の聖職者となった。
 また、“年代記”では彼について、天空に旅立った、死ぬまでそこに留まったと記されており、エノクが天空に旅立って留まったという伝承も、これが原型である。


 では、何故、ピラミッド建造者がエノクとなってしまったのか。それは、マルドゥクによるニンギシュジッダの真相及び神話の改竄(かいざん)が原因である。エノクはヘルメスとも言われる。ギリシャでは叡智の神とされ、別名トートである。トートはエジプト神話に於ける知恵の神であり、錬金術の神秘主義ヘルメス学では、ヘルメス=トートを神官、王、賢人(哲学者)である三重に偉大な者“トート・ヘルメス・トリスメギストス”と言う。
 ヘルメス学に於けるヘルメスは、長い剣に2匹の蛇が巻き付いたカドゥケウスの杖を持つ姿で描かれる。そして、エノクはあらゆる秘教の大元とされており、彼が天使との会話に用いたエノク語は、至高の力と叡智をもたらす呪文とされる。秘教の大元とされたのは、マルドゥクによって、トート=ニンギシュジッダが呪文でイシスの姿を隠したり、ホルスに向かって呪文を唱え、仮死状態のホルスが息を吹き返したりと、魔術・妖術の原型とされてしまったためである。


スフィンクスと神社の狛犬の関係------------------------------------------------------------------------

 ピラミッドと言えばスフィンクス、スフィンクスと言えばピラミッドと、ピラミッドとスフィンクスは切っても切れない関係である。スフィンクスには人頭(じんとう)獅子、隼頭(じゅんとう)獅子、羊頭(ようとう)獅子などがあるが、最も一般的なのは、ギザの三大ピラミッドの東側にある大スフィンクスの人頭(じんとう)獅子である。スフィンクスは、古典ギリシャ語のスピンクス(絞め殺す者)の英語読みであり、エジプト人が刻んだ銘文にはホル・エム・アケトとある。これは、地平線のホルス神=ラーの化身=天空船、という意味である。また、元々の名前はシェプスアンクであった。“シェプス”は姿という意味であり、“アンク”は復活や再生の神という意味で、イエスの予型(よけい)となっている。
 スフィンクスは元々ニンギシュジッダの顔であったが、マルドゥクが息子のナブの顔に変えてしまった。大スフィンクスは体に比して頭が小さすぎるというのも、これが原因である。つまり、元々の名前こそニンギシュジッダに由来するものであり、“復活”や“再生”の概念も、ニンギシュジッダに因(よ)るものである。
 そして、スフィンクスは人の顔、獅子の胴、牛の尾、鷲の翼で、メルカバーであり、重要なカッバーラで、知恵の神ニンギシュジッダに相応しい。

 では、スフィンクスの役割は何なのか。3つ立ち並ぶ「生命の樹」としては、日本では神社に於ける3つの正殿がある。正殿に辿り着くためには、鳥居をくぐり、場合によっては狛犬の間を通る。狛犬は犬ではなく、元々は“高麗犬”と書き、向かって右が獅子、左が角の生えた狛犬=ユニコーン(一角獣)である。獅子=ライオンは大陸伝来であり、中国、インド、メソポタミアにも狛犬は見られるが、いずれも獅子は生息しない。獅子が生息するのは、唯一、アフリカである。つまり、獅子の原型、そして一対の狛犬の原型がスフィンクスである。
 スフィンクスは元々一対で存在し、獅子の顔で羽があった。現在、一基は失われているが、神社の狛犬から考えて、向かって右が口を開けた阿(あ)、左が口を閉じた吽(うん)である。これが、よく言われている口頭伝承“スフィンクスが永遠の叡智を含んだ謎の言葉を語った”ということである。つまり、阿(あ)=アルファ=最初、吽(うん)=オメガ=最後であるから、“最初であり最後、アルファでありオメガである”と言ったイエスの予型(よけい)である。これは、前述の“アンク=復活や再生の神”とも一致する。
 第2ピラミッドの中心線を東に延長し、現在のスフィンクスの線対称となる位置にもう一体のスフィンクスはあった。そして、この構造は、ほぼ神社での正殿に対する狛犬の配置に相当する。


