2章 科学の未来 : 拡張プラウト主義

 現在世界中で朝から晩まで時間通りに働く仕組みは常識になっている。時間を区切り規則正しく働く社会へ子供を送り込むため学校教育が利用され、幼年期の特技は家庭や学校によって排除され、列からはみ出すことは間違っていると教え込まれる。そして中学校、高校、大学の卒業までの9〜16年間もの長い年月を学んでも、多くの子供は秀でた特技を持つことなく成人に達し、体格は大人でも自分に適したことがわからないまま職を探す。
 企業では朝10時に出社し、仕事を早く終わらせても終業時間は変わらないので仕事の能率が下がり、退屈な作業の連続に活力は失われ、向上心も失せ、同僚の目を盗み携帯電話やインターネットで時間を潰し、早く退社すれば印象が悪くなるので夜遅くまで残業し、そのようにして同僚同士で監視し合う職場環境が生まれる。休日は疲れて1日中寝て終わり、夫婦がお互いを思いやる気持ちも薄れ、一大決心をして職場を変えたところで再び同じ状況に陥り、半年もすれば顔には疲労とストレスが見られ、愚痴も多くなる。

 こういったことは社会を悪く見た場合の一面だが、このような労働環境が生まれる資本主義社会は現代版の奴隷制度とも言える。毎日忙しく働かなければならず、常に疲れ、ゆっくり考える時間もなく、人生をどのように過ごすことが有意義なのかもわからず、気がつけば数十年のローンで家を購入し、自らを更なる奴隷へと追いやる。しかし一方では、携帯電話やインターネットの普及で社会の性質そのものが変化し、これまでの教育や労働の仕組みが時代遅れとなって、それに適応できない若者が増えていると指摘されることも多くなっている。
 インターネットの普及で、人々は様々な種類の情報を得ることが容易になり、その分賢くなり続けている。例えば消費者がインターネットで商品の最安値の情報を得ることが簡単になっているが、それにより企業は最安値まで値下げしなければ消費者を奪われることになっている。これまでの消費者は企業の一方的な情報に頼るしかなかったが、現在ではブログ、動画サイト、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などを利用して商品に対する情報や批評を交換し合い、これにより商品の真の価値はどういったものなのか、正直な企業はどこなのかなどの予備知識が豊富になり、宣伝に踊らされることも減りつつある。
 こういった消費者が扱うネット上の情報知識のほとんどは、ネット上のデータベースで管理されている。ネット上のデータベースは日々規模が大きくなり、精度を高め続けていることがポイントにあげられる。紙に印刷された百科事典は何年たっても発行時のままだが、ネット上の百科事典や辞書はユーザーによって日々記述が追加され、質・量ともに成長している。このように現在は、ネット上の増え続けている情報知識を、消費者が判断材料の一部として利用することが当たり前となっている。

 そしてこういったネット上のデータベースやブログなどは、パソコンや携帯電話での利用が主となっている。現在では携帯電話に電話、音楽、動画、写真、ゲーム、インターネット、地図、天気予報、アドレス帳などの機能がついていることは当たり前で、多機能化と小型化が同時に進んでいる。またプロジェクターを内蔵した携帯電話の開発も行われ、画面の映像を投影することが可能になっている。投影技術の進化は進み、アメリカでは何もない空中に映像を投影する技術が開発されている。これはエアーコンプレッサーで室内の空気を圧縮し、それをスクリーン状に放出して他の空気と湿度の違いを作り出し、そこに映像を投射するものである。さらにSFのような立体映像を可能にした技術も開発されている。現在の携帯電話の画面は携帯電話上で見るという理由でサイズが固定されてしまっているが、こういった空間投影技術が進化すれば、空中に2D、3Dで投影することが可能になる。それによって機器本体は目には見えないほど小さくすることができ、映像だけを浮かび上がらせることが可能になる。
 こういった投影技術の進化と共に、投影する映像を高画質のまま低サイズにするH.264という技術も開発され、携帯電話、インターネット、テレビ放送、DVDなどで利用されている。
 このように様々な技術が結びつき、携帯機器は多機能になりながら形が見えなくなる方向へ進んでいる。そして映像の圧縮技術によって低サイズ化した映像が空間上に投影する技術と結びつき、魔法のようにどこにでも映し出す方向へと向かっている。

