5章 アマゾン文明と大洪水 : 地球人のルーツ

■紀元前1万8000年頃

アメリカ大陸のカ・インの子孫--------------------------------------------------------------------------

 マルドゥクは地球人の中で勢力を増大しているのかどうか、ニヌルタ(アラム・ムル)は注意深く観察した。
「エンキとマルドゥクは何を企んでいるのでしょう?」
 ニヌルタ(アラム・ムル)は父エンリルに言った。
「私は行って、カ・インの子孫を見つけ出し、あなたと私の領土を彼らと共に準備しましょう。」
 地球の反対側へニヌルタ(アラム・ムル)は行き、カ・インの子孫を彼は見つけた。道具の作り方や音楽の奏で方を、ニヌルタ(アラム・ムル)はカ・インの子孫らに教えた。採掘の仕方や精錬・精製の方法を彼は彼らに示した。バルサム樹でいかだ舟を造る方法を彼らに示し、大洋の航海の方法を教えた。新しい土地に彼らは領土を確立した。ツイン・タワーのある町を彼らは建設した(カインは中米に移住し、ティティカカ湖に都市テクノを築いた)。それは海を越えた領地だった。新しい「天地の絆」のある山間の土地ではなかった。
 こうしてニヌルタ(アラム・ムル)が南北アメリカ大陸に行って、カ・インの子孫に文明を築かせた。この地域の文明は、いざという時のためにとっておく隠された文明圏、というようなものだった。


アヌンナキの賢者ニヌルタ(アラム・ムル)とチチカカ湖---------------------------------------------

 ユーラシア大陸の海岸線が海中に沈むころ、この地球は激しい地殻変動に見舞われていた。今の南米大陸の海岸線もその影響をもろに受け、外観を大きく変化させていった。現在のアンデス山脈が出現したのはその頃のことである。ボリビアの古代都市「ティアワナコ」は、かつては南米大陸の西海岸沿いにあり、アヌンナキの貴重な植民都市だった。
 しかし、温暖な気候と自然の幸に恵まれたその豊かな港湾都市も、当時の激しい地殻変動の影響ではるか高地に押し上げられてしまい、極寒の荒涼とした環境の中に追いやられるに至った。現在世界最高位で標高3814メートルにある湖として知られる「ラゴ・チチカカ」、つまり「チチカカ湖」もその頃に誕生したものである。

 各地の海岸線が沈んでいく中、シュメールのアヌンナキの賢者であるニヌルタ(アラム・ムル)が目指したのは、チチカカ湖であった。その後彼はその近くの巨大な渓谷に、「7つの光の愛」の総本山として後々まで重要な役割を果たし続けることになる修院を建設している。その渓谷もまた、アンデス山脈とともに当時の地殻変動によって造られたものであった。
 しかしそこは極寒の山岳地帯のど真ん中という環境にありながら、その高低差ゆえに穏やかな亜熱帯気候を有し、木の実や果物などが巨大な大きさに成長する山間の別天地であった。しかしそこにもまた「ティアワナコ」と同じく、かつての南米大陸の海岸都市が山間部に押し上げられて、廃墟として横たわっていた。
 ニヌルタ(アラム・ムル)は最初の修院を、その廃墟の上に建造した。その修院は、光エネルギーだけを用いてカットされた巨大な石を組み合わせたもので、現在でもまだ、そこにそのままの状態で存在しており、アヌンナキの古来の「秘密の知恵」の保管所としての役割を果たし続けている。アヌンナキの他の賢者たちもニヌルタ(アラム・ムル)と同じく、それぞれがしかるべき場所に飛び、地球人類が霊的に十分な進歩を遂げる日が訪れるまで、「秘密の知恵」の保管場所として世界各地に学校を設立している。よって、この時代の知恵は失われたのではなく、それは隠されていた。




アヌンナキの賢者ニヌルタ(アラム・ムル)によるアマゾン文明------------------------------------

 新しい文化であるアマゾン文明(別名パイチチ)が、現在のインカ帝国にあたるボリビアのティワナクで興り、太陽のゲートウェイが建設された。またアカパナのピラミッドの推定サイズは、幅が最大部分203mほど、高さは192mほどと推定されている。本来は7段の基壇からなり、ピラミッドの頂上はへこんでいる。ピラミッドのふもとからは頭のない人の遺体が出土しており、人身供犠が行われていたことが示唆されている。また文献には片手に大型の斧をもち、反対の手に首級(しゅきゅう)を持った、動物の顔をした人の図像が描かれたコップ型土器 (ケーロ)がある。



ニヌルタ(アラム・ムル)の異次元への扉----------------------------------------------------------------

 チチカカ湖のほとり、高度4000mの高原に神の門(Puerta de Hayu Marca)がある。辺りにはなにもない。ここには祈祷師がやってきて代々受け継がれてきた伝統儀式を執り行い、祈りを捧げている。この神の門の岩に、巨大な扉らしきものが1枚の岩に彫られており、この岩にだけ巨大な四角形が彫り刻まれている。
 インカの伝説によれば最初の神官であり王であったニヌルタ(アラム・ムル)は、この門を使って移動していた。特別なあるもので作動させると岩が星と星を結ぶ移動装置になった。
 伝説によればこの星間移動装置が作動するには、黄金の円盤の力が必要となる。この円盤は空から落ちてきたものだった。ニヌルタ(アラム・ムル)はこの黄金の円盤を神の門に持ってゆき、同じ形に窪んだ場所にはめ込んだ。すると異次元の門が開いた。門を通ったニヌルタ(アラム・ムル)が再び戻ることはなかった。その場に居合わせた祈祷師達は自分達が目撃したことをすべて言い伝えに残した。


津保化族(ツボケゾク)-------------------------------------------------------------------------------------

 阿曽辺族(あそべぞく)が東日流(つがる)に渡来、住み着いてから数万年が過ぎ、津保化族(ツボケゾク)という種族が東の南米より太平洋を渡って来た。この一族が渡来して来た時代は、地球の温暖化によって海面が上昇、日本列島の大部分が大陸から分離していた。

 津保化族(ツボケゾク) が渡って来たのには理由があった。それは一族の間で、祖先が西方に渡って住み着いた国があるとの言い伝えが残っており、それがもとだった。
 ある時、その国を見届けようとする者が現れ、一族に呼びかけたところ、数十人の者がそれに応じた。その集団は島のような大きな筏(いかだ)を組み、馬も二十三頭積み、氷の張った海へ旅に出た。そして海に漂うこと85日が経過したが、全員が飢えることなく、また死者も出ず、無事漂着したところが東日流(つがる)のヌカンヌップ、またの名を都母(青森県上北郡方面)というところで、その地名からとって津保化族(ツボケゾク)と呼ばれるようになった。

 津保化族(ツボケゾク)の先祖は、氷の溶けなくなった国より移って来た阿曽辺族(あそべぞく)と同族であるが、阿曽辺族(あそべぞく)と違うところは、郷土へ帰ることを最終目的として探検の旅に出、その途中で立ち寄ったことだった。
 ところが東日流(つがる)へ立ち寄ってみると、山には獲物の幸が、海には魚貝の幸が無尽蔵にあるのをみて、郷土に帰ることをあきらめて、この地に定住することを決めたのだった。
 一族は渡り族といって居住に定まりがなく、人数が揃うと日高見国羽前(ひたかみのくにうぜん:宮城県)へ住み着き、狩猟をし、一族の人数が増えると居住する場所を移し、奥州(おうしゅう:岩手県の内陸南部)のいたるところへ行って、先住民の領地へ居住し、目的を達するとまた別の地へ移動するという習性があった。

 この移動についていけない者、主に老人はその地に残され、若者だけが新天地を求めて移って行った。その地に残された者は、そこで死に至るのを待たなければならないという親族無情の習性があった。
 しかし、世が移るにつれて渡り者は、幸が豊富な無人地をみつけると迎えに来る心情に変わっていった。
 この一族は何故か、どんなに飢えることがあっても馬だけは殺さなかった。それは一族の掟で、馬は狩や戦いに使う神としてあがめていたからだった。そして津保化族(ツボケゾク)は、祖国の平野を駆ける血筋の馬と犬は、男女のまぐわいの神の使者であるとし、大切に飼うのが当然のことと思っていた。後の東日流(つがる)に野生の馬が駆けていたのは、この一族の名残りである。

 もともと津保化族(ツボケゾク)は戦闘的な性格だった。東日流(つがる)に移住して来た時、狩猟して移動せず、おとなしい暮らしを続ける阿曽辺族(あそべぞく)の性格は知っていたが、戦を仕掛けなかったのは、一族の勢力が戦のできる域まで達していなかったからだった。しかし年月を経るとともに、津保化族(ツボケゾク)の人数は確実に増えていった。

 ある時、阿曽辺族(あそべぞく)が西浜に大勢の支那国人が漂着して居住しようとしているのを見ても、防御の戦を仕掛けることもなく、自らその領域を護るための争いをしない一族と知るや、津保化族(ツボケゾク)は、諸々に散らばっている同族に、阿曽辺族を襲うことを通達して数を集め、一挙に領地へ侵入し、集落に火をかけ、女を犯し、老人を殺して獲物を奪った。

 阿曽辺族(あそべぞく)は突然のことであり、応戦する備えもなく、津保化族(ツボケゾク)のなすがままとなり、東日流(つがる)は津保化族(ツボケゾク)によって占領されてしまった。
 阿曽辺族(あそべぞく)の生き残った者はいたし方なく青森県の阿闍羅山(あじゃらやま)に脱した。
 領地を奪った津保化族(ツボケゾク)は、東日流(つがる)全域に館を築いて居住し、阿曽辺族(あそべぞく)と領界を定めたが、その領域争奪の争いは続き、一族間で流血の絶えることがなかった。
 阿闍羅山(あじゃらやま)に脱した阿曽辺族(あそべぞく)だったが、津保化族(ツボケゾク)の権力化におさえられ、長い間、その使奴(つかいやっこ)となる時代が続く。

 しかし阿曽辺族(あそべぞく)としても、いつまでも黙しているわけにはいかなかった。阿曽辺族(あそべぞく)系の中に加無礼という族長がいたが、彼が阿闍羅山(あじゃらやま)に逃れていた一族を結集して挙兵、自分達の土地の奪回に津保化族(ツボケゾク)の集落に攻め入った。
 もとより飢えれば野生の馬でも狩るという一族だったので、この作戦は成功した。そしてひそかに迫って射る矢には毒が塗られており、津保化族(ツボケゾク)の中にはこの矢に当たって死亡する者が増え、また飢えにも窮するようになった。
 さすがの津保化族(ツボケゾク)もこれにおじけづき、しばらくの間応戦を避けたが、いつまでもこの状態を放置するわけにはいかず、津保化族(ツボケゾク)の中の阿佐津貴という族長が一族を結集し、阿曽辺族(あそべぞく)と交戦したが敗れた。敗れた原因は、あてにしていた中山からの援軍が来なかったからだった。こうして阿闍羅山(あじゃらやま)一帯の領土は阿曽辺族(あそべぞく)のもとに戻った。

 敗れた津保化族(ツボケゾク)の長・阿佐津貴は軍策を練り、再び一族を総挙して阿曽辺族(あそべぞく)の陣を遠巻きにして風向きをはかり、山に火を放つと、火は折からの風によって阿曽辺族(あそべぞく)の陣に燃え移った。阿曽辺族(あそべぞく)は風上に向かって逃れようとしたが、そこには津保化族(ツボケゾク)が待ち構えていてこれを討った。ここで阿曽辺族(あそべぞく)の半数が殉じた。

 生き残った阿曽辺族(あそべぞく)は、一族の酋長(しゅうちょう)の居住地の阿曽辺盛(あそべのもり:岩木山=いわきさん)に引き揚げた。阿曽辺族(あそべぞく)は山で生活し、津保化族(ツボケゾク)は海辺で生活していたが、この両族は常に暮らしの財を求めたので交流することなく、互いに領域を侵しての争いを続けた。

東日流外三郡誌

■紀元前1万2000年頃

アマゾン文明のマルカワシ高原の巨大な石像----------------------------------------------------------

 偉大な文明を誇ったアマゾン文明の都市群は、海に沈むことはなかったが、南米の深いジャングル「グリーン・ヘル」(密林の地獄)の中に埋もれてきた。そしてそれらの都市は、これまで一度も海の水をかぶったことがない。そしてそのために、「忘れられたパイチチ」が蓄積した膨大な情報のすべてが、ほぼ完璧な状態で残っているのである。