 スフィンクスの前足の間には、トトメス4世が造らせた花崗岩の石碑がある。そこには、2頭のスフィンクスが背中合わせに並んで彫られている。エジプト芸術の技法として、向かい合わせではなく普通に左右に並んでいる状態をそのように描く特徴があることから、スフィンクスは一対で存在したと言える。“失われたスフィンクス”が存在していた場所は現在、貴族の墓マスタバが存在するが、それは後世になって建造されたものである。
 このように、何らかの理由で破壊されたスフィンクスの残骸は、河岸(かし)神殿や大スフィンクス神殿の材料となった。河岸神殿や大スフィンクス神殿の材料はスフィンクスを造った残りの石灰岩で造ったのではないことが判明している。それは、両方の神殿の石灰岩の石質も現在のスフィンクスのものとは異なり、失われたと推定されるスフィンクス付近の岩盤の石灰岩と酷似しているからである。
 ハム系フリーメイソンの伝承では、スフィンクスは翼を付けたエノクということになっており、通説ではカフラー王の顔を象(かたど)ったと言われている。しかし、実情は、ピラミッドを建造したニンギシュジッダを讃えるために造られた建造物であり、元々は彼の顔だったが、マルドゥクによってナブの顔に変えられてしまったのである。


各地に残るライオンの伝説--------------------------------------------------------------------------------

  エジプトのスフィンクスはもとはニンギシュジッダの顔を模して作られたが、それは世界中へと広がった。古代インドで、仏の両脇に守護獣としてライオンの像を置いたのが狛犬(こまいぬ)の起源とされ、沖縄のシーサーの源流もライオンである。ギリシア神話には人々を襲う怪物としてネメアの獅子が存在する。またスリランカの民族、シンハラ人は自らを「獅子の子孫」と呼称し、ライオンを「自分達を象徴するもの」としている。スリランカに残る古い言い伝えでは、最初のシンハラの王ヴィジャヤは、ライオンを父親に持つシンハバーフ王の子だという。中世の王家でもライオンはハインリヒ獅子公や獅子心王の呼び名に代表されるように、勇猛さの象徴であった。中世期以降、さまざまな形態で紋章にライオンが描かれ続け、現在においても様々な国旗、国章、紋章などに使用されている。


ニンマーの称号----------------------------------------------------------------------------------------------

 岩盤からライオンを切り出して形作る仕事が進行していると、マルドゥクがエンキに不満を訴えた。「地球全体を支配することを、約束して下さったではありませんか!しかし、指揮権と栄光は他の者たちに与えられ、私の任務は何も無いままです。あの技巧を凝らした山は、かつての私の領地に置かれていますから、ライオンは私の姿であるべきです!」
 この言葉にニンギシュジッダは怒り、他のエンキの息子たちも不快に思った。そして、領地を要求するマルドゥクの声に、ニヌルタと彼の兄弟たちも刺激され、叫んだ。
「誰もが自分たちの土地と献身的な地球人を求めているのだ!」怒号が飛び交う中、「祝賀を争いの場にしてはなりません!地球はまだ混乱状態にあり、アヌンナキも地球人も僅かな生存者しかいないのです。マルドゥクにニンギシュジッダの名誉を奪わせてはなりませんが、マルドゥクの言うことも聞いてあげましょう」とニンマーが仲裁した。「平和を保つため、我々の間で居住地を引き離すべきだ」とエンリルが言った。
 シナイ半島を中立地帯とし、そこを仲介者ニンマー(ニンフルサグ)に割り当てた。ティルムン、“ミサイルの地”とその地は名付けられた。そこから東がエンリルと彼の子孫に割り当てられた。ジウスドラ(ノア)の2人の息子セム(黄色人種)とヤフェト(白人種)も、彼らと共にそこに住まわされた。アブズを含む広大な大地は、エンキとその一族に割り当てられ、ジウスドラ(ノア)の次男ハム(黒人種)もそこに住むことになった。


