3章 自給と医療 : 拡張プラウト主義

 キューバは政府が都市農業による有機栽培を支援している国である。食糧問題、環境問題など様々な問題を一挙に解決できるものとして農業を見直す必要がある。ここでは吉田太郎著「200万都市が有機野菜で自給できるわけ」から見ていく。

 1990年代にキューバ人が直面したのは経済崩壊という10年だった。ソ連圏の崩壊と、1959年の革命以来続いているアメリカの経済封鎖の強化という政策によって、石油、食料、農薬、化学肥料をはじめ、トラックから石鹸のような日常品にいたるまで、何もかもが途絶するという非常事態に直面した。キューバは農業国でありながら砂糖やコーヒーといった作物を輸出して、コメや小麦を輸入するという国際分業路線に乗ってきたので、日本と同じように国内食料自給率は40パーセントそこそこでしかなかった。こういった状況下で首都ハバナ市民が選択したのは街を耕すという非常手段だった。それも農薬や化学肥料なしでである。
 全くのゼロからスタートした都市農業だったが、10年後には220万人を超す都市が有機農業で野菜を完全自給することに成功した。そして石油不足で動かなくなった車が自転車に代わり、輸入できなくなった医薬品をハーブが補い、ソーラーパネルやバイオガスといった自然エネルギーが市民生活を支えている。輸入食料に依存した肉食文化を野菜中心の料理に変えるという暮らしの変革も進んでいる。石油やその他の地下資源もいずれは枯渇することを考えれば、首都ハバナ市民が経験したような出来事は、日本を含め世界の都市がやがて直面するような事態であるといってもよい。キューバは特殊な政治状況下で少しだけ早く地球の未来を経験してしまったといえる。
 都市農業への取り組みの皮切りは、市民に国有地を貸し出すことだった。国が市民に土地を貸し出すというニュースが報じられると、市民側からもそれなら農業を始めたいという話が持ち上がり、この要望をまた農業省が受け止めることで制度として成立していった。しかし都市農業を始めるにあたってはひとつの大きな問題があった。コンクリートに被覆されていたり、ガラスやコンクリートの瓦礫が散乱していたり、砕くことがほとんど不可能なほど極端に固まっていたり、畑にするのに適した土地が少なかった。耕作不適地をどうやって畑にするかという課題を解決するために、キューバではオルガノポニコという手法がとられている。
 オルガノポニコとはコンクリートのブロックや石、ベニヤ板で囲いを作り、その中に土をいれ、野菜の栽培を行う方法である。単純でありこのテクニックを用いればゴミ捨て場だけでなく、駐車場やコンクリートで覆われた場所でも農業を始められる。土がまったくない不毛な場所で新たに農地を作りだすこのイノベーションは見事な成功をおさめ、キューバの都市農業には欠くことができないものとなった。

 経済危機までのキューバは、発展途上国の中では最も優れ、かつ先進国に匹敵する充実した医療・福祉制度を整えてきた。すべての医療は無料で、日本では住民520人に対して1人の医師がいる割合だが、キューバでは住民168人当たりに1人の医師がいた。
 ところが経済危機で医薬品の国内生産量は3分の1以下にまで落ち込み、輸入されていた診断装置、手術器具、縫合糸(ほうごうし)、麻酔薬、抗生物質、塩素といった医療備品や、石鹸、洗剤、トイレットペーパー、その他の日常品も欠くことになる。しかし医療費は無料のままで、乳幼児死亡率も毎年下げ続け、ワクチン接種などのおかげで伝染病も予防され、1993年に世界保健機関は小児麻痺ウイルスの流行を根絶した最初の国としてキューバを認定している。
 どうしてそんなことが可能になったのか。医療の危機的状況を救う上で大きな役割を果たしたのは食料と同じく都市農業だった。多くの薬局には近代的な薬品はなくても豊富なハーブ薬品が常備され、輸入できなくなった薬品の代わりとなっている。全国各地の千ヶ所以上の農場で薬草が生産されている。次項の表を見れば重病や難病は別として、風邪や下痢、頭痛など、普通の病気のほとんどはハーブで治せることがわかる。