 アマゾン文明の影響を受けていたアンデスの「マルカワシ高原」にある「失われた聖なる森」を、ワンカ・インディオの末裔(まつえい)たちは、「魔法使いと巨神の園」と呼んでいるがその名のとおり、その一帯には実に不思議な雰囲気が漂っている。マルカワシ高原の最頂部には、巨大な石の要塞がよい保存状態で残っており、それを取り囲むようにして、いくつものチュルパ(埋葬用石塔)が立ち並んでいるが、それらはすでに盗掘にあっている。
 当時のカハマルカ(ペルー)でインカ皇帝アタワルパを殺害した後でそこにやってきたスペイン人たちが、彼らの「黄色い金属(黄金)」への欲望を満たすために、古代のミイラのことごとくを破壊してしまったのである。今日ではそれらの墓の中には、骨のかけらが無残に転がっているだけである。それゆえに、近くの谷の断崖の中腹に、無傷のまま存在する横穴式の墓は極めて貴重な遺産である。そこは奇跡的に難を逃れ、中には今でも数知れないミイラが眠っている。
 マルカワシ高原は、海抜およそ3700メートルに位置しており、ほぼ1年中霧に覆われているが、3月から9月にかけてはときおり明るい太陽が差し込み、鮮やかな輝きを見せる。そこに存在する巨大な石像の多くは、この世界の太古の秘密を数多く我々に伝えてくれる。まず、現在の南米大陸では見ることの出来ない、ライオンや象、ラクダ、ペンギンその他の鳥や動物の像がたくさんあり、さまざまな形態の人間の像、またイースター島のモアイやそのままの石像も多く、緻密に彫られた美しいスフィンクスや、忘れられた神々の像もある。
 それらは石像としてはまさに巨大な大きさであり、科学的試算の結果、それらを造った人々あるいは種族は、身長が少なくとも3.7メートルはあっただろうと結論づけられた。
 また、そこにある石像群の多くが、奇妙なブーンという振動音を、ほぼ途切れることなく発し続けている。それが自然に発生している音でないことだけは間違いない。


高度な巨石とピラミッド文明について------------------------------------------------------------------

 インカ(クスコ、マチュピチュ、サクサイワマン、マルカワシ高原)、マヤ、アステカ、エジプトなどの文明に見られるピラミッドや巨石の建物は、祭司たちが心を一つにすることで力を合わせ、石を持ち上げるのに必要な音の周波数を設定して、単純に努力無しに造られたものである。マヤ族も「音」のパワーに関する知識を持っていた。
 彼らは現代の人類の気づきや学びを促すために、貴重な情報を沢山残して光の世界へと引き上げていった。よって現代人がマチュピチュなどを訪ねても、それはただの遺跡であって、彼らはもうそこには存在しない。彼らは内部地球やメキシコなど中南米のピラミッドが存在する山々の多次元世界に存在しており、それはエジプトでも同じである。現代人はミイラなどを発掘するが、それらは単なる死体であって、そういうものに焦点を当てても重要なものは何も発見することはできない。
 インカ、マヤ、アステカといった存在は、実は現在行われつつある人類の救済活動について知っており、知識があった。そのために、来たるべき大変化の時代を後の人類が研究し、理解してほしいという望みを託して、文化遺産を残していった。


キューバ沖の海底ピラミッド複合施設------------------------------------------------------------------

 2012年1月に、2人の科学者ポール・ワインツワイグ氏とポーリーン・ザリツキ氏は、キューバ沖の海底でピラミッド複合施設の遺跡を発見したが、この遺跡の位置は後述しているエンリルの神聖緯度の北緯30度線上にある。


 ザリツキ氏が発見した海底の島には、エジプトのギザのピラミッド構造体に見られるシンボルや象形文字があることで、かつてキューバは偉大な文明が存在した島であったことが明らかになった。科学者チームは、深海潜水装置を使い、ギザよりも高いピラミッドなどの構造体を複数発見した。発見された高さ200m、幅300mの巨大ピラミッドの頂点には、水晶(クリスタル)のようなものが置かれていた。ピラミッド構造体に使われている石は、切断された後に、きれいに削られ研磨されている。遺跡の多くの部分には、未解読のエジプトの象形文字を使った不思議な碑文が書かれている。




 またフロリダ半島沖にあるバハマ諸島ビミニ島から1キロほどでも、海底遺跡の寺院などが発見されている。



アマゾン文明からの出土品--------------------------------------------------------------------------------

 神聖緯度とされた北緯30度線と0度線が合わさった石の地図が、エクアドルで発見されている。考古学者クラウス・ドナ氏がエクアドルで発見した石の地図に描かれている線上には、次の巨石建造物が配置されている。イースター島から、赤道に30度の角度で進んで行くと、著名な遺跡が次々と現れる。

・イースター島「モアイや多角形の石積み」
・ペルーの「ナスカの地上絵」
・ペルーの「マチュ・ピチュ」
・アルジェリアの「タッシリ・ナジュールの岩絵」
・エジプトの「シワ・オアシスのアメン神殿」
・ギザのピラミッド
・ヨルダンの「ぺトラ遺跡」
・イラクの「ウル遺跡」
・イランの「ペルセポリス」
・パキスタンの「モヘンジョ・ダロ遺跡」人骨から放射能を検出
・インドの「ガジュラホ」
・ミャンマーの「ピイ」
・タイの「スコータイ」
・カンボジアの「アンコールワット」


 水晶で出来た白い線が描かれた石の世界地図が作られ、インド、タイと繋がり、地球を一周している。中近東、サウジアラビアの辺りに埋め込まれた瞳の形をしたものがあり、そこから東西に走る水晶の線がある。東を辿っていくとインド、タイへ、そして細長い島へ。これは昔、日本は台湾に繋がっていた巨大な大陸だったからである。さらに西へ進むと南米に行く。丁度グアヤキル湾を通っていく所の少し北を見ると、また瞳の埋め込みがあるが、ここがこの地図が描かれた石が見つかった場所である。ここは世界中で最も水の質が良い所として知られている。



 上の画像のエクアドルから発掘された石は、「瞳つきのピラミッド」として知られ、現在のイルミナティやフリーメーソンのシンボルともなっているものである。瞳の下には13段の階段があり、米国の1ドル札に描かれたプロビデンスの目と同じである。目は人間の目とは似ていない。裏側にはオリオン座の石の埋め込みがある。また裏側には4文字の文字も刻まれているが、サンスクリット語よりも古いものとされ、意味は「創造者の御子来たる」とされている。
 このような文字で書かれた遺物はエクアドル、コロンビア、米国イリノイ州、フランスのグローゼル、地中海のマルタ島、トルクメニスタン、オーストラリア、南イタリアのカラブリアからも発見されている。またこれらの出土品はインダスやイースター島からの出土品に見られる文字にも似ている。

 また同じ遺跡からヒスイで出来た飲み物のコップセットも出土している。小さいコップが12個でそれぞれの大きさは異なっているが、大きいコップにはオリオン座が埋め込みがある。
 
 またストレート石でできたコブラが発見されてもいるが、コブラは南米には生息していない。コブラの石の裏側には33本の線が刻まれているが、33という数字は神秘主義で見られる有名な数字である。



 ヘビは世界中で使われている特別に重要なシンボルであり、法王やファラオ、王や王女といった王座を示すシンボルに使われている。ヘビというのは古代から近代までどの大陸においても、王族や種族の酋長やシャーマンといった人々にとって装飾として欠かせないものであった。さらには西洋医学のシンボルとしても使われている。それは2匹のヘビが螺旋状に絡まったもので、カドセウスと呼ばれ、ニビルのニンギシュジッダの象徴である。
 ヘビが自分の尻尾をくわえていたり、ヘビを手に握っているイメージは女神(めがみ)のシンボルとして使われており、これは女神の創造を意味するものでもある。コイルのように、ヘビが円形や楕円形に巻きつくものは女性器そのものであり、命を授かる女性の臓器への入り口を表している。


ボリビアでの発掘品----------------------------------------------------------------------------------------



コロンビアでの発掘品-------------------------------------------------------------------------------------

 下記の画像の左のコロンビアの母子像は、日本の縄文土偶を含め、世界中で発見される女神像と同じ共通点を持っている。それは膨らんだ下腹部、肩が広がってわきの部分が開いている、へそ当たりに印がある、などとなっている。


ペルーのカブレラストーン--------------------------------------------------------------------------------

 南米ペルー南部のイカからは、カブレラストーンと呼ばれる恐竜と人間などが描かれた石が出土している。恐竜は約6,600万年前に絶滅したとされているが、出土したカブレラ・ストーンは年代測定の結果、1万2000年以上前に作られたということがわかった。
 カブレラ・ストーンの一つには、ナスカの地上絵の猿と同じ猿が描かれた石もある。ナスカの地上絵がアヌンナキによるものであることは後述しているが、つまりカブレラ・ストーンもアヌンナキ作ということである。
 またアヌンナキのシンボルとしてよく出てくる螺旋状に絡まった蛇や六芒星のカブレラストーンも発見されている。











アカンバロの土偶------------------------------------------------------------------------------------------

 メキシコのアカンバロという村から恐竜のような土偶や、二足歩行を行う不思議な生物をかたどった土偶が発見されている。

■紀元前1万800年頃

大洪水の前兆-------------------------------------------------------------------------------------------------

 マルドゥクとイギギが地球人女性と結婚したことにより、エンリルは動揺して、心がかき乱されていた。彼の目には、アヌンナキ・ミッションは堕落したと映った。また、わめき叫ぶ地球人たちの集団、地球人たちの意見表明がうっとうしかった。その時代、疫病やペストが流行り、地球人は打ちひしがれていた。地球人に治療方法を教えたいとニンマーが申し出たが、エンリルは禁じた。地球人に運河と人工池の建造を教え、海から魚や食べ物を入手させるようエンキは進言したが、エンリルは禁じた。
「飢えと疫病で地球人を滅ぼそう!」
とエンリルはエンキに言った。ジウスドラ(ノア)が地球人の代弁者として主エンキの家に行き、助けと救済を求めたが、エンキはエンリルの法に縛られ、何もできなかった。

 この頃、3600年周期でニビルが太陽系に近づいていた。惑星の異変が、ニビルから観測された。太陽の表面には黒い点が現れ、表面から炎が噴出した。計り知れない理由から、太陽系の天体は不安定な様相だった。地球では3シャル(1万800年)、4シャル(1万4400年)と“白い土地”の化粧が観測された。ネルガルとエレシュキガルによって、“白い土地”の雪に奇妙なゴロゴロ鳴る音が記録され、雪氷(せっぴょう)が滑っているのが観測された。“海の向こうの土地(南米)”ではニヌルタが観測機器を設置し、地球の底での揺れに気付いた。エンリルはニビルに警告を発した。ニビルの接近により、地球はその巨大な重力に囚われ、“白い土地”の雪氷が滑り落ち、水の大惨事を引き起こすことを、ニビルは返信した。アヌは、地球とラーム(火星)から避難するよう命じた。

 こうして異変は太陽に現れたのである。この状況は、ニビルの接近も大きく影響していた。その徴(しるし)は地球上でも現れていたが、特に太陽の変化が激しかった。黒点の増大と、太陽フレアの活発化である。困難な状況を利用して、エンリルは人類を滅ぼそうと企んだ。
 このような太陽の変化は、アダムゥとティアマトのエディン追放後、ニビルが接近した時の変化と類似している。メソポタミアの古文書には、洪水前の(物質的、精神的)荒廃状況を記したものがあった。

“第3シャアトタムがやって来た。人々の姿は飢えのために変わってしまった。(中略)第6シャアトタムがやって来た時、人々はその娘を食事のために用意した。子供を食物にしたのだ。1つの家族が他の家族をむさぼり食った。”

 これは本当に共食いを始めたわけではなく、後に生じた誤解である。しかし神々アヌンナキのエゴは凄まじく、それによってニビルは滅びた。後に、そのエゴを人類が背負うことになり、人類も存続の危機に直面する。粘土板には、ニビルはしばしば十字で記されているが、まさに人類はニビルとアヌンナキのエゴという十字架を背負わされたわけである。


謎の密使ガルズ----------------------------------------------------------------------------------------------