 さらに様々な最先端技術を組み合わせると、科学技術の進化はあるひとつの方向へ向かっていることがわかる。現在すでに脳にコンピューターを接続して考えただけでロボットの腕を動かす技術や、反対にコンピューターから脳へ指令を送る技術など、脳とコンピュータを結びつけることが可能になっている。こういった技術が急に進んだのは、人間の脳から出る電気信号を読み取る技術が飛躍的に高まったからで、この原理はまず考えただけで人間の手足が動くのはなぜかを考えてみる。それは脳から運動指令が発され、それが脳→脊髄(せきずい)→身体各部の末梢(まっしょう)神経へと伝わり、神経の末端が各部の筋細胞に接続され、筋肉を指令通り伸縮させる構造となっている。この指令をどこかで盗み取り、筋肉の代わりにロボットの腕につなぐことで動くようになる。すでにそのロボットの腕で触った物の感覚を感じることまで可能になっている。また失明した人が眼鏡にビデオカメラがついたものをかけ、眼鏡からの映像を電気信号に変換し、脳でそれを映像として認識することも可能になっている。
 反対に脳が機械で調整されることも可能になっている。胸に埋め込まれたコンピュータから電気信号が送られ、脳を刺激して調整する技術が医療の現場で利用されている。こういったことは脳深部刺激療法と呼ばれ、病気の症状を引き起こしている部分に電気刺激を与えるというもので、中脳を刺激するとパーキンソン病が治るなど、場所を変えるだけでさまざまな病気が治る。
 こういった脳コンピュータの開発競争は世界中で始まっている。サルの脳に100本にものぼる電極を埋め込み、考えるだけでロボットの腕を上下左右に動かし餌をつかむことができる。10年以上のサルでの実験で、アメリカ政府は人間での使用を認めた。ある若者が頚椎(けいつい)を損傷し、首から下を全く動かすことが出来なくなり、頭の上の装置で脳の中の情報を直接取り出すことになった。この若者は腕を動かそうと思うのではなく、コンピュータのカーソルを動かそうと考えるだけでコンピュータ上で線が引け、テレビのスイッチを入れ、チャンネルを変える。考えただけでロボットの手の操作が出来る。この技術を使えばインターネットに接続されたパソコンは、世界中どこにあっても考えただけで動かせる。そしてさらに進めば、脳で考えた想いや考えなどを他人のコンピューターへ送るテレパシーに似たことが可能になる。こういったことを空中に映像を映しだす投影技術と結びつければ、相手へ何か説明する際にも、映像を目の前に映し出しながら説明できるようになる。
 自分の頭の情報を相手に伝えられるということは、現在のパソコンのように自分の情報を相手と共有することも可能になる。青い海が見たければ海の近くに住む人に連絡をとり、自分の意識をその場所へ飛ばし体感する。そして人工衛星にアクセスすれば、自分の意識を宇宙へ飛ばすこともできる。
 また意識がお互いの中を移動し合えるということは共同作業が可能になる。気の合う異性とは意識の中で交遊を繰り返し、ネット上に存在するゲームを体験する。ロボットの腕が感触を感じるように、すべての体験には感触が伴う。また創作活動においては自分がイメージしたものを即その場に現すことが可能になる。音楽のメロディーは頭で想像した通りの音で表現され、絵画もイメージ通り具現化される。

 こういった脳とつながった技術は確実に人工知能へと向かっている。2029年までには人間のレベルと同等、もしくはそれを凌駕する人工知能が誕生すると予測されている。
 現在、10億分の1メートルという領域で物を作り出すナノテクノロジーの進歩が目覚しいが、こういった精度の技術が人工知能とともに進化すると、自然界の生命が持つ自分を整備し修復する能力を、住居や車に与えられるようになる。もし車のボディがへこむようなことがあっても、ボディが自動的にもとの形に修復する。飛行機は速度に応じて翼の形へ変形させる。こういった技術の応用のひとつに家庭用合成機がある。「ナノフューチャー」の著者J・ストーズ・ホール氏が述べているが、これは電子レンジのような形になるかもしれない。欲しい物をただコンピュータに伝え、合成機が作り出すのを待つだけとなる。
 この技術で作られた衣服の薄さは一滴の水を両手全体に塗り広げてみたほどの薄さで、この衣服は糸を編んだものではない。一個のマシンである。この衣服の中にどれだけの部品が入っているのかを理解するために、まず車のボンネットの中を想像してみる。そこには直径5ミリのワイヤーやチューブ、直径数センチのパイプ、幅1センチのベルトなどが見える。次に八階建ての巨大な倉庫型店舗へ行き、この建物がアジア大陸全体を覆い尽くしているとし、ここに車のボンネットの部品類がぎっしり詰めこまれていると想像する。これが500万倍に拡大した衣服にあたる。
 こういった技術の進歩は万能霧と呼ばれるものを作り出す。これはユーティリティフォグと呼ばれ、空中に霧のように満ち、フォグに包まれれば空を飛ぶことも可能になる。正確に言えばフォグに支えられているのだが、ユーティリティフォグのなかで暮らすことは、漫画の中にいることに似ている。漫画の登場人物はさっと手を伸ばすと銃や刀、服、道具、車などをどこからともなく取ってくる。これと同じことが現実に可能になるということである。
 この原理をテレビで考えると、テレビ画面は間近で見ると小さな点のドットが見えるが、このドットを画像が動いているかのように錯覚するほど小さくして、色の変化を速くしている。テレビのドットは30万個あるが、これが高性能レーザープリンタ並みの1億3000万個になれば、錯覚であるのがほとんどわからなくなる。こういった原理でユーティリティフォグは、さまざまな物質の性質をシミュレートすることが可能になる。これはテレビの画像とは異なり高性能で極小な機械の集まりである。この物体は重さもあり、硬くも軟らかくもなり、流動性さえ持つことができる。そして現実の世界で現実の仕事をする。物体を現すことも、自分が透明人間になることも、もう1人の自分を作り出すことも、自分自身を別人に変身させることも、鳥になって空を飛ぶこともできる。
 将来的には家にある小さな家庭用合成機がユーティリティフォグを作り出し、住居から家具や衣服まで身の回りの物はすべて想像するだけで形となって現れるようになる方向へ進む。
 しかしこういった技術を争いごとが存在する世界で利用すると、それは人類の滅亡を意味する。技術を正しく利用するためには人間の精神面や人格の発達が充分になされていることが必須であり、そうでなければ自らの首を絞める結果となる。それは過去の原子爆弾の例からも、現在の核兵器の数からも見てとれる。世界のほとんどの人は労働者であり、労働者は常に疲れ、ストレスに満ち、社会について、人生について、人間の在り方についてゆっくりと考える時間がないほど搾取(さくしゅ)され、常に自分のことで精一杯の状態にあり、他人のことを自分の事として考える余裕はなく、こういった社会では人類の総和として正しい選択をしていくことは難しい。そこで次に、精神的に人間が発達するためには人間社会はどのようにあるべきかを考える。その為にキューバという国に注目する。1990年代にキューバが直面した経済崩壊からの取り組みには、人間社会の本質的な在り方が見えてくるからである。