「マルドゥクを彼らの土地の主としよう」とエンキが提案した。「あなたが望むなら、そうすれば良い」とエンリルは言った。ティルムンの南に、ニヌルタが母ニンマーのために住まいを建てた。そこはナツメヤシが生い茂る谷であり、ニヌルタは山の頂上を段々畑にして、母のために香(かぐわ)しい庭木を植えた。こうしてすべてが完成すると、地球上のすべての居留地に合図が送られた。“つむじ風”が山岳から海を渡って金塊を運んできた。そして、“天の二輪戦車の場所”からその金塊はニビルへと打ち上げられた。その記念すべき日に、エンリルとエンキは話をして決めた。
「仲介者ニンマーに新しい称号を与え、敬意を表そう!ニンフルサグ、“山の頂上の女主人”と名付けよう!」満場一致の拍手で、ニンマーに敬意が表された。「ニンフルサグを称えよ!地球の仲介者に!」アヌンナキは声を揃えて褒め称えた。
 女主人がニンフルサグ、“山の頂上の女主人”は、昔から“山の神”が妻や女性を暗示していた由来である。また正統ユダヤ民族はセム系(黄色人種)と言われるが、その理由は、まずはセム(黄色人種)が中東に住まわされたからである。


ハム系フリーメイソン--------------------------------------------------------------------------------------

 フリーメイソンには、セム系(黄色人種)、ハム系(黒人種)、ヤフェト系(白人種)の3系統ある。一般的に知られているのは、イギリスのロッジで有名なヤフェト系であり、成立年代的に最も新しい。しかし、彼らのロッジこそ“裏の世界権力”が巣くう暗黒のメイソンと化してしまった。
 ハム系(黒人種)は古代エジプトの神官から引き継がれており、現在はアラブの資産家や大企業の経営者であったりする。本拠地はカッバーラの奥義が満載されているエジプトであり、エジプト政府も一目置いている。彼らは日本の八咫烏のように秘密を死守しており、当然、ピラミッドも彼らの管理下にあるため、都合の悪い発掘調査は行えない。
 しかし、正統のフリーメイソンは、ユダヤから日本の流れを汲むセム系(黄色人種)であり、その長が天皇陛下である(実質の任務には、八咫烏が当たっている)。日本の国旗である「日の丸」は四角の中に丸であり、これは定規とコンパスで描かれる。フリーメイソンの象徴には、ピラミッド・アイなどもあるが、本来は定規とコンパスである。つまり、日本は「日の丸」によって、正統セム(黄色人種)系フリーメイソンであることを堂々と示しているのである。これも、カッバーラである。



エジプトのアヌンナキの身長-----------------------------------------------------------------------------

 アヌンナキは様々な容姿に変身でき、身長も3m以上もあるが、エジプトでのアヌンナキや彼らと人間との半神半人も、身長が3m以上あった。


西アフリカの巨石建造物-----------------------------------------------------------------------------------

 イタリアの地学者ピットーニ氏は、西アフリカのギニア共和国のマリ共和国との国境に近いところで、紀元前1万年頃の遺物を発見している。

 次の画像は、マリ共和国との国境に近くにある花崗岩(かこうがん)でできている山の脇にある巨大な彫刻された女神の半身像。頭のてっぺんから胴体の下まで、正確に150メートルもある。人類の科学技術が存在しない紀元前1万年頃のものである。
 イタリアの地学者のピットーニ氏が、この地を調査した。これらの写真は彼によるもの。この山の底の地質を調査し、計算したところ、この石のモニュメントは少なくとも紀元前1万年頃に作られたに違いない、と結論づけた。しかしここで大きな疑問が残る。一体誰がこんな巨大な石のモニュメントを、その時代に作る技術を持っていたのか?現代の人間にさえ、このような作業は不可能。もし技術的に可能だとしても費用が掛かり過ぎて、このように仕上げる事は不可能
 そのモニュメントの顔をクローズアップしてみると、ある専門家たちは、それはヨーロッパの白人のものではなく、また黒人顔でもなく、おそらく、南米やアジア文明のものではなかろうか、と言う。
 また、シエラ・レオネ地域でダイアモンドの発掘に携わっていたピットーニ氏は、この地域で古代にアラーが天使達に対して怒り、石に閉じ込めて天に上げ、 空と星を石にしてまた地上にに投げ捨てた、という伝説を耳にしたそうである。


 この伝説に出てくる『空』を、この地域で発掘されるこのような青空色の石に見て取れる。それは『天の石』と呼ばれているが、それをウィーンで調査した結果、これが人工の石であって、自然に出来た物ではないということが判った。この地から採集される材料を使用したのかも知れないが、どうやってこの青空色を付けたかは不明。