 地球では、いつでも脱出できるように準備が整えられた。ある時、“空の二輪戦車”の1つから、1人の白髪のアヌンナキが降り立った。ガルズ、“大いなる知者”が彼の名だった。彼は威厳ある歩みでエンリルに近づき、アヌから封印されたメッセージを手渡した。
「私はガルズ、王と議会の全権密使です」と彼は言った。エンキとニンマーも召集された。アヌからのメッセージには、王と議会に代わってガルズが話し、彼の言葉はアヌの命令である、と書かれていた。ガルズはニンマーと同じ学校の同級生だったことを明かしたが、ニンマーは思い出せなかった。彼は息子のように若く、彼女は年老いた母親のようであった。ガルズは言った。
「説明は簡単につきます。我々はニビルで冬眠します。その生涯サイクルによって、引き起こされているのです!実に、このことが私の任務の一部で、避難に関する秘密です。ドゥムジがニビルに滞在して以来、ニビルでは戻ってくるアヌンナキを検査しました。すると、彼らはニビルのサイクルに馴染めなくなっており、睡眠は妨げられ、視力は劣り、重力が歩行に重さを加えました。そして、息子は残していった両親よりも老けており、精神的ダメージを受け、死が帰還者たちに訪れました。このことを、私は警告しに来たのです」
 指導者たちは押し黙った。エンリルは怒りに襲われた。
「エンキと地球人によって、我々は主人から召使にされてしまった!」とエンリルは激白した。
「ニビルでは、“万物の創造主”がなされるままに“宿命”に委ねるべきか、あるいは地球に起こることは“万物の創造主”によって考えられたもので、我々はその密使をうっかり見落としているのか、そのことについて議論を続けてください」
とガルズは言った。そして「ニビルからの密命です。あなたがた3人は地球に残る。ニビルに帰ったら、死ぬだけです。“空の二輪戦車”で地球の周りを回り、災害を辛抱強くやり過ごすのです。他のアヌンナキは、立ち去るか、災害を辛抱強く待つのかを選ばせます。地球人と結婚したイギギは、出発か配偶者かどちらかを選ばなければなりません。サルパニトを含め、地球人は誰一人として、ニビルに来ることは許されません。留まって何が起こるのか見届ける者は、“空の二輪戦車”に避難するのです。その他の者たちについては、ただちにニビルへ出発する準備を整えなければなりません」とガルズはニビルの指示を秘密裏に指導者たちに明かした。
 こうして謎のガルズによって、生涯サイクルの秘密が明かされ、大災害に備え、地球のアヌンナキとイギギたちはどうすべきか、彼によって指示された。


自らの運命の決定-------------------------------------------------------------------------------------------

 エンリルはニブル・キで、アヌンナキとイギギの司令官たちによる会議を招集し、事態を話した。「立ち去ることを望む者は全員、準備された“空の船”でニビルに退避する。だが、地球人の配偶者がいる者は、配偶者を置いて立ち去らねばならぬ。配偶者や子供に愛着のあるイギギは、彼らを地球の一番高い峯に逃れさせよ!そして、留まることを望む者たちは、“天の船”で地球の空中に残ることになる」とエンリルは言った。そして「司令官として、地球の“宿命”を目撃するために、私は留まる最初の者となろう!他の者たちは、自分で選択すれば良い!」と続けた。
「私は父と共に留まる」とニヌルタが言った。「大洪水を月で待ちたい」とナンナルは奇妙な願いをした。イシュクルは父と共に留まることを決意した。他、ウツとイナンナ、エンキとニンキ、マルドゥク、ネルガル、ギビル、ニナガル、ニンギシュジッダ、ドゥムジも留まることを決意した。そして、ニンマーは「私が創造した地球人を、私は見捨てません!」それにエンキが続いた。「驚くべき“生き物”は我々によって創造された。我々によって守られるべきだ!」と叫んだ。

 しかしエンリルは、事ある毎にエンキが逆らい、婚外交渉でアダパなどをもうけ、彼を“天”へ連れて行き、ニビルの叡智を授けたこと、エンキの息子マルドゥクのせいでイギギが地球人女性と結婚してしまったことなどを非難し、「もう十分だ!これ以上、忌まわしい行為を続けさせはせぬ!」と腹立たしげに宣言した。そして、成り行きを妨げることなく成るがままにしておくことを、他のアヌンナキたちに宣誓するよう、要求した。
 最初にニヌルタが、後にエンリルの息子たちが続き、それからネルガル、エンキの他の息子たちが続いた。ニンマーも涙ながらに誓った。エンリルはエンキを凝視した。「何故、私を誓いで縛ろうとするのだ。私は洪水を止めることはできないし、地球人の群集を守ることはできない。エンリルに、永久に責任をとってもらおう」とエンキは言った。
 エンキとエンリルの対立はこれほど激しかった。特に、エンリルのエゴはマルドゥクと同じぐらい激しかった。むしろニビルの法に照らし合わせれば、エンリルの言っていることが正当なので、エンキのエゴであった。


遺伝子の採取と保管----------------------------------------------------------------------------------------

 エンリルは命令を下し、それぞれがそれぞれの宿命に従った。海の向こうの山間地にはニヌルタ(アラム・ムル)、“白い土地”にはネルガルとエレシュキガルが観測のために配置され、地球人たちからの襲撃の警備をイシュクルにあたらせた。
 エンリルはエンキに言った。「万が一にも助かった時のために、これまでに起こったことをすべてタブレットに記録し、地球の奥深くに埋めておこう」エンキは賛同し、“メ”とその他のタブレットを黄金の箱にしまい、シッパールの地中深く埋めた。
 そして、エンキは密かにニンマーに話しかけた。「エンリルは地球人だけにこだわっているので、他の生物に気が向いていない。絶滅から救うため、2人で生命の種子を保存しよう。彼らの生命エッセンスを保管のために抽出しよう!」ニンマーは、その栄えある任務に同意した。ニンマーはシュルバクで何人かの助手の手を借りて、エンキはアブズでニンギシュジッダの助けを借りて、“生命の家”で男性と女性のエッセンスと生命の卵を集めた。それぞれの種類で2個ずつ、シュルバクとアブズに2個ずつ保存した。それから、ゴロゴロという音が不吉だ、という知らせがニヌルタから、“白い土地”が揺れているという知らせがネルガルとエレシュキガルから発せられた。

 このタブレットを保管した黄金の箱は、契約の箱の原型である。人類を創造したエンキとニンマー、ニンギシュジッダが中心となって、秘密裏に地球上の生物種を救ったのである。


ガルズからのエンキへのお告げ---------------------------------------------------------------------------

 シッパールにすべてのアヌンナキが集まり、“大洪水の日”を待ち受けた。ある日、エンキが夢物語を見た。天空のように明るく輝く1人の男が現れた。それは、白い髪のガルズであった。彼は右手に尖筆(せんぴつ)を、左手にラピスラズリの石板を持っていた。彼はエンキのベッドに近づいて来て、こう言った。
「あなたのエンリルに対する非難は不当である。あの決定は、彼ではなく“運命”が定めたものである。さあ、“宿命”を手に取りなさい。地球は地球人に受け継がれるのだ。ジウスドラを呼び寄せ、誓いを破ることなく、彼に迫り来る大災害について明かせ。押し寄せる水に耐えられる船を造るよう命じるのだ。この石板に描かれたものと似たものを。その船で、彼とその親族を救うのだ。そして、他の動植物も、有益なものすべての種子も持たせるのだ。それが、“万物の創造主”の御意思である!」
 ガルズは尖筆(せんぴつ)で石板に絵を描き、エンキのベッドの横に置いた。そして、その光景が薄れていくにつれ、エンキは目覚めた。「この意味は何なのか。どんな前兆が隠されているのか」驚いたことに、ベッドの横に、その石板が実際に置かれていた。そこには、船の設計図が描かれていた。エンキは自分の密使たちを送り出し、ガルズを探させた。しかし、ガルズは見つからなかった。

 ノアの箱舟の設計図は、ガルズがエンキに手渡したのである。しかも、“万物の創造主”の御意思、という名目で。しかし、前述の話と合わせても、ガルズという人物を登場させることにより、アヌンナキ=「神々」でさえ、宇宙創造の“万物の創造主”の御意思=宇宙の法則・宿命には逆らえない、ということを暗示している。ならば船の設計図は、エンキが描いたということになる。“メ”をすべて持っているのはエンキなので、それも当然ではある。
 そして、この夢物語が、後の聖書に於ける預言者の夢物語や幻視の原型となっている。後世には「神々」が直接手を下すのではなく、このような“お告げ”の形式で人類を導くという方法を採るために、このような話が創られた。さらに、アヌはガルズという密使を知らない。つまり、ガルズは“人類の救世主”の予型(よけい)である。そして、このような“お告げ”“予型”という“知恵”を考えることができるのも、知恵の神エンキに他ならない。何よりもこのタブレットは、“主エンキの御言葉”なのである。


ジウスドラ(ノア)への警告---------------------------------------------------------------------------------

 その夜、ジウスドラ(ノア)が寝ている葦の小屋へエンキはこっそり行った。誓いを破ることなく、エンキは葦の壁に向かって言った。「起きろ、起きるのだ!」ジウスドラが目覚めると、更に続けた。「葦の小屋よ、私の指示に従うのだ!あらゆる都市に大災害が襲い掛かる。それは、人類とその子孫の破滅となる。さあ、私の言葉に耳を傾けるのだ。家を捨て、船を造れ。財産を一蹴し、命を守るのだ!その設計図は、石板に記されている。私はそれを、小屋の側に置いておく。船は隅々までしっかり覆うのだ。船は様々な方向に回転できるようにし、水の殺到を乗り切るのだ!7日間で船を造り、その中へ親類を集めよ。食糧と飲み水を山積みにし、家畜も連れて行くのだ。その後、指定された日に、お前に合図が送られる。私が任命した船頭が、お前のところへやって来る。その日、お前たちは船に乗り込み、大洪水に備えるのだ。恐れることはない。その船頭が、安全な場所へお前たちを導く!」
 ジウスドラはエンキの声に跪(ひざまず)き、「我が主よ、お顔を見せて下さい!」と叫んだ。エンキは「私はお前にではなく、葦の小屋に対して喋ったのだ。エンリルの決定により立てた誓いに、私は縛られている。もし、お前が私の顔を見たら、お前は他の者たちと同じように死ぬことになる!さあ、葦の小屋よ、私の言葉に心を留めるのだ!その船の目的、アヌンナキのことは黙っておくのだ。尋ねられたら、こう言うのだ。『主エンリルが主エンキに対してご立腹になられた。私はエンキ様のお住まいへ航海して行く。そうすることにより、エンリル様のお怒りが収まるかもしれない』と」

 このエンキが姿を見せない出来事は、神の姿が見えない原型となる。

 声が聞こえなくなると、ジウスドラは壁の後ろへ回った。そこには、石板が置かれており、船の設計図が描かれていた。刻み目が寸法を表していた。文明人の中でジウスドラは最も賢かった。言われたことを彼は理解した。朝、町の人々に彼は次のように宣言にした。
「エンリル様は私の主であるエンキ様に腹を立てていらっしゃる。そのためエンリル様は私をも憎んでおられる。この町に私はもう住めない。今後エディンにも行けない。アブズのエンキ様のお住まいに、私は船に乗って行くつもりだ。船を急いで造ってそれに乗って私はここを離れる。それでエンリル様の怒りも治まり、艱難辛苦(かんなんしんく)も終わりになる、あなた方の上にはエンリル様の恵みが以後注がれるようになるだろう。」

 人々がジウスドラの周りに集まったのは昼前だった。彼のために急いで船を建造しようと彼らは互いに激励し合った。年長者たちは船建造用の木材を運んで来た。若者たちは湿地帯から瀝青(れきせい:アスファルト)を運んだ。大工たちは木の板を打ちつけ、ジウスドラは釜で瀝青(れきせい)を溶かした。彼は瀝青(れきせい)で船の内と外を塗り防水し、板に描かれたような船が5日間で完成した。
 ジウスドラの出発を楽しみにしている町の人々は、船まで食べ物と飲み物を運んで来た。自分たちが食べるものでさえ彼らは持って来た。彼らはエンリルを早くなだめたかった。四つ足の動物たちも船に入れられた。野の鳥たちは自ら飛んで来た。ジウスドラは船にその配偶者と息子たちを乗せた。彼らの妻や子供たちもやって来た。
「エンキ様の住居へ行きたいものは、誰でも乗船できる」
 そうジウスドラは集まった人々に言った。皆エンリルの恵みを期待していたので、その呼びかけに注意を払ったのは僅かの職人だけだった。


船頭の到着---------------------------------------------------------------------------------------------------