「風邪」 ニンニク、レモングラス、ユーカリ、ミント、セイヨウオオバコ、フレンチ・オレガノ、アロエ
「咳」 ユーカリ、レモン・ユーカリ、ショウガ、セイヨウオオバコ、フレンチ・オレガノ
「解熱」 レモン・ユーカリ、オレンジミント
「高血圧」 ニンニク、バジル、レモングラス
「喘息」 ニンニク、レモングラス、ユーカリ、アロエ
「胃の痛み」 ニンニク、ディル、カモミール、ニホンハッカ、苦味のオレンジ
「喉の痛み」 レモングラス
「口内炎」 カモミール、セイヨウオオバコなど
「神経症」 ジャスミン、パッション・フルーツ、ヘンルーダ、シナノキ
「頭痛」 カリーリーフ、カンゾウ、バーベナ
「循環系疾患」 ニンニク、レモン、セイヨウオオバコ、苦味のオレンジ
「消化系疾患」 ニンニク、バジル、レモンなど
「胃炎」 ミント、フェンネル、ショウガ、カモミール
「吐き気」 ショウガ
「便秘」 タマリンド
「下痢」 グァバ、カモミール、サゴヤシ、オレンジミント
「腎機能補強」 セージ、タマリンドなど
「火傷」 セイヨウオオバコ、アロエ
「切り傷・打撲」 アロエ
「耳の痛み」 ユーカリ
「結膜炎」 ツルニチニチソウ
「リューマチ」 アニス、トウガラシ
「シラミ予防」 野生のインディゴ
「寄生虫」 ニンニク、カボチャ

 こういった薬用植物は数限りなく、さらにキューバではハーブだけではなく、オルタナティブ医療が全国的に展開され、鍼やホメオパシー、硫黄の入浴と鉱物泥浴の温熱療法などの伝統医法も認可される。こうした自然な医療は非再生資源をわずかしか使わず、人間や環境にもほとんど害を及ぼさない。近代西洋医学を活用しながら、あわせて伝統的な療法も取り入れている。
 経済危機以降キューバでは、コミュニティ組織のボトムアップ型で問題解決に取り組めるよう福祉医療システムの転換を試みたが、それは次の5つの戦略に基づいて行われた。

①治療から予防への転換
②ファミリードクターと看護婦のチーム連携による地域予防医療の充実
③地方分権の推進と国、州、市、コミュニティそれぞれの役割分担の明確化
④草の根レベルでの住民参加と、行政とのパートナーシップによるコミュニティレベルでの健康問題の解決
⑤近代医療技術に加えて、自然の薬草や伝統的な医療の重視

 すなわち従来までの中央集権的な福祉国家の体制を改め、医師と患者とのパートナーシップにより、個人の自然治癒力やコミュニティの力を引き出す自給的な医療への転換を図ったのである。
 このようにキューバは都市農業によって危機的情報を乗り越えてきたが、都市農業の第1のメリットは言うまでもなく地域内で野菜などの食料を生産し、住民に供給できることにある。そして都市内での食料生産が増えるにつれ、生産以外にも様々な効用があることがわかってきた。例えば市内で食料を生産すれば、農村地域にのしかかっていた負担をその分だけ軽減でき、輸送や貯蔵に必要なエネルギーを削減できる。市民の食生活にも大きな変化がでてきた。経済危機までは輸入小麦や配合飼料で育てた牛肉を中心にした食生活が推進されていたが、今では伝統的なコメ、豆、キャッサバやタロイモを使った料理が復活し、これに生鮮野菜が加わっている。また都市農業では香辛料や調理用ハーブも生産している。これまでキューバの食事は単調で塩くらいの調味料しかなかったが、香辛料やハーブで味付けすればコメや豆もより食べやすくなり、そのことが間接的に栄養状態の改善につながっている。野菜食は健康面からも推奨され、有機野菜を食べるおかげで多くの市民は大量に肉を食べていた以前よりも格段に健康になり、かつそのことが結果として自給率の向上に貢献している。

 都市農業は高齢者の生きがいにも役立つ。今2万8000人以上の定年退職者が都市農地を耕している。園芸は高齢者でも行える仕事であり、退職者にまだ自分は必要とされているという誇りや楽しみをもたらしている。
 食料や薬草の生産、そして環境改善に加えて都市農業が果たしているもうひとつの大きな役割がある。それはコミュニティの活性化である。深刻な経済危機の間、ともすれば荒廃しがちな人々の心に誇りを与え、地区住民の助け合いの精神やモラルを支え、コミュニティを維持するうえで鍵となったのは都市農業だった。食糧不足が解消され、コミュニティに都市菜園が根づき、コミュニティ住民と菜園の関わりが濃密になるにつれ窃盗も大きく減った。人々は以前のゴミ捨て場をきれいにし、緑の景観へと変え、菜園を通じて新たなコミュニティ意識を醸成している。このように都市農業は環境改善、生きがい対策、コミュニティの活性化など多くの社会的メリットを持つ。
 このようにキューバは自給自足によって様々な問題を解決し、肉食から菜食へ食生活が移ったことで市民の健康が改善されたが、では人間はどういったものを口にすればよいのか、次はそれについて考えていく。人間の本来在るべき食生活を行うことで、医療の必要性は限りなく低くなるからである。