 6日目に、“大いなる水の主”ニナガルがやって来た。彼はエンキの息子で、航海士として選ばれた。彼はヒマラヤ杉の箱を持っていた。そこには、エンキ、ニンマー、ニンギシュジッダによって集められた生物の生命エッセンス(DNA)と卵が入っていた。「エンリルの憤怒から隠し、地球が望むなら、命を復活させるために!」とニナガルはジウスドラ(ノア)に説明した。こうして、すべての獣たちのつがいが船に隠された。

 大洪水が待ち受けられたのは7日目、120番目のシャルだった。大洪水は1万3千年ほど前、ジウスドラが3万6千歳の時、地球が黄道12星座の獅子座の位置にある時だった。そして、崩壊が迫って来たのは、ライオンの星座の位置であった。エンキの息子ニナガルがジウスドラを先導した。


ノアの大洪水発生-------------------------------------------------------------------------------------------

 大洪水の前の数日地球では振動音が続き、苦痛のうめき声のような唸(うな)りを地球は上げた。大災害の起きる直前の何日間かは、夜にはニビルが輝く星のように見えた。昼は暗黒で、夜は月がまるで怪物に飲み込まれたかのようだった。地球は振動を始め、今まで経験したことのないような網の力にそれは動揺した。夜明けの光の中に、黒雲が地平線(水平線)に湧き上がった。朝の光は漆黒に変わり、まるで死の影により覆われたかのようだった。すると雷鳴がこだまし、稲妻が空を走った。
「出発!出発!」
 ウトゥはアヌンナキに合図した。天の船の中に乗り込んだアヌンナキは、天の方へ舞い上がった。18リーグ離れたシュルバクに、ニナガルは光り輝く噴出を見た。
「閉めよ!ハッチを閉めよ!」
 ニナガルはジウスドラに向かって叫んだ。彼らは一緒に引き戸を下に引き、ハッチを閉めた。船は完全に閉まっており水漏れの心配がなかった。内側には光は射し込まなかった。その日、その忘れられない日に、大洪水は轟音とともに始まった。地球の底にある「白い大地」では、地球の根底が揺れていた。それから千の雷鳴を合わせたような轟音を伴って、内陸の氷が滑り出した。今まで経験したことのないようなニビルの網の力で引きずり出され、南の海に雪崩(なだれ)を打った。内陸の氷は次から次へと崩れ落ち、「白い大地」の表面は割れた卵の殻のように崩れてしまった。
 たちまち大津波が生じ、水の壁は天にまで届いた。前代未聞の激しい嵐が、地球の底から唸り声を上げ、その風は水の壁を運び、津波は北の方向へ広がって行った。水の壁は北へ向かって突進し、南極大陸から)アブズの地に到達した。そこから更に入植地へ向かってそれは進み、エディンを圧倒し、飲み込んだ。水の壁である大津波がシュルバクに達したとき、ジウスドラの船は停泊地から持ち上げられ、放り投げられ、いわば水の奈落の底へそれは飲み込まれてしまった。完全に浸水したが、船は頑丈で、一滴の水も中には入らなかった。外では荒れ狂う波が死者の多い戦闘のように人々をなぎ倒し、人間は誰も見えず、大地は消失し、水だけがあった。かつて地上に立っていたものは全て強い水の力で洗い流されてしまった。その日が終わる前に水の壁は速度を増し、山々をも凌駕してしまった。



ノアの箱船---------------------------------------------------------------------------------------------------

 アヌンナキは天空の船で地球の周りを回っていた。彼らは部屋の中に群がり、しゃがんで外側の壁に寄りかかり、眼下の地球で起きていることを、目を凝らして見ていた。ニンマは天空の船の中で、陣痛の女性のように叫び声を上げ嘆き悲しんだ。
「私の造ったものが池に溺れるとんぼのように水の中に沈んでしまった。全ての生命が荒れ狂う波によって洗い流されてしまった!」
 彼女と一緒にいたイナンナも嘆き悲しんでいた。
「眼下のものは全て、命あるものは全て、粘土に変わってしまった!」
 このように言いながらニンマとイナンナは泣いた。彼らは泣くことにより感情を和らげた。他の天空の船ではアヌンナキたちが怒り狂う光景を見て謙虚な気持ちになっていた。その時彼らは自分たちよりも強い力を畏敬の念を持って見つめていた。彼らは地球の果物を食べたかった。発酵させた霊薬を飲みたかった。アヌンナキは互いに「見よ、粘土に返ってしまった!」と言い合った。巨大な大津波が地球を襲った後、天の水門が開き、突然天から地上にもの凄い水が降り注いだ。7日間、上からの水と「偉大な下(南極大陸)」の水とが混ざり合った。
 それから水の壁はその限界に達し、その殺戮を止めたが、空からの雨は更に40日40夜降り続いた。アヌンナキは座席から下を見下ろしていた。以前乾いた土地だった所が今では海になっていた。かつてその頂を天までそびやかしていた山々、その頂は今では島のように海の中に浮かんでいた。そして乾いた地に生きていた物はすべて大津波の中に滅びてしまった。

 それから水は、最初の頃のように、窪みの中に集められていき、前後に揺れながら、日毎に水位が下がっていった。40日の後、ジウスドラ(ノア)は船のハッチを開け、自分の居場所を調べた。明るい日だった。そよ風が吹いていた。船だけが広漠とした大海に漂っており、その他には命あるものの気配は全くなかった。人類、命あるもの全てが、地表から洗い流されてしまった。
「我々数少ない人数以外は誰も生き残らなかった。しかし足を降ろすことのできる乾いた地はまだない。」
 そうジウスドラ(ノア)は親類たちに言い、座して嘆いた。

 その頃エンキが指名したニナガルが船をアルラタの双子山(アララト山)に向け、帆を張り、船を導いた。ジウスドラは待ちきれなくなり、乾いた土地を調べるため、鳥を放った。最初のツバメは帰って来た。次のカラスも帰って来た。最後に鳩を送り出すと、小枝をくわえて戻って来た。それにより、乾いた土地が現れたことを知った。


 ノアの箱船はトルコの東のアララト山に流れ着いた。アララト山にはノアの箱船の痕跡が残っている。箱船は、長さ133.5m、幅22.2m、高さ13.3mである。

 ノアの大洪水は、ニビルの巨大な重力で南極の氷床が崩れ落ちて発生した大津波が原因だったが、それだけではない。ニビルの接近により気候も大変動し、とてつもない豪雨が降り注いだ。これより以前には小惑星帯からの隕石が降り注いだ。これと同じことが太古の昔にも起きており、ニビルの衛星がティアマトに衝突して地球が誕生した。つまり、ニビルの長楕円周回軌道は、太陽系の惑星に対して、とてつもない影響を及ぼすのである。
 最近の接近は紀元0年前後、ベツレヘムの星として天空に輝いた。その時にイエスが誕生し、最接近の際に処刑され、天変地異が起きた。それは、聖書にも書かれている。そして沿岸部にあった都市、例えば日本近海の海底遺跡などは現在も海中に眠っている。しかし、その後、とうとうニビル人のエゴによって破壊してしまった。それで地球からも金が運ばれなくなった。現在のニビルは、遠日点から2~300年ほど地球側に向かっている距離にある。最接近は3500年頃である。

 この時の隕石の一部は、メキシコに落ちていた可能性がある。紀元前1万800年のこの時期はヤンガードリアス期と呼ばれ、約10年のあいだに気温が約7.7度以上下降したということが科学的調査でわかっている。これは氷期から間氷期に移行する時の急激な温暖化によって、北半球の氷床が溶解し、大量の淡水が大西洋に流入して海洋・気候のシステムに大きな影響を与えたためと言われていたが、
「米科学アカデミー紀要(電子版)にメキシコや米国などの研究チームが発表する論文によると、チームはメキシコ中部のクイツェオ湖(Laguna Cuitzeo)にある1万2900年前の地層を分析。通常は見られない、急激な加熱と冷却によりできたダイヤモンドの微粒子などが含まれていたことから、山火事や火山噴火ではなく彗星などの空中爆発や地上への衝突が起きたと結論づけた。 」平成24年3月6日(火)の朝日新聞朝刊、37頁

 この出来事は、北アメリカ、中央アメリカ、南アメリカだけではなく、ヨーロッパ、アフリカ、そして中東にも影響を及ぼした。ヤンガードリアス期はヨーロッパに非常に大きな影響を与えたが、世界各地でも類似の現象が報告されている。

・ノルウェーやフィンランドがあるスカンジナビアにおける、森林から氷河性のツンドラ(代表的な植生がチョウノスケソウ)への交代。
・世界各地での山岳部、山脈部での氷河作用の進行もしくは降雪量の増加。
・アジアの砂漠起源の塵(ちり)の地球大気中への増加。
・レバント(シリア、レバノン、ヨルダン、イスラエル)の南部のナトゥーフ文化(紀元前11000年頃-紀元前8500年頃)で、農業が始まった原因と言われる。レバント地方の旱魃(かんばつ)。

 このニビルの接近の後、海水面が100メートル上昇した。そのため、多くの遺跡は海面下に眠ることになる。


 エンリルの赦し----------------------------------------------------------------------------------------------

 更に2、3日経ち、船は双子山の岩に停止した。「我々は救済の山にいるのだ!」とニナガルが言った。ジウスドラはハッチを開けた。外は晴れて穏やかで、彼らは外に出た。ジウスドラは「主エンキを褒め称えよ!主に感謝せよ!」と言った。ジウスドラは息子たちと石を集め、祭壇を築いて灯りをともし、香を焚きしめ、雌の子羊を生贄として捧げた。
 その時、地球の状況を把握するために、エンリルとエンキが空から“つむじ風(ヘリコプターに似た空中輸送機)”に乗って、アララト山に降りて来た。エンリルは、焚き火と肉が焼ける仄かな香りに当惑した。「大洪水を生き延びた人間がいるのか!」エンキと共にその方角に行ってみると、船、ジウスドラ、祭壇、そしてニナガルの姿が見えた。ニナガルを見つけたエンリルの激高は、留まるところを知らなかった。「地球人はすべて滅ぼすはずだった!」エンリルはエンキに詰め寄り、素手で殴り殺すのも辞さないほどの構えだったが、「彼はジウスドラ、私の息子だ!」とエンキは抗議した。「お前、誓いを破ったな!」「私はジウスドラにではなく、葦の壁に喋ったのだ。誓いは破っていない!」と言い、エンキはエンリルにガルズの夢の話をした。

 それから、ニナガルの知らせでニヌルタとニンマーが降りて来た。「人類の生存は、“万物の創造主”の御意思に違いありません」とニヌルタが言った。ニンマーはアヌからの贈り物である水晶のネックレスに、「人類の絶滅を二度と企てたりしません!」と誓った。エンリルは態度を軟化させ、ジウスドラと彼の配偶者エムザラの手を取り、祝福した。「実り豊かで増殖せよ!そして、再び地球を満たすのだ!」こうして、‘昔の時代’は終わりを告げた。

 聖書では主は唯一絶対的存在のため、この場面は矛盾している。主が自ら人類を創造したものの、人類に対して嫌気がさし、洪水で滅ぼそうとした。しかし、洪水後は増殖することを認めたという内容である。実は、人類を創造したのはエンキ、ニンマー、ニンギシュジッダであり、それを快く思わず、迫り来る大洪水で滅ぼそうとしたのはエンリルであり、人類を大洪水から助けたのはエンキとニナガルであり、赦しをエンリルから導いたのはエンリルの長男ニヌルタとその母でエンリルの元愛人ニンマーだったのである。
 人類を快く思わない怖い神の原型は、エンリルだということで、それに対して、エンキは常に人類に手を差し伸べた。
 なお、この場面は祭壇における燔祭の原型である。このようにエンリルは人類にとって怖い神なので、伊勢神宮の外宮(げくう)の風宮(かぜのみや)と内宮(ないくう)の風日祈宮(かざひのみのみや)の両方で祀られた。エンリルのシンボルは風である。


偉大なるアヌンナキ評議会と文明復興計画------------------------------------------------------------

 その後、水位が低下したためアヌンナキのラクブ・イラニ(神々の戦車)は、宇宙空間からアララト山頂に着陸した。ノアの操縦する潜水艦もアララト山頂に接岸した。この大洪水後の文明復興計画について話し合うため、「偉大なるアヌンナキ評議会」が招集された。そしてまず、地球を4つの地域に分割することが決定された。

◆第1地域――チグリス・ユーフラテス川流域地帯(メソポタミア)
◆第2地域――ナイル川流域地帯(エジプト)
◆第3地域――インダス川流域地帯(インド)
◆第4地域――ティルムン(シナイ半島)

 この各地域を段階的に復興させていくことが決定された。そして大洪水を生き延びた人類を3つのグループに分類し、第1地域、第2地域、第3地域に居住させた。第4地域ティルムンは「神々の領域」として、人類の立ち入りを禁じた。

 大洪水後の土地整理により、エンキはメソポタミアの領土をすべて失った。以後、第一地域(メソポタミア)と第三地域(インド)はエンリル派の領土、第二地域(エジプト)はエンキ派の領土、第四地域(ティルム=シナイ半島)は中立地域として、エンリル派・エンキ派いずれにも属さないニンフルサグ(ニンマー)が管理することになった。

 エンキが金坑アブズに左遷されて以来、アフリカ大陸はエンキ派の勢力範囲であったが、大洪水後はアフリカがエンキ派の唯一の領土になった。エジプトは当初、プタハ神であるエンキが9000年にわたって支配していたが、その後、息子のマルドゥク(ラー)に支配権を譲ることになる。しかし、さらに大洪水が発生してエジプトも壊滅したため、再び御大(おんたい)のプタハ神であるエンキが支配権を握ることになる。

 ノアの後継者で黄色人種のセムの子孫は、シュメールの地でエンリルの都市の神官や王族として居留しており、アヌンナキの官僚として主要都市に配属されていく。
 また半神半人ジウスドラ(ノア)は、大洪水で失われた王の代わりに皇統たる資格を受け、本家の立場を引き継いで日本全土、そして世界各地を総括していくことになる。
 こうして、大洪水によって壊滅した文明を早急に復興するため、人類を奴隷の地位から解放し、段階的に文明を与えていくことが決定された。とりあえず、各地域の人類に農耕と牧畜の技術を供与することが決定された。エンキは、ノアの方舟に保存していたDNAから、大洪水で絶滅した動植物をすべて再生した。神々は人類に農耕技術を伝達する。洪水後、1000年のあいだは平野は水浸びたしの状態が続いたため、人類は山間地域で種まきを始める。
 エンリルの息子ニヌルタは、メソポタミヤにおいて治水事業を実施した。広大な沃土(よくど)を生み出したうえで、人類に穀物を供与した。これにより、ニヌルタは農耕神として人類に崇拝されるようになった。またエンキは、遺伝子操作によって野生動物から家畜を創造した。そして、人類に家畜とともに牧畜技術を供与した。これにより、エンキは牧畜神として人類に崇拝されるようになった。アヌンナキからの農耕技術と牧畜技術を供与されたことにより、人類の中石器時代が始まった。

火星と月の荒廃----------------------------------------------------------------------------------------------

 大洪水後の地球はほとんど泥に埋まり、かつての都市は完全に消滅していた。しかし、ヒマラヤ杉の山々では、巨大なプラットホームが太陽光にきらめいていた。その“着陸場所”に、“つむじ風”や二輪戦車が次々に着陸した。ラーム(火星)のマルドゥクと月のナンナルにも、帰還の命令が出された。「ラームはニビルの通行により荒廃し、大気は吸い出され、水は蒸発し、砂嵐の場所と化しています」とマルドゥクが報告した。
「月は単独では生命を維持できず、鷲(わし)のマスクをしてのみ、滞在が可能です。月の様相を見れば、かつてティアマトの軍団のリーダーだったことを、思い起こさずにはいられません。月は地球の運命と一心同体なのです!」とナンナルが報告した。

 大洪水時のニビルの接近により、火星の大気と水は無くなり、月も死の世界となった。ニビルの存在無くして、太陽系の秘密、太陽系の創世神話の秘密を解き明かすことはできない。このニビルは何度も周期的にやって来ており、その重力場や電磁場、衛星が恐竜の絶滅やノアの時代の大洪水のような大災害を引き起こす原因になった。しかし、この接近は、必ずしも恐れられていただけではない。アッカドには豊富な水がもたらされ、苦しみは洗い流され、混乱はほぐされ、神々は平和を与えた。古代メソポタミアやヘブライの書物にある“天の王”の再来の期待は、実際の経験に基づいている。その経験とは、王の星=神々の星ニビルが3,600年周期で地球の近くに戻って来たのを、実際に目撃したからである。


 エンリルの長男ナンナルも月に惹かれていて、後にシンボルはエンキと同じ三日月となった。元の話を知っていないと、こういうところがカバラの解釈を難しくしている要因となっている。


地球再興の準備----------------------------------------------------------------------------------------------

 エンリルたちは、封印された“創造の部屋”を調べた。そこは、プラットホーム横の、遠く離れた時代の立坑(たてこう)だった。塞いでいた石をどけて入ると、閃緑岩(せんりょくがん)の箱があり、彼らは銅の鍵で封印を開けた。中には水晶の容器があり、ニビルの穀物の種子があった。外に出ると、エンリルはニヌルタに種子を渡し、「行け、山腹の台地で、ニビルの穀物でもう一度パンを供給させるのだ!」と命じた。ヒマラヤ杉の山々で、ニヌルタは滝をせき止め、台地を造成し、ジウスドラの長男セム(黄色人種の祖)に作物の育て方を教えた。

 イシュクル(アダド)には、「水が引いた場所に行って、残っている実の生る木を見つけてくるのだ!」と命じた。彼らが最初に見つけたのは、ニンマーがニビルから持って来た万能薬の木、ブドウの木であった。万能薬として名高かったその果汁(ワイン)を、ジウスドラは一口飲んだ。一口、また一口と彼は飲まれてしまい、酔って寝込んでしまった。
 洪水後の最初の農業は、ニヌルタの台地造成による穀物(小麦)の種蒔きだった。そして、ニンマーの万能薬の木はブドウで、その飲み物はワインだった。新約聖書にはブドウ園やワインの喩え話がよく登場するが、それはブドウが万能薬だからである。特に最後の晩餐の場面では、“神の国で新たに飲むその日まで、ブドウの実から作ったものを飲むことは決してあるまい”とイエスは言う。これは、十字架上の死後、ニビルの高度医療と万能薬により“復活”すること、そして“天の船”か二輪戦車で昇天した後に万能薬を飲むことを意味する。
 つまり、“神の国”とは、死後の世界の天国と昇天後の天国のこと、すなわちニビルを指す。ただし、「神々」はニビルには帰還していない。そうすると、“天の船”か二輪戦車など、“神々の関連施設”を含めたニビル、ということである。
 また、ここではジウスドラが万能薬を口にして、酔ってしまう場面がある。これは聖書において、ワインに酔ったノアの裸を次男のハムが見て、ハムの息子カナンが呪われてしまう場面の原型であるが、ハムがそのようなことをしたという記述はここには無い。これは後にカナン地方で偶像崇拝が盛んになり、破壊されることを、聖書ではそのような喩えで象徴している。聖書はある意味、歴史書と言えるが、ただし、多神教の神々が唯一絶対神に変えられてしまったものである。

 エンキは贈り物を差し出した。彼はニナガルが持っていた箱の正体を明かし、地球を生き物で満たすことを提案した。エンキはドゥムジに牧羊の仕事を与え、ジウスドラの次男ハム(黒人種の祖)がそれを手伝った。
 それから、エンキは自分たちの領地だったアフリカ大陸のザンビアのカズングラ周辺に目を向けた。ニナガルと共に、ザンベジ川とカンド(クアンド)川の強力な水の合流地点で、山にダムを建設した。そして、激しいビクトリアの滝からカリバ湖に水路を引き、カリバ湖に水が溜まるようにした。

 それから、アブズと“上の方の海(地中海)”の間の土地を、マルドゥクと共に調査した。流れの中ほどの、川の水が滝となって落ちる場所に、水中から島を引き上げ、その奥底に対を成す洞窟を掘り出し、石で水門を作った。それから、岩に2本の水路を切り出し、2本の峡谷(きょうこく)を形成した。こうして、高地から流れてくる水量を調整できるようにした。その“洞窟の島”アブの島から、川の曲がりくねった谷を水中から引き上げた。エンキはドゥムジと牧夫のために、“2つの峡谷の土地(ナイル川に沿った地域)”に居住地を造った。
 ナイル川の“洞窟の島”-アブの島は第4滝から第6滝周辺(近くにアブハメッドという地名あり)であり、高地から流れてくる水量を調整できるようにした2本の峡谷は、白ナイルと青ナイルである。
 このように、エンキと息子たちは大洪水後のアフリカの大地で、ビクトリア瀑布(ばくふ)周辺やナイル川の流れを造成したのである。ピラミッドがオリオン座の三ツ星の並びに対応しているのに対して、ナイルの流れは天の川の流れに対応している。このような事実から、エジプト人はナイル川の水位が上昇する地点にプタハ(エンキ)が防護壁を建てることによって、洪水の跡からエジプトの地を引き上げたと信じた。古代エジプト語では、エジプトの地は“持ち上がった地”で、太古に本当に偉大な神がやって来て、彼らの土地が水と泥の下に横たわっているのを見つけた、とある。この偉大な神=エンキ=プタハがこの沈んだ土地を干拓し、文字通り、エジプトを水と泥の下から引き上げたのである。つまりビクトリア瀑布周辺やナイル川の流れは、エンキと息子たちによって造られた人工のものである。


新たなる金の採掘場----------------------------------------------------------------------------------------

 ニビルの接近は地球とラーム(火星)に多大な影響を及ぼした。しかし、ニビルでも被害は甚大だった。金粉の大気シールドが破れ、大気が減少していたのである。そのため、更なる金の補充が必要となった。
 エンキはアブズに何度も調査しに行ったが、金鉱はすべて水によって埋まっていた。そして、原始的労働者も泥と化していた。地球とニビルには絶望が広がった。
 
 しかし、海の向こうの中南米の山間地を旅していたニヌルタ(アラム・ムル)から、驚くべき知らせが届いた。殺到した水が山腹に深い切れ込みを入れ、そこから無数の金が塊となって下の川に落下し、採掘することなく引き上げられる、と。エンリルとエンキは即座に飛んで行き、間違いないことを確認した。
「ニビルがもたらしたことによって、ニビルが救われるとは…。“万物の創造主”の目に見えない力が、ニビルに生きる機会を与えた!」とエンリルは喜んだ。
 誰が金塊を集められるか、どうやってニビルへ運ぶか、指導者たちは尋ねあった。最初の問題には、ニヌルタ(アラム・ムル)が答えを持っていた。海の向こう側の山間地には、カ・インの子孫が筏(いかだ)で助かっていた。彼らのリーダーは4人の兄弟と4人の姉妹で、金属の扱い方を知っていた。そして、ニヌルタ(アラム・ムル)を自分たちの祖先の守護者として思い出し、“偉大な守護者”と呼んでいた。エンリルは、もう怒っていなかった。
「“万物の創造主”の御意思なのだ。さあ、新しい“天の二輪戦車の場所”を設置し、そこからニビルへ金を送ろう!」“着陸場所”のすぐ近く、荒れ果てた半島に、適した平地を見つけた。それは静まり返った湖のように平らで、白い山々に囲まれていた。

 このようにニビルの影響により、中南米の山肌に金が塊で露出していた。中南米で金が重要視されたのは、これが理由である。
 そこには、カ・インの子孫が生き残っていた。かつて、ニヌルタ(アラム・ムル)は地球の反対側に行き、カ・インの子孫を見つけ、指導者として道具の作り方や音楽、金属精錬、筏船の作り方などを教え、中南米のアンデス文明などの基礎を造っていく。更にその子孫は環太平洋一帯に広がり、一大王国を築くことになる。


エジプトのピラミッド建造--------------------------------------------------------------------------------

 選ばれた半島に、天の“アヌとエンリルの道”が反映された。新しい“二輪戦車の場所”を正確にその境界線上に構えることとなった。ヒマラヤ杉の山々にある“着陸場所”と“二輪戦車の場所”の真ん中が“宇宙飛行管制センター”とされた。そこに相応しい山が選ばれ、“道を示す山”、モリヤ(のちのエルサレム)と名付けられた。石のプラットホームをそこに建造するよう、エンリルは指示した。その中央に、巨大な岩が内側も外側も刻まれた、新しい“天と地球を結ぶもの”を収容するために、それは造られた。その地球の新しい“へそ”が、大洪水前のニブル・キの役割を引き継いだ。
 アルラタ(アララト)の双子山が北の境界線として固定された。着陸ルートの境界、上昇と下降の境界を定めるため、他に2組の双子山が必要だった。1組は半島の南、山々の場所で接する双子の峰をエンリルは選び、南の境界線とした。もう1組の双子山が必要とされる場所には、何も無かった。
「人工的な峰を造れば良い!」とニンギシュジッダが提案した。彼はタブレットの上に、側面が滑らかで、天に向かってそびえる峰を描いて見せた。「可能ならば、そうすれば良い。それらを灯台としても機能させよう!」とエンリルは賛成した。
 川が流れる谷の北、平坦地にニンギシュジッダは縮小模型を建てた。上昇角度と4つの平滑な側面で、完全に仕上げた。その隣により大きな峰を設置し、その四面を地球の四隅にセットした。アヌンナキによって、電力の道具で石が切り出され、組み立てられた。ニンギシュジッダは、その中に通路や振動する水晶のための部屋を設計した。
 そして、最後の冠石を置くために、指導者たちが招待された。その頂上石は、エンキの息子ギビルによって、金と銀の合金エレクトラムで造られた。それは太陽光線を水平線に反射し、夜には炎の柱のようだった。すべての水晶の力を一条のビームとして天空に集めていた。


 完成して準備万端となると、指導者たちはその“偉大な双子山”に入り、驚嘆した。彼らはそれをエクル(ピラミッド)、“山のような家”と名付けた。それは、天空への灯台であり、アヌンナキが大洪水を生き残り、永久に繁栄することを宣言していた。
 ここから東へ、太陽が指定された日に昇る場所へ二輪戦車は上昇して行き、そこへ向けて南西に、太陽が指定された日に沈む場所へ、それらは降下していく。エンリルは自らの手で、ニビルの水晶を活性化させた。内部では不気味な光が明滅し始め、魅惑的なハミング音が静寂を破った。外では冠石が燦然(さんぜん)と輝きだし、大勢のアヌンナキは歓声をあげた。ニンマーは次のような詩を朗読した。

「山のような家、尖った頂を持つ家、天と地のために備えられ、アヌンナキの手で造られた。明るさと暗さの家、天と地の家、天空の船のために集められ、アヌンナキにより建てられた。内部に天の赤い光が輝いている家、遠く高くまで放つ鼓動する光。聳え立つ山の中の山、偉大に聳える人工の山、それは地球人の理解を超えている。装置の家、偉大な永遠の家。その基盤の石は川の水に触れ、その大きい周辺は粘土の中に納まっている。各部分が巧みに織り合わされた家、空で周回している偉大な者たちが下降し安息する所、ロケットの標識となり、測り知れない内部を持つ家、アヌ自身により祝福されたエクル。」

 そして、エンキはエンリルに提案した。「将来次のような疑問が起きるであろう。いつ誰がこの素晴らしいものを造ったのか?そのときのために、双子山の側に記念碑を造ろう、獅子の時代を宣言しよう。その顔は、設計者であるニンギシュジッダの似姿にしよう。そして、正確に“天の二輪戦車の場所”の方を見つめさせよう。未来の世代に目的を明らかにするために!」
 エンリルは「“天の二輪戦車の場所”はウツを司令官とする。凝視するライオンは正確に東を向かせ、ニンギシュジッダの姿にしよう!」と言った。


 モリヤ山は宇宙飛行管制センターで、後のエルサレムの神殿は“天と地球を結ぶもの”を収容する場所だった。主が降臨する際、稲妻と雷鳴が轟いたが、これは宇宙船のエンジンから噴出される光と轟音だった。そして、地球のへそとしての役割だったので、最重要の場所、つまり聖地であった。
 神殿の原型とは、神々の乗り物が発着する場所、神々が降臨する場所であった。“着陸場所”はシダー山脈にあるバールベックで、現在のカデッシュの南付近、いわゆるカナンの地付近である。ここにはアヌンナキが建てた神殿であるバッカス(エンキ)神殿とジュピター(エンリル)神殿がある。


 アルラタの双子山=アララト山とピラミッドも、宇宙船の離着陸の目印とされた。そして、ピラミッドはアヌンナキ=神々が永久に繁栄する象徴なので、“神の宮”とされた。そのピラミッドの設計者は、天才科学者ニンギシュジッダだった。
 それは電力の道具で石が切り出されて組み立てられ、現在は存在しない冠石は金と銀の合金エレクトラムで造られ、内部にはニビルのハイテク機器が満載されていた。
 この時点ではピラミッドは“双子山”であって、規模が同じぐらいのクフ(第1ピラミッド)とカウラー(第2ピラミッド)しか無かった。それら内部にハイテク機器が満載されているので、そのような場所に、“死と復活”を象徴する石棺はなかった。後にこれらのハイテク機器がすべて取り払われてしまった後、カバラの象徴として石棺が入れられ、第3ピラミッドが建造された。それは未来を預言するために。
 この双子山については、ニヌルタ(アラム・ムル)の“黒い空の鳥”としての象徴図が残っている。それを見ると、ニヌルタ(アラム・ムル)は翼の生えた蛇のようでもある。ニヌルタは中南米でカ・インの子孫らに金属精錬などを教え、“偉大な守護者”と彼らから呼ばれていた。後に、ニンギシュジッダもアメリカ大陸に渡り、ケツァルコアトル、“翼の生えた蛇”と呼ばれた。ニンギシュジッダは知恵の神であり、ピラミッドを造った張本人なので、彼らは、ニンギシュジッダを再来した“偉大な守護者”と勘違いしたのかもしれない。

 下記の図はアララト山やピラミッドの位置関係の図である。北の境界線はアララト山(AR)、南の境界線はシナイ半島の南の山々の場所で接する双子の峰だが、これはカテリナ山(KT)とウマショマル山(US)である。この双子の峰と“着陸場所”バアルベク(ベトセメス、BK)を結ぶ線上のほぼ中心に“宇宙飛行管制センター”エルサレム(シャレム、JM)が位置する。また、アララト山とバールベックを結ぶ延長上にギザのピラミッド(GZ)が位置する。そして、ギザから真東の方向に、“天の二輪戦車の場所”であるシナイ半島のエル・パラン(SP)がある。その宇宙空港の近くには、“エジプト川”なる川があるが、これはこの場所を示唆するもの(ピラミッドとスフィンクス)がエジプトにあることを暗示している。



ピラミッド、生命の樹、酒船石の関係------------------------------------------------------------------

 奈良県明日香村岡にある酒船石(さかふねいし)に記されているのは、カッバーラ(陰陽道)での生命の樹である。

 下記の図は、酒船石の図形を簡単に表したものだが、酒船石の図形は、中心のラインがきっちり東西に延びており、さらにそれと交差する線が、29度の角度で東西線と交わっているのが確認できる。この東西にまっすぐ伸びたラインと、その交差する線の関係は、海外の遺跡でも見られる。その一つにエジプトのピラミッド複合体がそれである。ここでは、ピラミッドだけでなく、スフィンクスや参道、神殿などの全てを併せて、ピラミッド複合体と呼ぶ。


 ギザのピラミッドは、真東の向きに向いている。さらに、カフラー王のピラミッドからスフィンクスへ伸びる参道の角度は、約29度である。よってカフラー王のピラミッドから河岸(かし)神殿に伸びる参道はスフィンクスのお尻についてしまう。このように、酒船石とエジプトのピラミッドには関係性がある。
 さらに酒船石は、29度で上下の2本のラインが交差しているが、現在のエジプトのピラミッドは、1本の参道というのはおかしい。つまり「エジプトのピラミッドの参道は、2本ある」が正解である。そして同時にスフィンクスも2体あった。つまり参道が二本で、スフィンクスが2匹で一対。これが正しい姿である。この構図は日本の神社と同じで、2体のスフィンクスは神社の二匹の狛犬である。
 つまり日本の酒船石もエジプトのピラミッド複合体も、同じ生命の樹を基本概念に作られているのである。このピラミッドと周囲の河岸(かし)神殿や葬祭殿を考えると、ピラミッド複合体は生命の樹、そのままの構造になっている。


スフィンクスと神社の狛犬の関係------------------------------------------------------------------------

 ピラミッドと言えばスフィンクス、スフィンクスと言えばピラミッドと、ピラミッドとスフィンクスは切っても切れない関係である。スフィンクスには人頭(じんとう)獅子、隼頭(じゅんとう)獅子、羊頭(ようとう)獅子などがあるが、最も一般的なのは、ギザの三大ピラミッドの東側にある大スフィンクスの人頭(じんとう)獅子である。スフィンクスは、古典ギリシャ語のスピンクス(絞め殺す者)の英語読みであり、エジプト人が刻んだ銘文にはホル・エム・アケトとある。これは、地平線のホルス神=ラーの化身=天空船、という意味である。また、元々の名前はシェプスアンクであった。“シェプス”は姿という意味であり、“アンク”は復活や再生の神という意味で、イエスの予型(よけい)となっている。
 スフィンクスは元々ニンギシュジッダの顔であったが、マルドゥクが息子のナブの顔に変えてしまったのである。大スフィンクスは体に比して頭が小さすぎるというのも、これが原因である。つまり、元々の名前こそニンギシュジッダに由来するものであり、“復活”や“再生”の概念も、ニンギシュジッダに因(よ)るものである。
 そして、スフィンクスは人の顔、獅子の胴、牛の尾、鷲の翼で、メルカバーであり、重要なカッバーラで、知恵の神ニンギシュジッダに相応しい。

 では、スフィンクスの役割は何なのか。3つ立ち並ぶ「生命の樹」としては、日本では神社に於ける3つの正殿がある。正殿に辿り着くためには、鳥居をくぐり、場合によっては狛犬の間を通る。狛犬は犬ではなく、元々は“高麗犬”と書き、向かって右が獅子、左が角の生えた狛犬=ユニコーン(一角獣)である。獅子=ライオンは大陸伝来であり、中国、インド、メソポタミアにも狛犬は見られるが、いずれも獅子は生息しない。獅子が生息するのは、唯一、アフリカである。つまり、獅子の原型、そして一対の狛犬の原型がスフィンクスである。
 スフィンクスは元々一対で存在し、獅子の顔で羽があった。現在、一基は失われているが、神社の狛犬から考えて、向かって右が口を開けた阿(あ)、左が口を閉じた吽(うん)である。これが、よく言われている口頭伝承“スフィンクスが永遠の叡智を含んだ謎の言葉を語った”ということである。つまり、阿(あ)=アルファ=最初、吽(うん)=オメガ=最後であるから、“最初であり最後、アルファでありオメガである”と言ったイエスの予型(よけい)である。これは、前述の“アンク=復活や再生の神”とも一致する。
 第2ピラミッドの中心線を東に延長し、現在のスフィンクスの線対称となる位置にもう一体のスフィンクスはあった。そして、この構造は、ほぼ神社での正殿に対する狛犬の配置に相当する。


 スフィンクスの前足の間には、トトメス4世が造らせた花崗岩の石碑がある。そこには、2頭のスフィンクスが背中合わせに並んで彫られている。エジプト芸術の技法として、向かい合わせではなく普通に左右に並んでいる状態をそのように描く特徴があることから、スフィンクスは一対で存在したと言える。“失われたスフィンクス”が存在していた場所は現在、貴族の墓マスタバが存在するが、それは後世になって建造されたものである。
 このように、何らかの理由で破壊されたスフィンクスは、東から向かって右側のものであり、現在残っているのは左側のものである。破壊された残骸は、河岸(かし)神殿や大スフィンクス神殿の材料となった。河岸神殿や大スフィンクス神殿の材料はスフィンクスを造った残りの石灰岩で造ったのではないことが判明している。それは、両方の神殿の石灰岩の石質も現在のスフィンクスのものとは異なり、失われたと推定されるスフィンクス付近の岩盤の石灰岩と酷似しているからである。
 ハム系フリーメイソンの伝承では、スフィンクスは翼を付けたエノクということになっており、通説ではカフラー王の顔を象(かたど)ったと言われている。しかし、実情は、ピラミッドを建造したニンギシュジッダを讃えるために造られた建造物であり、元々は彼の顔だったが、マルドゥクによってナブの顔に変えられてしまったのである。


各地に残るライオンの伝説--------------------------------------------------------------------------------

  エジプトのスフィンクスはもとはニンギシュジッダの顔を模して作られたが、それは世界中へと広がった。古代インドで、仏の両脇に守護獣としてライオンの像を置いたのが狛犬(こまいぬ)の起源とされ、沖縄のシーサーの源流もライオンである。ギリシア神話には人々を襲う怪物としてネメアの獅子が存在する。またスリランカの民族、シンハラ人は自らを「獅子の子孫」と呼称し、ライオンを「自分達を象徴するもの」としている。スリランカに残る古い言い伝えでは、最初のシンハラの王ヴィジャヤは、ライオンを父親に持つシンハバーフ王の子だという。中世の王家でもライオンはハインリヒ獅子公や獅子心王の呼び名に代表されるように、勇猛さの象徴であった。中世期以降、さまざまな形態で紋章にライオンが描かれ続け、現在においても様々な国旗、国章、紋章などに使用されている。

アヌンナキの宇宙船、生命の樹、日本の神社の関係-------------------------------------------------

 アヌンナキがよく利用する生命の樹の各セフィロト(丸)部分は、モーゼの十戒に対応している。

①ケテル(王冠) ―――― 主が唯一の神であること
②コクマー(知恵) ――― 偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)
③ビナー(理解) ―――― 神の名を徒(いたず)らに取り上げてはならないこと
④ケセド(慈悲) ―――― 安息日を守ること
⑤ゲブラー(神々しい力)――― 父母を敬うこと
⑥ティファレト(美) ――― 殺人をしてはいけないこと(汝、殺す無かれ)
⑦ネツァク(永遠) ―――― 姦淫(かんいん)をしてはいけないこと
⑧ホド(威厳) ―――――― 盗んではいけないこと
⑨イエソド(基礎) ―――― 偽証してはいけないこと(嘘を言ってはならない)
⑩マルクト(王国) ―――― 隣人の家をむさぼってはいけないこと

 このセフィロトを、途中で躓(つまず)くことなく、⑩~①まで全て昇りつめれば、神から(霊的な)不老不死であったり、神の叡智を与えられると言われている。
 この⑩~①までの通り道、ジグザグのパスを、雷光(カヴ)と言う。そして、この生命の樹の雷光は、日本神道とも密接に関わりがある。神社では上から垂れ下がっている綱(つな)を引っ張って、ガランガランと鈴を鳴らすが、これは雷光の音を表現しているのであり、引っ張っている綱は雷光を表している。なぜ雷光かと言えば、アヌンナキが宇宙船に乗って降臨する際、稲妻と雷鳴が轟いたが、この宇宙船のエンジンから噴出される光と轟音を表していた。
 古来、神アヌンナキは時に雷神となり、神の雷光(電撃)を受け、予言者モーゼなどは、神の叡智や(霊的な)不老不死を授かったという伝説がある。日本の神社の形式は、まさにその伝承を、視覚的にも聴覚的にも表現している。


神社の構造
●神社の森
 日本の神社の森は、鎮守(ちんじゅ)の森やご神木を意味するが、これは暑さが苦手なエンリルがそれを避けるため背の高い杉の木々の中に建てた神殿が、神社の森の原型となっている。

●アヌンナキの宇宙船での着陸時の状況を表しているもの
 雷雲=しめ縄、稲妻=紙垂(しで)、宇宙船のエンジンの轟音=鈴、太い綱=雲柱、赤白の綱=火柱、縄から垂れ下がったワラ=雨

●狛犬
 狛犬の阿吽(あうん)は、ニビル王アヌとニビルを表している。アヌはあん=阿吽で、阿(あ)は開いた形で丸、吽(ん)は閉じた形で十字がシンボルなので、“丸の中に十字”は大神アヌとニビルの象徴であり、つまり阿吽はこの両方を象徴している。


ニンマーの称号----------------------------------------------------------------------------------------------

 岩盤からライオンを切り出して形作る仕事が進行していると、マルドゥクがエンキに不満を訴えた。「地球全体を支配することを、約束して下さったではありませんか!しかし、指揮権と栄光は他の者たちに与えられ、私の任務は何も無いままです。あの技巧を凝らした山は、かつての私の領地に置かれていますから、ライオンは私の姿であるべきです!」
 この言葉にニンギシュジッダは怒り、他のエンキの息子たちも不快に思った。そして、領地を要求するマルドゥクの声に、ニヌルタと彼の兄弟たちも刺激され、叫んだ。
「誰もが自分たちの土地と献身的な地球人を求めているのだ!」怒号が飛び交う中、「祝賀を争いの場にしてはなりません!地球はまだ混乱状態にあり、アヌンナキも地球人も僅かな生存者しかいないのです。マルドゥクにニンギシュジッダの名誉を奪わせてはなりませんが、マルドゥクの言うことも聞いてあげましょう」とニンマーが仲裁した。「平和を保つため、我々の間で居住地を引き離すべきだ」とエンリルが言った。
 シナイ半島を中立地帯とし、そこを仲介者ニンマーに割り当てた。ティルムン、“ミサイルの地”とその地は名付けられた。そこから東がエンリルと彼の子孫に割り当てられた。ジウスドラ(ノア)の2人の息子セムとヤフェトも、彼らと共にそこに住まわされた。アブズを含む広大な大地は、エンキとその一族に割り当てられ、ジウスドラ(ノア)の次男ハムもそこに住むことになった。
「マルドゥクを彼らの土地の主としよう」とエンキが提案した。「あなたが望むなら、そうすれば良い」とエンリルは言った。ティルムンの南に、ニヌルタが母ニンマーのために住まいを建てた。そこはナツメヤシが生い茂る谷であり、ニヌルタは山の頂上を段々畑にして、母のために香(かぐわ)しい庭木を植えた。こうしてすべてが完成すると、地球上のすべての居留地に合図が送られた。“つむじ風”が山岳から海を渡って金塊を運んできた。そして、“天の二輪戦車の場所”からその金塊はニビルへと打ち上げられた。その記念すべき日に、エンリルとエンキは話をして決めた。
「仲介者ニンマーに新しい称号を与え、敬意を表そう!ニンフルサグ、“山の頂上の女主人”と名付けよう!」満場一致の拍手で、ニンマーに敬意が表された。「ニンフルサグを称えよ!地球の仲介者に!」アヌンナキは声を揃えて褒め称えた。
 女主人がニンフルサグ、“山の頂上の女主人”は、昔から“山の神”が妻や女性を暗示していた由来である。また正統ユダヤ民族はセム系と言われるが、その理由は、まずはセムが中東に住まわされたからである。


ピラミッドについて----------------------------------------------------------------------------------------

 ピラミッドに保存されている石版やピラミッド内部の壁に刻まれたピラミッドテキストでは、エジプトの王は昔から死ぬと、魂はオリオン座に向かうと記されている。

 ギザの三つのピラミッドの航空写真を見てみると、メンカウラー王のものとされている一番小さなピラミッドは、二つのピラミッドを結ぶ対角線上から少しずれている。しかしオリオン座の3つ星の写真とピラミッドの写真を重ね合わせてみると、ちょうど重なる。更に、少し暗い星ミンタカがメンカウラー王のピラミッドに重なり、その大きさやズレがうまく説明できる。

 また王の間と女王の間に、二本ずつある細長い通気孔は、南の空のオリオンとシリウスがそれぞれ南中した高度を示している。王の間の北面の通気孔は、建設当時の北極星であった龍座のアルファに向かっている。同じく南面の傾斜角45度の通気孔と女王の間の南面の傾斜角39度30分の通気孔は、当時のオリオン座のアルニタクとシリウスの南中時の高度に一致している。
 シリウスに向いているのはアヌンナキのニビルがシリウスから来たからで、オリオンに向いているのはアヌンナキの一部がオリオン出身だからである。

 またクフ王のものとされている大ピラミッドの正確な計測値では、数学的に非常に正確である。例えばピラミッドの基底部の平面と各側面との角度はぴったり51度51分14秒。高さは、建設当時の頂上部は失われているため、幾何学的に計算された数字だが、高さに対する基底部周囲の比はちょうど2π(パイ:円周率)、すなわち基底部周囲に対する高さの比は円周に対する半径の比になる。さらに地球から太陽までの平均距離は約1億4950万キロメートルだが、大ピラミッドの高さは147.8メートル、つまり太陽までの距離のほぼ10億分の1ということになる。誤差は1パーセントしかない。
 ピラミッド建設に用いられた単位は「ピラミッド・キュービット」と呼ばれるもので、1ピラミッド・キュービットは635.66ミリメートルに当たる。地球の半径(地球の中心から極点まで)は6357キロメートルで、これはぴったり1000万キュービットである。ピラミッドの基底部の一辺の長さは365.25キュービットだが、この数字は太陽年の一年の日数とぴたりと一致する。
 また大ピラミッドの基底部には僅かな凸凹があり、計測によってそれぞれキュービットで365.256と365.259という数字が得られる。これらは恒星年(地球が太陽の回りを一回りするのにかかる時間)の一年の日数と、近点年(楕円軌道上で地球が元の点まで戻ってくるのにかかる時間)の一年の日数に相当する。他の部分の計測値からは楕円軌道の離心率、地球から太陽までの平均距離、地球の歳差運動の時間(約2万5000年)などが得られる。地球という惑星を象徴的に建築物で表すのに、ギザの大ピラミッド以上のものはない。
 また、ギザの大ピラミッドは非常に硬い地盤の上に建てられており、激しい地震に耐えられるものである。


ピラミッドと惑星が正確に対応する---------------------------------------------------------------------

 三大ピラミッドのなかでも最も北側に位置するクフ王のピラミッドは、全ピラミッド中最大の大きさである。カフラー王のピラミッドはそれに次ぐ大きさである。このふたつのピラミッドは大きさが非常によく似ており、どちらもピラミッドの寸法について、現在、非常に正確な値が得られている。最古のピラミッド群のなかでも、特別に大きなこのふたつのピラミッドの大きさを比べると、それは、地球と金星の関係にそっくりなのである。これはクフのピラミッドとカフラーのピラミッドが、そのまま地球と金星に対応しているということを示唆している。


 さらにふたつのピラミッドの値に4/3πを掛けてみると、それぞれが地球と金星の体積に正確に対応するのである。

 だが、カフラーのピラミッドと金星では非常に正確な数字の対応を見せているのにたいして、クフのピラミッドと地球の間には、やや数字のズレがある。地球と金星というふたつの惑星は、大きさのおいても、比重においても双子といってもよいほどよく似た惑星である。が、わずかに違う点は、金星が完全な球形であるのにたいして、地球の方はごくわずかに上下に押しつぶした形をしており、完全な球形ではない。
 地球の場合、赤道面の半径(赤道半径)の方が、両極方向の半径(極半径)よりもわずかに長いのである。そこで地球の体積は、球の体積を求める公式ではなく、次のような公式で求めることができる。

  真の地球の体積=4/3π×(赤道半径×赤道半径)×(極半径)

 地球の体積を求める場合、赤道半径だけで求めると実際の地球よりも大きな値になり、極半径だけで求めると、実際の地球よりもわずかに小さくなってしまう。この点を考慮してみると、クフのピラミッドと地球との対応において、わずかに数字のズレがあったのは、こうした点に原因があった。そう考えて、地球を赤道半径だけの完全な球体として体積を求めてみると、その値は、クフのピラミッドから得られる数値のほとんど正確に対応する。

 このピラミッドについての数字は、エジプト考古学の父と呼ばれるF・ピートリの測量によるものであり、惑星については、東京天文台発行の理科年表に拠(よ)っている。


ピラミッドの役割-------------------------------------------------------------------------------------------

 大ピラミッドの建造にかかった期間は短く、9年間であった。それはアヌンナキであるトト(ニンギシュジッダ)や優秀な建築家たちが、反重力や岩の切断に利用される電気超音波の秘密を知っていたからである。現代の地球の専門家たちは、この大ピラミッドはクフ王によって建造されたものと信じているが、そうではない。しかしそのクフ王も、ピラミッドを本来の使用目的である宇宙との交信や、精神的向上のために使用していた。
 ピラミッドは宇宙エネルギーを集める装置の役割や、中で瞑想する為の施設や教育センターであり、後世の人々に知らせたいメッセージを構造の中に残すためのものなど、色々な役目がある。三角錐の形というのは宇宙からの特殊なエネルギーを取り込む作用があり、それを良く使えば地球上のエネルギーはすべてまかなえる程になる。原子力や石油の大気を汚染するエネルギーと違い、クリーンなエネルギーであった。このピラミッドは丁度地球のへそにあたる位置に作られていて重要な役目を果たしている。

 エジプトではトト(ニンギシュジッダ)の指導により、強力なコロニーを造り上げた。そして、植物の品種改良や牛の飼育の新技術、新農法、陶器、機械などのすべてが導入された。トトは精神的にも物質的にもきわめて博学な人物で、村や神殿を建設し、死ぬ直前に大ピラミッドを建造した。こうして知識は歴代のファラオへと継承されていくことになる。


ピラミッドと「生命の樹」--------------------------------------------------------------------------------

 エジプトと言えばピラミッドであるが、その原型はシュメールのジグラットである。小さなものまで含めればいくつもピラミッドはあるが、中でも重要なのがギザの三大ピラミッドである。一般的に、第1ピラミッドはクフ王、第2ピラミッドはカフラー王、第3ピラミッドはメンカウラー王の墓であると言われている。しかし、これは間違いである。クフ王の墓とされたのは、第1ピラミッド内の「重力拡散の部屋」の玄室を1837年に最初に発見したリチャード・ヴァイスが、玄室内に“カフ”と書かれていたと主張したことに依る。しかし、シュメールでお馴染みのゼカリア・シッチン氏は古代言語学の立場からヒエログリフを解析し、“カフ”というのは誤った文字であることを示唆した。(シッチン氏はこれまで見てきたように、異星人説を展開していることから、学会では無視され続けている。)
 また、他の王家の墓で見られるヒエログリフが一切見られないことが他の学者から指摘された。そこで、炭素14で“カフ”という文字の年代測定を行ったところ、150年ほど前という鑑定結果が得られた。これにより、リチャード・ヴァイスが名声目当てに“カフ”と書いたことが判明した。

 ピラミッドはエジプト文明が出現する前から存在した。クフ王は自分も偉大なピラミッドを造りたいと願い、奴隷ではなく4000人足らずの自由市民に賃金を払い、大ピラミッドの前に並ぶ小ピラミッドを造ったに過ぎない。大ピラミッドは王たちの墓ではなく、王の墓の多くは王家の谷にある。それに、王の墓ならば、多くのヒエログリフが描かれているはずであるが、大ピラミッドの内部には一切描かれていないことからも、王の墓ではない。

 では、大ピラミッドとは何なのか。それは、「生命の樹」である。3つ並ぶ高さの異なるピラミッドは山であり、漢字の“山”の原型である。また、モーゼは荒野にある神の山でアロンと会っているが、そのような山は無い。その山こそピラミッドであり、“神の山”である。原型がシュメールのジグラットであるから、「神々」が降臨する場所である。

 では、どのピラミッドがどの柱に相当するのか。1つは、玄室の天井の形が示唆している。第1ピラミッドは平坦、第2は三角形、第3は半円である。「生命の樹」の至高世界はケテル、コクマー、ビナーで囲まれた三角形であるから、真ん中の第2ピラミッドが均衡の柱に相当する。もう1つは並びである。ピラミッドは四角錐であるため、正面が解りにくいが、スフィンクスが向いている東側が正面である。そこで、東向きに見ると、第1ピラミッドが第2ピラミッドの左側で、第3ピラミッドが右側である。エジプトの絶対神は太陽神なので、太陽=絶対神側から見ると、第1は第2の向かって右で、第3は左となる。そして、第2ピラミッドは第1ピラミッドより高い台地に立っているので、最も大きく見えるが、実は最も大きいのは第1ピラミッドである。よって、第1ピラミッドが慈悲の柱、第3ピラミッドが峻厳の柱に相当する。

峻厳:第3ピラミッド
均衡:第2ピラミッド
慈悲:第1ピラミッド

 ピラミッドの並びは「生命の樹」であるが、1つでも「生命の樹」となっている。次の図は第1ピラミッドの内部である。

 地下は“星の栄光”で下層世界、王妃の間は“月の栄光”で中高世界、王の間は“太陽の栄光”で至高世界である。また、王の間=至高世界には、「重力拡散の部屋」がある。この部屋は、拡大すると次のような構造である。


 構造的には、一番下に蓋の無い石棺があり、石棺の位置はマルクトに相当し、各柱の支え石及び4つの床石がそれ以外の各セフィロトに相当する。更に、三角屋根の天上が浮いていて、至高世界が独立していることを表し、「生命の樹」に対応している。
 石棺には最初から蓋は無く、何も存在しない。一般的に言われているような、盗賊に遭ってミイラや副葬品が盗まれたりしたのではない。何故なら、ピラミッドは墓ではなく、この石棺で“死と復活の儀式”を行うためのものである。これは、天皇陛下崩御後、大嘗祭で皇太子が御襖(おふすま)という寝床に横になり、また起き上がる儀式と同じである。(王の墓ならば、多くのヒエログリフが描かれているが、一切無いこともそれを証明している。)
 また、この構造を文字として表したのが図の右側であり、これは高島屋のマークで、漢字の“高”である。“高”は上の“口”の部分に縦線を繋げた“髙”もある。これは、至高世界と中高世界が梯子(はしご)で繋がっていることを表す。ヤコブがハランの地で、天使たちが天界の梯子を昇り降りしていたことが、それを象徴している。更に、「重力拡散の部屋」の構造は“倉”という字にも変形できる。こちらの方が、むしろ原図に近いように思える。
 なお、第2、第3ピラミッドには「重力拡散の部屋」が無い。つまり、“死と復活の儀式”を行うことができ、かつ「生命の樹」の奥義を体現しているのは、慈悲の柱=イエスに相当する第1ピラミッドだけである。
 つまり、エジプトのピラミッドは3つのピラミッドで「生命の樹」を具現化し、更に第1ピラミッドだけでも「生命の樹」を具現化している。更に、その中の「重力拡散の部屋」で「生命の樹」を具現化しているフラクタル三重構造である。その中で最も重要なのは、“死と復活の儀式”を行うことができる「重力拡散の部屋」であり、これが漢字の“高”“倉”として象徴される。そして、“死と復活の儀式”を行うことができるのは、慈悲の柱=イエスに相当する第1ピラミッドだけである。更に、「重力拡散の部屋」は鳥居やYHWH(ヤハウェ)としても象徴される。

 また、シュメールの伝承にはこうある。

“メソポタミアのシッパールの基地が大洪水によって消し去られた後、「神々」が宇宙基地を再建した特殊制限領域で、太陽神ウツが管理していたのがティルムン=エルサレム(ミサイルの場所)である。制限地域には制限航路があり、その南の境界線はアララト山とシナイ半島のカテリナ・モーゼ連山を結ぶ線で、カテリナ・モーゼ連山の頂上が南のランドマークであった。北の境界線はアララト山からバールベックを経由し、エジプトへと延びる線である。しかし、エジプトにはそのような目印となる山が無かったので、人工的に設置したのがピラミッドである。北緯30度線と南緯30度線を境界とし、北の領域を“エンリルの道”、中央の領域を“アヌの道”、南の領域を“エンキの道”と名付けた。北緯30度線は古代に於いて“神聖緯度”とされており、エリドゥ、ヘリオポリス、ハラッパーなどの古代聖都が配置されている。

 大洪水後にシナイ半島に建設された新宇宙空港(エルサレム)と飛行路も、北緯30度線上に配置された。そして北のランドマークも、北の境界線と北緯30度線の交点に建設され、エクルと呼ばれた。そこはエンキの領地だったが、中立的立場にあるニンフルサグが管理し、“運命の銘板”と“ディルガ(暗く輝く部屋)”を備えた航空誘導施設であった。エンキはアフリカ南部を統治することとなった。
 スフィンクスは北緯30度線に沿って東向きで、その彼方にはシナイ半島の宇宙空港がある。ピラミッドは、アララト山を着陸航路の目標とする宇宙空港滑走路の誘導標識である。”

 メソポタミアの北緯30度前後では、春分の日の昼夜の長さが一致するので、シュメールでは昼夜の長さを正確に測定し、1年の初めにする春分暦が使用されていた。
 また、大ピラミッドの正確な位置は北緯29度58分51秒である。スコットランド王立天文台長によると、宇宙から地球を眺めた場合、大気圏の屈折を計算に入れると、緯度30度の位置にピラミッドが見えるようにするためには、29度58分22秒に建てなければならないらしい。
 このことから、ピラミッドは大気圏外から眺めた場合の航空誘導施設であると言える。更に、王の間(至高世界)に至る大回廊の傾斜角度26.2度で、第1ピラミッドの真東から直線を延ばすと、ベツレヘムを通過する。これは、カッバーラ的には、イエスがベツレヘムで誕生することと同時に、至高世界に至るには、イエスを受け入れなければならない=真のカッバーラを理解しなければならないことを暗示する。このように、“知られざる叡智”がピラミッドには数多く封印されている。よって、ピラミッドはシュメールの「神々」の航空誘導施設であり、“知恵の奥義”を封印した「生命の樹」を具現化したものである。


ピラミッド建造者とエノク伝説--------------------------------------------------------------------------

 ピラミッドを建造したのはニンギシュジッダである。しかし、お膝元のハム系フリーメイソンの口頭伝承や、14世紀エジプトの歴史家アル・マクリージーの「群国誌」ではエノク(別名イドリス)ということになっている。エノクの原型はエンキ・メ(“エンキによってメを理解した”)である。彼は賢く、数をすぐに理解し、天空と空に関するすべての知識をエンキから授かり、月と火星にも行った。そして、ウツに認められ、エンキ・メが初の聖職者となった。
 また、“年代記”では彼について、天空に旅立った、死ぬまでそこに留まったと記されており、エノクが天空に旅立って留まったという伝承も、これが原型である。


 では、何故、ピラミッド建造者がエノクとなってしまったのか。それは、マルドゥクによるニンギシュジッダの真相及び神話の改竄(かいざん)が原因である。エノクはヘルメスとも言われる。ギリシャでは叡智の神とされ、別名トートである。トートはエジプト神話に於ける知恵の神であり、錬金術の神秘主義ヘルメス学では、ヘルメス=トートを神官、王、賢人(哲学者)である三重に偉大な者“トート・ヘルメス・トリスメギストス”と言う。
 ヘルメス学に於けるヘルメスは、長い剣に2匹の蛇が巻き付いたカドゥケウスの杖を持つ姿で描かれる。そして、エノクはあらゆる秘教の大元とされており、彼が天使との会話に用いたエノク語は、至高の力と叡智をもたらす呪文とされる。秘教の大元とされたのは、マルドゥクによって、トート=ニンギシュジッダが呪文でイシスの姿を隠したり、ホルスに向かって呪文を唱え、仮死状態のホルスが息を吹き返したりと、魔術・妖術の原型とされてしまったためである。


ハム系フリーメイソン--------------------------------------------------------------------------------------

 フリーメイソンには、セム系、ハム系、ヤフェト系の3系統ある。一般的に知られているのは、イギリスのロッジで有名なヤフェト系であり、成立年代的に最も新しい。しかし、彼らのロッジこそ“裏の世界権力”が巣くう暗黒のメイソンと化してしまった。
 ハム系は古代エジプトの神官から引き継がれており、現在はアラブの資産家や大企業の経営者であったりする。本拠地はカッバーラの奥義が満載されているエジプトであり、エジプト政府も一目置いている。彼らは日本の八咫烏のように秘密を死守しており、当然、ピラミッドも彼らの管理下にあるため、都合の悪い発掘調査は行えない。
 しかし、正統のフリーメイソンは、ユダヤ〜日本の流れを汲むセム系であり、その長が天皇陛下である。(実質の任務には、八咫烏が当たっている。)日本の国旗である「日の丸」は四角の中に丸であり、これは定規とコンパスで描かれる。フリーメイソンの象徴には、ピラミッド・アイなどもあるが、本来は定規とコンパスである。つまり、日本は「日の丸」によって、正統セム系フリーメイソンであることを堂々と示しているのである。これも、カッバーラである。



スフィンクスの記録の間-----------------------------------------------------------------------------------

 エジプトのスフィンクスは、ギザの守護神である。そのスフィンクスの下には、未だ発見されていない秘密の部屋がある。アヌンナキによって地球全体が「網」で覆われたとき、アヌンナキの遺伝子実験により人間のDNAから10鎖を引き剥がしたが、それを回収するのに必要な波動の引き金が、その部屋に眠っている。
 地球のスフィンクスを象徴的に反映するように、火星のシドニア地域にもスフィンクスが存在している。また、人間がまだ発見していないことは、火星のスフィンクスの地下には複数の次元への扉があり、それは地球のギザの部屋を作動させるための安全装置になっている。

「あなたからあふれ出すアセンションのパワー」シリウスからの最後のメッセージ / パトリシア・コーリ 徳間書店

エジプトのアヌンナキの身長-----------------------------------------------------------------------------

 アヌンナキは様々な容姿に変身でき、身長も3m以上もあるが、エジプトでのアヌンナキや彼らと人間との半神半人も、身長が3m以上あった。


アフリカのレプティリアン--------------------------------------------------------------------------------

 この頃、アフリカにアヌンナキが入植地を作る。西アフリカのギニア共和国からは、レプティリアン(爬虫類人)の石像が見つかる。